
成田悠輔×プロ経営者3人(前編)
新時代の経営者像と人材市場の変革:リーダーシップの多様性と育成論
日本経済が「失われた30年」を経験する中、これからの日本を牽引するリーダーシップとは何か、そしてどのように育成されるべきかという問いが喫緊の課題として浮上している。既存の重鎮経営者たちがその座を譲る今、求められるのはどのような「新時代の経営者」なのか。イェール大学助教授の成田裕介氏をホストに迎え、ビジョナル社長の南壮一郎氏、ロッテホールディングス社長の玉塚元一氏、ビザスク社長の端羽英子氏の三者が、これからの日本に不可欠な経営者のあり方と人材流動化の未来について議論を交わした。
Q. 経営者は企業にとって、本当に重要な存在なのか?
経営者の存在は、特に成長や変革を目指す企業にとって決定的に重要だ。玉塚元一氏は、経営者の意思決定の速さや戦略の立案、実行スピードによって企業は大きく変わると断言する。特に50人から200人規模の成長過程にある企業においては、経営者の誤りが会社を歪ませ、最悪の場合、倒産に至ると述べた。経営者が強固な意思、正しい戦略、実行力を備えなければ、会社は砂上の楼閣のように脆いものとなり得ると警告する。
一方、ビザスク社長の端羽英子氏は、経営者の重要性は企業の目的に依存すると指摘。成長や変化を追求する局面では、意思決定を担い、それを伝えるリーダーが必要不可欠であると説く。しかし、現状維持が目的であるならば、経営者の影響は限定的になる可能性もあるという。結局のところ、何を企業の最上位の目的とするかによって、経営者に求められる役割は大きく変わるだろう。
Q. 優れた経営者はどのように育つのか?再現性のある育成方法は存在するのか?
優れた経営者を意図的に育成することは可能だが、そのプロセスは研究者の徒弟制度に似ているという指摘があった。玉塚元一氏は、若いうちからPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)の責任を持つような経験を積み、師と仰ぐ優れた経営者の近くで実務を通じて学ぶことが重要だと述べる。
ビジョナル社長の南壮一郎氏は、自身が楽天イーグルスの創業に携わった経験を挙げた。オーナーの三木谷浩史氏や球団社長の島田亨氏など、高名な経営者たちの下でゼロから事業を立ち上げる「修羅場」を経験したことが、自身の「覚醒」に繋がったと振り返る。楽天イーグルス創設期のメンバーの多くが後に起業していることからも、彼らは成功体験を通じて「事業で世の中を変えられる」と確信したようだ。
一方で、端羽英子氏は異なる道を提示する。彼女は前職でリーダーシップ不足を指摘され、それを学ぶために自ら会社を立ち上げたという。成功体験だけでなく、挫折をバネに「やってみる」という姿勢もまた、経営者としての成長を促す原動力になり得ると示した。成田裕介氏の「面白い人のお手伝い」というアドバイスも、セレンディピティ(偶然の幸運)を引き寄せる行動としての重要性を物語っているだろう。
Q. 「起業家」と「プロ経営者」のキャリアにはどのような違いがあり、それぞれに求められる資質とは何か?
南壮一郎氏は「起業家」と「プロ経営者」を区別して考えるべきだと主張した。起業家はゼロから新しい事業を創り出す存在であり、失敗しても「やり直せる」というポジティブな側面がある。
一方、プロ経営者は既存の組織に入り、その変革を任される存在である。この役割には、すでに確立された事業や従業員に対する重い責任が伴い、起業家とは異なる種類のプレッシャーがある。玉塚元一氏が複数の企業で経営の要職を経験してきたキャリアパスは、まさにこの「プロ経営者」の典型例だ。既存の企業文化や複雑な人間関係の中で結果を出すためには、役職ではなく「役割」を意識し、それぞれの持ち場で信頼関係を構築することが極めて重要だと言えるだろう。
プロ経営者には、与えられた役割を全うすることで「次にこんな役割も任せられるのではないか」という期待を周囲に抱かせるような実績の積み重ねが求められる。これは、目に見える役職ではなく、実際の仕事を通じて培われる信用と力量の証明である。
