
フィジカルAI時代の日本の勝ち筋【大坂隼矢×篠田尚子】
フィジカルAI時代の幕開け:日本の潜在力と賢い投資戦略を深掘りする
先進国共通の人手不足問題、そして製造業の国内回帰という世界的な流れの中、AIとロボット技術が融合する「フィジカルAI」が急速に台頭している。
しかし、この波は一時的なブームに過ぎないのか。日本経済にどのような影響をもたらし、投資家はどのように向き合うべきなのだろうか。日本の「Made with Japan」戦略の可能性と、この革新的な時代における賢明な投資手法を、専門家による対談からひも解く。

Q. フィジカルAIは一過性のブームで終わるのではないか?
フィジカルAIは一時的なブームではなく、その潜在的可能性は極めて高い。
社会への本格的な実装はまさにこれからだが、現在の状況はインターネットが普及し始めた1996年頃の夜明け前に酷似している。当時は「ITとは何か」と疑問を抱く人も少なくなかったが、その後社会が劇的に変化したことは周知の事実だ。
フィジカルAIも同様に、AIの社会実装が後退することは考えにくい。
この分野は既に世界的な潮流として確立されており、避けられない未来の方向性を示している。ゆえに、一時の熱狂的なブームとは一線を画し、むしろ長期的な視点でその成長を見守るべき段階であると言えよう。
Q. 足元の機械株高は本当にフィジカルAIへの期待の表れなのか?
現在の機械株上昇は、直接的にはフィジカルAIそのものの利益貢献が要因とは言えない。
その真犯人は、生成AIの普及によるデータセンター向けAIサーバー製造に必要な工作機械、およびAIサーバー用の積層セラミックコンデンサー(MLCC)への特需にある。これらの需要が北米や中国を中心に過去最高水準に達し、工作機械の受注を牽引している。
しかし、既存の技術がフィジカルAIに応用される可能性に対する市場の「空気感」が、株価を押し上げる一因になっていることは確かだ。
例えば、オムロンの健康機器開発技術や大福の空間設計・制御システム技術のように、日本企業が培ってきた高い技術力がフィジカルAIで活用できるという期待は高まっている。
足元の上昇は、実績を伴う堅実なものであり、単純なAIブームとは異なるため、バブル崩壊のような急落リスクは低いと考えられる。
Q. フィジカルAI時代のサプライチェーンで、日本に勝ち筋はあるのか?

フィジカルAIのサプライチェーンは、「脳」と「体」で構成される。
「脳」にあたるロボット・ファウンデーションモデル(RFM)と呼ばれる制御・学習部分はNVIDIAなど海外の巨大テック企業が優位に立つ可能性がある。これはチャットGPTの基盤モデルにあたる部分だ。
しかし、ロボットの「体」や、実際にロボットを動かすための工作機械や高精度部品、センサーといった「ツルハシ屋」的な周辺機器の製造においては、日本企業に圧倒的な強みがある。
現在のAIブームは、いわば「ゴールドラッシュ」である。多くの企業がAIという金脈を掘りに向かう中、最も儲けるのは「ツルハシやヘルメットを供給する企業」であることが歴史的に示されている。
日本はこれまで培ってきた物理的なロボット制御技術や精密加工技術で、その役割を担うことができるのだ。Made in Japanに固執せず、世界中の「脳」を持つ企業と日本の「体」や「道具」を結びつける「Made with Japan」の協業モデルこそが、2030〜2040年に向けた強力な勝ち筋となるだろう。
フィジカルAIの開発は単一企業で完結できるものではない。
数多くの専門技術が複合的に絡み合うため、多くの企業の連携が必要不可欠であり、各社が強みを持つ領域に特化して協力し合う「餅は餅屋」戦略が世界的に定着しつつある。
Q. 日本企業がフィジカルAI市場で躍進するための課題は何があるのか?

日本の大きな弱みは、高い個別技術力を持つ一方で、グローバルな標準化やシステム構築が苦手な点にある。
過去の「ガラケー」が示すように、素晴らしい技術があっても、オープンなシステムや標準規格に対応できないと、市場での優位性を失う可能性がある。
各ロボットメーカーが独自にAIを開発するのではなく、協力して共通のルールを築き、データ連携を強化していくことが求められる。現在不足しているシステムインテグレーターの役割を生成AIが一部担うことで、ロボット操作の自然言語化が進み、導入障壁が下がる可能性もある。
また、国際競争で勝ち抜くには、一社一社が小規模な現状では限界がある。
グローバル市場で戦える国内エース企業を育成するためには、M&Aなどを通じた再編や規模拡大が不可欠だ。日本政府もこれを認識しており、独占禁止法の解釈など、国内市場だけを見るのではなく、グローバル競争の視点を取り入れた政策転換が期待される。
一方、日本の「匠の技術」は強みだが、これをAIに学習させるには、まず汎用的な作業から始まり、さらに高度な判断が求められる技術の伝承はもう少し先の話になるだろう。
Q. フィジカルAI時代の到来で、日本人の得意分野はどう活かされるのか?
日本人は「ゼロからイチを創造する」よりも、既存の技術やアイデアを「イチからテンに発展させる」のが得意である。
例えば、20世紀初頭に欧米で自動車が発明されると、日本の技術者はそれを安全で、より快適で、安価なものへと改良し、世界トップクラスの品質を誇るまでに押し上げた。
また、中国から伝来したラーメンも、日本では醤油、味噌、塩、とんこつ、冷やしラーメンなど多種多様な味に進化させ、国民食の地位を確立した。
この「ワンツーテン」という応用・発展させる力は、フィジカルAIの領域で大いに発揮されるだろう。
例えば、NVIDIAのような海外の汎用的なAIチップやOpenAIのAI技術を活用しながらも、それに最適化したロボット専用チップやロボットを開発する、といった具合である。
広大なAI市場の一部にすぎないかもしれないが、その中に特定の応用領域に特化した技術で強い影響力を持つ日本企業が数多く生まれる可能性がある。
Q. フィジカルAI関連への投資において、個人投資家は何を意識すべきか?

フィジカルAIは成長期にあるテーマであり、個別の企業をピンポイントで選ぶのは難しい局面がある。
一部の関連個別株は既に高騰し、一時的に過熱感が出ている銘柄もあるため、短期的な調整や高い株価変動リスクには注意が必要だ。例えば、村田製作所は一時的に1万円台まで高騰したが、個別株投資では下がった時に買い増せる余力を残しておくなどのテクニックも求められる。
この分野では、セクターを横断して幅広い企業に分散投資する投資信託やETF(上場投資信託)が最も有効な手段となる。
初期の成長期にあるテーマでは、どの企業が指数関数的な成長を遂げるかを予測するのは困難であるため、様々な関連企業を一括で買えるファンドは理にかなっている。
新たなテーマ型ファンドに飛びつく必要はなく、既に保有しているアクティブファンドの月次報告書を確認すれば、関連銘柄が組み入れられていることも多い。今後も非デスクワーク領域の人手不足は加速し、2030年〜2040年代を見据えた超長期的な目線でフィジカルAI関連への投資を検討すべきだ。
