
ポストリベラル時代の日米関係と日本の戦略【神保謙】
「ポストリベラル」時代、日本が取るべき国家戦略とは?
自由と民主主義が国際社会の秩序を規定した「リベラルの時代」は、今、大きく揺らいでいる。ロシアのウクライナ侵攻や米国の「内向き」な姿勢、中国の急速な台頭は、これまで世界の安定を支えてきた常識が通用しない新たな時代が訪れたことを示唆する。
では、この不確実性に満ちた国際情勢において、日本はどのような国家戦略を構築すべきなのだろうか。本稿では、リベラル秩序の崩壊、米国の変質、中国の台頭、そして変化する戦争の形態といった多角的な視点から、日本の進むべき針路を探る。

Q. なぜこれまで世界を支えてきたリベラルな国際秩序は崩壊しつつあるのか?
かつて世界の安定を保証したのは、米国が主導する「リベラルな国際秩序」であり、経済的相互依存や国際法、国際機関はその根幹にあった。しかし、現代においてこれらは脆弱性を見せている。ロシアによるウクライナ侵攻が象徴するように、国連常任理事国が国際法を破り、武力行使をためらわない「むき出しの力」が国際関係を支配する時代が到来した。

この変質の背景には、秩序維持の「コスト」を米国自身が負いきれなくなったことがある。超大国であった米国は、自らの安全と繁栄が世界の安定によって保たれると考え、多大な費用と責任を担ってきた。しかし、米国国内でその「重荷」を下ろそうとする発想が台頭し、これまでリベラル秩序を支えてきたメカニズムが機能不全に陥ったのである。
Q. アメリカの対外政策はどのように変質し、「大陸国家化」の兆候を見せているのか?
米国は冷戦後の「世界の警察官」という超大国の役割から、「自国第一主義」に素直に向き合う「普通の国」へと変化しつつある。これまで世界の海を同盟国と共に守る「海洋国家」的発想が強かったが、トランプ政権下では自国の周辺地域である西半球(北米・中南米)を重視する「大陸国家」的思考が鮮明になった。
これは、外交の優先順位がワシントンから同心円状に広がり、カナダやメキシコといった近隣諸国が優先され、中東やアジア太平洋への関心が相対的に低下する傾向となって現れている。つまり米国は、自らの「勢力圏」の安定確保を最優先し、それ以外の地域の秩序維持コスト負担には消極的な姿勢に転じているのである。
Q. イラン攻撃に見るトランプ政権の外交戦略の本質は何なのか?
「不必要な戦争には介入しない」を原則とするトランプ政権がイランへ軍事介入したのは、「勝ち筋が明確で短期的に収束する」と判断したためだ。これはイスラエルの強い意向を背景に、体制変革という「勝ち馬に乗る」戦略が働いたと考えられる。しかし、地上軍を展開せず海上・航空戦力による空爆が中心であったことから、あくまで人的・社会的なコストを極力避ける方針が見て取れる。
トランプ政権の出口戦略は、完全な体制転換のような高い目標ではなく、「核開発を遅らせた」といった低い閾値で成功を定義し、早期に手じまいすることであろう。その政策決定プロセスも、国防省や国務省からのボトムアップが機能せず、大統領とごく一部の側近によるトップダウンで進められるため、従来の外交常識が通用しなくなっている。
Q. 「第二のイスラエル」になるという中国の日本に対する懸念は、現実とどの程度かけ離れているのか?
中国国内では、日本やフィリピンが米国と連携し、イスラエルがイランに対して行ったような先制攻撃を東アジアで実行すること、つまり「東アジアのイスラエル化」に対する懸念が高まっている。

しかし、日本の現在の軍事能力や法制度を鑑みれば、このような先制攻撃は想定し難く、中国側の「過大評価」という見方が妥当だ。東アジアで紛争が起きた場合、短期間で収束する見込みは低く、トランプ政権が積極的に介入するかは疑問符がつく。日本はこれまで、「介入するアメリカにどう貢献するか」が中心だったが、今後は「介入しないかもしれないアメリカ」を前提に、その介入を促すために、より能動的かつ自己完結性のある行動が求められている。
Q. ウクライナ戦争が示唆する「消耗戦」の時代に、日本はどのような防衛戦略を構築すべきか?
ウクライナ戦争は、現代の戦争が安価なドローンを大量投入する「消耗戦」に突入したことを明確に示した。高価な兵器を少数持つだけでは、大量のドローンによる飽和攻撃に対応できず、コスト交換比で圧倒的に不利となる。中国の圧倒的な製造能力は、もしドローンなど量産可能な兵器に転用されれば、日本の防衛にとって大きな脅威となるだろう。
この時代において、安価で量産可能な兵器を短期に作り続けられる「生産能力」そのものが、新たな抑止力となる。日本は、同盟国である米国との「連動性」(相互運用性)を高める一方で、米国の戦略に盲目的に追随しない「自己完結性」(独自の判断・攻撃能力)を両立させねばならない。さもなければ、日本の国益に反する紛争に巻き込まれたり、「米国によって攻撃目標の砲台にされる」リスクがある。これは膨大なコストを要する課題だ。
また、AIを駆使した民間軍事テック企業「パランティア」のようなシステムの導入は、人員不足の自衛隊の効率化に貢献するが、基幹システムへの依存は国家の意思決定が外部に左右される安全保障上のリスクを伴い、慎重な検討が求められる。
Q. 米中関係は今後、台湾問題や経済的な駆け引きの中でどのように展開する可能性があるのか?
今後の米中首脳会談では「台湾」と「通商問題」、特にレアアースが主要なテーマとなるだろう。中国にとって台湾は単なる物理的安全保障だけでなく、国家の正当性に関わる核心的利益であり、米国に対し介入しないよう強く求める。一方、米国では、TSMCのような先端技術以外の台湾の戦略的価値は相対的に低下しており、「台湾は米国にとって実存的な国益ではない」と指摘する声さえ出ている。

中国は米国債の大量保有やレアアースの供給停止能力といった強力な経済的レバレッジ(交渉カード)を握る。これらは米国が短期間で解消できない弱点であり、中国は交渉において有利な立場に立つ可能性が高い。米国はレアアース供給停止のリスクを回避するため、台湾問題で中国に何らかの譲歩をし、軍事介入を想起させない強い言質を与えるディールに応じる可能性もある。日米首脳会談は、この米中ディールを前に、「日本が歓迎できない合意」のラインを米国に明確に伝える貴重な機会となるだろう。
Q. ポストリベラルの世界で、日本が「リベラルの守護者」としての役割を果たすために求められる戦略とは何か?
貿易によって国が成り立つ海洋国家である日本にとって、ルールに基づく開かれた市場、すなわち「リベラルオーダー」は国益そのものである。米国が「内向き」になるポストリベラルの時代にあって、日本こそが「リベラルの守護者」としての役割を果たすべきである。
その戦略は二つだ。一つは、米国の「アメリカ第一主義」に合わせた、現実主義的な同盟管理を進めること。日本が米国に投資するなど協力することで、「同盟国は米国に利する存在」だと認識させ、関係を維持・強化する。
もう一つは、中国が推進する自国主導の秩序構想に対し、日本がこれまで平和と繁栄を享受してきたリベラルオーダーの魅力や成功モデルを、特にグローバルサウスに向けて示し、「競争」していくことだ。このためには、国内における健全な国際問題議論の土壌を育む必要があり、日本の進むべき道は、国益だけでなく世界の安定を見据えた「グローバリスト」的な視点を、より国民と政治全体で共有していくことにかかっている。