Q. 日本の人材市場の流動化は、どこまで進めるべきなのか?
南壮一郎氏は、かつてアメリカの労働市場も1920年代から1980年代まで日本と同じ終身雇用・年功序列型であったが、産業構造の変化を経て約30年かけて現在の流動的なモデルへと移行した歴史を紹介する。これは、働き方が産業構造の大きな転換期に合わせて変化してきた事例であり、日本も今後20~30年で同様の変革を迎える可能性を示唆した。
しかし、人材流動化を無闇に進めるのではなく、産業の特性に合わせた「最適な流動性」を探ることが肝要だ。GoogleやFacebookのようなIT企業では平均勤続年数が3年未満と高い流動性を持つが、製造業など長期的な技術蓄積が必要な業界では必ずしも高流動性が良いとは限らない。理想は、個人がキャリアの選択肢を保持しつつ、特定の企業や役割に「コミットしたい」と自ら選択できる状態だと述べた。
企業側も、人材を「タレントファクトリー」のように育成し、その人材が社外でも通用する高いスキルを身につけられるようにすることで、結果的に魅力的な人材が集まる好循環を生み出せるという。たとえば、「ロッテのブランドマネージャーを経験したならどこでも通用する」といったブランド力を持つことが、現代企業における競争優位性になると指摘した。
Q. 新たな働き方や経営者を育成するために、現状の制度や慣習をどう変革すべきか?
制度や法律の変革に関して南壮一郎氏は、既存の労働者には現在のルールで対応し、これからの社会人に対しては「全員1年契約」といった大胆な制度を試すべきだと提言する。これは、プロ野球選手の年間契約制を例に、短期間でのコミットメントが個人の成長を促すという考え方に基づく。もちろん反発もあるだろうが、この経験を10年続ければ「強い20代、30代が育つ」と展望した。
しかし端羽英子氏は、彼女自身の経験から「1年で結果が出る仕事ばかりではない」と指摘。企業が求める長期的なコミットメントを考えれば、単純な1年契約では成立しない事業もあると語る。彼女の言葉からは、規制変更よりも、経営者自身の意識変革やリスキリングこそが重要だという考えが垣間見える。産業やフェーズによって最適な働き方は異なり、画一的な法律や規制は公平性を欠く可能性があるとも指摘された。
玉塚元一氏は、現在の日本社会が「移行期」にあり、年齢層によって直面する課題が異なると強調する。デジタルネイティブの若者層は多様な働き方を受け入れやすいが、今の40代から60代といった中高年層のキャリアパスの再設計はより複雑な課題となる。企業の人事制度だけでなく、市場全体で「ジョブ型」のような明確な役割に基づいた評価と移動を促進し、経営層においても流動性を高める必要性を説く。同友会のような組織が人材データベースを構築し、多様なスキルと経験を持つ人材が柔軟に活躍できる環境を作ることが求められている。
Q. 企業と個人の両方がポテンシャルを最大化するために、何が重要か?
企業のポテンシャルを最大限に引き出す鍵は、「経営者自身の多様性」である。玉塚元一氏は、単一的な経験しかないリーダーでは多様な発想が生まれにくいと指摘し、多面的な経験を持つリーダーが多様な意見を受け入れ、新たな仮説を立てる能力こそが現代に不可欠であると説いた。
さらに、端羽英子氏は、企業が「どのような仕事に、どのような人材がほしいのか」を明確に言語化する重要性を強調する。これは社内外問わず人材を獲得・配置する上で不可欠な要素であり、人材を雇う側が仕事を明確に定義できなければ、最適なマッチングは実現しない。一方で、働く個人側も自身の経験や得意分野を「言語化」する能力を磨くことが求められる。双方の明確なコミュニケーションを通じて、企業と個人の両方がそのポテンシャルを最大化できる市場が生まれるだろう。
