
がん治療・運動の効果
がん治療と運動の効果:「第4の治療法」と目される理由とは?
運動がさまざまな病気に良い影響をもたらすことは広く知られている。では、がんと診断された場合、運動はどのような役割を果たすのだろうか。近年、「エクササイズオンコロジー」、すなわち運動腫瘍学という新しい学術分野が注目を集めている。
がん治療に関する研究の現場では、「安静が第一」という従来の常識とは裏腹に、積極的な運動が治療の完遂率向上、再発リスクの低減、そして何よりも患者の生存率そのものを高める驚くべき効果を持つ可能性が次々と明らかになっている。(もちろん、運動はあくまで標準治療と並行して行われるものであり、その前提を理解した上で取り組むべきアプローチである)
この記事では、がんと運動に関する最新のエビデンスと、実践可能な具体的な運動方法を紹介し、がんという困難な状況に直面する人々にとって、運動がいかに希望の光となるかを解き明かす。



Q. がん治療において、なぜ運動が重要視されているのか?
近年、運動をがん治療に積極的に取り入れる「エクササイズオンコロジー」という概念が世界的に確立されつつある。このアプローチでは、運動は手術、放射線療法、化学療法に並ぶ「第4の治療法」として位置づけられる。かつてがんと診断された患者には安静が勧められていたが、現在の知見では、がんも糖尿病や心疾患と同様に生活習慣病の一種と捉えられ、運動は予防、治療中のサポート、再発抑制という多岐にわたる局面で効果を発揮すると考えられている。
谷本道哉教授(順天堂大学)らが提唱するように、運動は治療に耐えうる強い身体を作るだけでなく、がん細胞そのものに直接的に作用し、その増殖を抑制する可能性も示唆されているのだ。つまり、単なる体調維持や精神面へのポジティブな影響を超え、運動が生物学的な機序を通してがんに直接対抗する可能性があるとして、研究が進められている。
Q. 運動ががん治療に具体的にどのような効果をもたらすのか?
運動のがん治療における具体的な効果は、多くの臨床研究で明らかになっている。乳がん患者を対象としたある研究では、手術後の化学療法中に16週間の筋力トレーニングと高強度インターバル運動を実施したところ、10年後の再発リスクや死亡率が有意に低下した。運動しなかったグループと比較して、死亡リスクが0.26倍、再発リスクが0.19倍になるという驚くべきデータが出ている。
また、大腸がんの患者を対象とした研究では、手術後の日常的な運動が注目されている。退院後も「1日8000歩歩く」といった比較的軽度な運動を続けるだけで、5年生存率が74%から80%へと向上した。これは一部の化学療法に匹敵するほどの効果であり、運動ががんの予後に劇的な影響を与える可能性を示している。さらに、不安、うつ、だるさといった化学療法の副作用に対しても、運動は改善効果を発揮することが証明されている。
岡田健一教授(東海大学)らが膵臓がんの患者を対象に行った臨床試験では、運動プログラムを導入することで術後抗がん剤治療の完遂率が従来の50〜60%から93%へと大幅に向上した。抗がん剤治療を最後までやり遂げることが生存期間の延長に極めて重要であるため、運動は間接的ではあるが、患者の予後改善に多大な貢献を果たしているのである。マウスを使った実験でも、事前の強制運動によってがん細胞の増殖が1/3以下に抑制される結果が得られており、直接的な抗腫瘍効果のメカニズム解明への期待が高まっている。
Q. がんと診断された際、どのようなタイミングで運動を始めるべきなのか?
日本では「がんと診断されたら安静にして労わるべきだ」という考えが根強い。実際に、診断後に活動量が大幅に低下し、治療後も十分に回復しないケースが多いと報告されている。しかし、欧米では既にがんの治療ガイドラインに運動の推奨が明記されており、「安静にして労わる」のではなく、「運動して労わる」のが現代の正解と考えられている。活動量の低下は、治療を完遂するための体力を奪い、回復を遅らせる要因となるからだ。
理想的なのは、治療開始前から運動習慣を取り入れる「プレリハビリテーション」、略してプレリハだ。抗がん剤治療や大きな手術を受ける前に運動で体力を備えることで、治療中の体力の減少を最小限に抑え、治療をスムーズに完遂しやすくなる。ただし、すべての患者が同じように運動できるわけではないため、体調と相談しながら、通常の日常生活を送れる範囲で無理のない運動を始めることが大切だ。始める前に主治医や理学療法士などの専門家と相談し、個々に合った運動計画を立てる必要がある。
