
後編:成田悠輔とダイバーシティを考える
経営者が語る、日本社会を変える「異端」のダイバーシティ戦略
多様性(ダイバーシティ)という言葉が浸透する中で、日本社会はその本質を捉えられているだろうか。性別、国籍、年齢といった外見的な違いだけでなく、内面的な価値観や思想の多様性こそが、真のイノベーションと社会変革の鍵となる。本記事では、この複雑な課題に対し、経営者の覚悟から教育、価値評価の転換まで、多角的な視点からその処方箋を探る。
Q. 日本のダイバーシティ推進には経営者の「意思」が不可欠であるのはなぜか?
日本のダイバーシティ推進には経営トップの強い意思決定が不可欠だ。法律や制度整備を待つ姿勢では改革は進まない。働き方改革、若手積極登用、年功序列を打破する評価制度導入は、経営判断一つで実現可能だ。日本企業の管理職昇進年齢が諸外国より遅い実態も、トップが若手抜擢を推進すれば大きく変わり得る。
また、大企業はスタートアップ買収に積極的になり、その創業者を経営陣に迎え入れるべきである。ヤフーの事例のように、外部の異質な血は硬直化した組織に新しい視点をもたらし、劇的なイノベーションを促す。トップの明確な意思なくして、多様性は根付かない。
Q. 日本人の「留学」に対する捉え方はどのように変わりうるか?
「留学」の概念を学位取得のみに限定せず、より広範な海外体験と捉えるべきだ。若いうちから異国の地でマイノリティとなる経験は、多様性感覚とアイデンティティ再構築を促す。ギャップイヤーでの放浪や海外での小商いなど「いかがわしい留学」も積極的に評価せよ。
経済界は社員の海外体験を支援し、多角的な経験を持つ人材を積極的に採用すべきである。ハーバード大などが日本人学生を求めている今は、アジア諸国を含め留学を促進する好機でもある。
Q. グローバル人材育成において、日本の教育予算や制度が抱える課題とは?
グローバル人材育成の根幹には教育改革があり、長期的な視点で教育予算を倍増すべきだ。現在の教員給与水準では、国際的な優秀人材の確保は難しく、また予算不足は教員の事務負担増大を招き、質の高い教育提供を妨げている。教育業界は新たな学校設立やカリキュラム導入が困難なほど硬直しており、多様な教育の試みを阻害している。教員採用制度も閉鎖的で、多様な経験を持つ人材の参入を妨げているのが現状だ。
子供たちが幼少期から異なる価値観や障害を持つ人々と接する機会も不足している。フィンランドの無償教育が示すように、教育への大胆な投資と現場の柔軟化は、社会全体の流動性と多様性を高める。
Q. 「障害者」という呼称の変更と情報保障の徹底が社会にもたらす影響とは?
「障害者」という呼称は「障害物競争」のように未だネガティブな文脈で使われ、「社会側に障害がある」という本来の意味も浸透していない。この呼称自体の見直しが必要だ。「異才」などの期待を込めた表現は避け、「手帳保持者」といった中立的な表現は、個人を安易にラベリングせず、人々の価値観を迅速に変える力があるだろう。セーフティネットとしての定義は必要だが、その呼称は柔軟に見直すべきだ。
また、社会全体における情報保障の徹底も喫緊の課題である。政治関連情報への知的障害者のアクセス困難さは、多くのマイノリティ層の社会参加を阻害する。外国人労働者増加を踏まえ「優しい日本語」による情報提供も急務だ。制度が複雑化するほど、情報を持つ者と持たざる者との格差は広がり「逆累進性」が働く。情報保障は、この格差を解消し、公平で包摂的な社会を実現するための重要な一歩となる。
Q. 企業や投資の評価基準は、「市場」から「思想」へと転換しうるのか?
企業の価値評価は、市場規模や経済性だけでなく「その企業が社会にどのような思想をもたらすか」という観点を含めるべきである。社会貢献性や持続可能性といった企業の思想が評価されれば、資金調達に苦しむスタートアップも活性化する。SDGsやWeb3の台頭に見られるように、消費者が企業の思想に共感し対価を支払う傾向は既に進行中だ。
日本の個人投資家も、年金運用において単なる利益追求だけでなく「自分の資金が社会にどう使われるか」という思想に基づいて投資先を選ぶ意識を高めるべきだ。個人の投資行動が「パッシブ」から「アクティブ」へ転換すれば、企業は経済性だけでなく社会性の追求を迫られる。
Q. 表面的な「外見」の多様性から、「内面」の多様性への深化とは何か?
ダイバーシティ議論は、性別や年齢、国籍といった「外見」属性に終始しがちである。しかし、真に重要なのは、内面的な価値観や思想、考え方の「多様性」である。イノベーションの源泉とされるシリコンバレーが示すように、外見的に同質的な集団であっても、既存の枠にとらわれない思想の多様性こそが革新を生む。真の多様性とは「嫌なやつ」や「全く分かり合えない人」との共存方法を見出すことだ。
現代社会はリスク回避のため、経営者までもが「炎上」を恐れ、画一的な思考に陥りやすい。だが、既存の価値観を破壊し、袋叩きを恐れない「いかがわしい人」こそが社会に変革をもたらすこともある。表面的な多様性を追うあまり内面の思考が均一化することは本末転倒だ。社会が異質な意見や個性を許容し、リスクを恐れずに新たな発想を提言できる度量を持つことこそが、持続的なイノベーションには不可欠となる。