Q. 治療中に実践しやすい運動方法にはどのようなものがあるか?

がん治療中の患者にとって、無理なく安全に継続できる運動を見つけることが重要である。体力が低下している状況で有効な有酸素運動として、自転車エルゴメーターが推奨される。自転車運動は着地の衝撃がなく関節への負担が少ないため、体への優しさが大きな利点である。テレビを見ながらでも行えるため継続しやすく、心肺機能を効率的に維持・向上させることが可能だ。実際に、東海大学の病棟でも患者向けに自転車エルゴメーターが設置されている事例がある。
筋力トレーニングにおいては、全身的な疲労を最小限に抑えつつ、ターゲットとなる筋肉に「大きく丁寧に」負荷をかけることが肝要となる。息が上がるほどの激しい運動ではなく、筋肉にじわりと効くような感覚を意識することがポイントである。例えば、椅子に座った状態でも行える背筋トレーニングがある。
具体的な背筋運動では、まず両手を胸に置き、前に大きく倒れて背中を目一杯丸める。そこからゆっくりと顔を上げながら体を反らせて元の状態に戻す動作を繰り返す。この時、息は上がらないが、背中の筋肉にはしっかりとした刺激が加わる。無理がなければ万歳をするように腕を上げるとさらに負荷が高まるが、いずれの動きも呼吸を荒げずに、筋肉の伸び縮みを意識して大きく丁寧に行うことが、効率的な筋力向上と疲労軽減につながるだろう。
Q. 運動は標準的ながん治療に取って代わるものなのか?
運動はがん治療において非常に有効なツールであり「第4の治療法」と認識されつつあるが、決して手術、化学療法、放射線治療といった既存の標準治療の代替にはならない。これは非常に重要な点である。運動単体でがんを完全に治癒させるほどの力はなく、あくまで標準治療の効果を最大限に引き出し、患者が治療を完遂するための心身のサポート役として機能する。つまり、運動は標準治療の効果を高めるための「補助療法」という位置づけである。
安全かつ効果的に運動を取り入れるためには、医師やリハビリテーション科の医師、理学療法士などの専門家との連携が不可欠である。個々の患者の病状、体力レベル、治療スケジュールに合わせて最適な運動プログラムを考案し、指導を受けることが、事故や怪我のリスクを避けて治療を継続する上で極めて重要となる。
Q. がん治療における運動の今後の展望と患者へのメッセージは?
現在、運動ががんの予防、治療効果の向上、再発抑制に寄与することは多くのエビデンスによって示されているが、そのメカニズムについてはまだ解明されていない部分も多い。今後、運動が直接がん細胞にどのように作用するのかという、より詳細な科学的メカニズムの解明が研究の焦点となるだろう。それが明らかになれば、さらに効果的な運動療法が確立され、より多くの患者に恩恵をもたらす可能性がある。
高齢化社会の進展に伴い、がん治療を受ける患者の平均年齢は70代後半に達している。体力低下が進む中でも安全に治療を受け、完遂するためには、運動療法はますます重要性を増す。運動は単なる身体活動にとどまらず、「自分でできることがある」という希望を患者にもたらす。ただ運命を受け入れるのではなく、自らの行動で未来を変えられるというポジティブなマインドは、治療への大きなモチベーションとなるだろう。
谷本教授の言葉「筋肉は、諦めない」が象徴するように、運動を通じて自らの身体を強く保ち、治療に主体的に向き合う姿勢は、患者の生きる力となり、より良い予後へとつながる。自身の状態に合わせて専門家と相談し、安全かつ効果的な運動を生活に取り入れることが、がんと闘う上での力強い味方となるはずだ。
※この番組では、専門家による健康に関する最新の知見や多様な見解を紹介していますが、医学的な診断や治療方針は個人によって異なります。特定の疾病に関する診断・治療・予防、または投薬については、必ずかかりつけの医師にご相談ください。
