
速報分析:中東オイル危機で、EVシフトは進むのか?
中東情勢緊迫化はEVシフトを加速させるのか?日本車メーカーを揺るがす地政学リスク
世界経済の不透明感が高まる中、中東情勢の緊迫化は自動車産業に深刻な影を落としている。特にホルムズ海峡の封鎖リスクは、単なる燃料価格の高騰に留まらず、世界の自動車市場の構造を根底から変える可能性を秘める。自動車業界の専門家による分析を基に、中東情勢が日本車メーカーにもたらす影響、中国の台頭、サプライチェーンのリスク、そしてEVシフトの行方についてQ&A形式で解説する。

Q. 中東の自動車市場は日系メーカーにとってどのような存在か?
中東の自動車市場は世界の販売台数の約4.5%、年間約406万台と規模は小さい。しかし、日系メーカーにとっては「ドル箱」と呼べるほど極めて重要な市場である。特にアラブ首長国連邦(UAE)などの湾岸諸国では、日系ブランドが市場シェアの6割弱を占め、絶大なブランド信頼を築いているのが特徴だ。

トヨタのランドクルーザーや日産のパトロールといった1000万円を超える高級SUVが人気を博し、2000万円クラスの高価格帯グレードでも高い需要がある。欧米のような熾烈な競争による値引きや大規模なプロモーションは不要で、利益率が10%を優に超える非常に高い水準にある。その結果、販売台数ベースでは中東市場の日本企業への貢献度は5%程度だが、利益ベースでは10%から20%に達する可能性があり、日系メーカーの収益を根底から支える生命線となっている。かつて優良市場であったロシアを失った今、中東市場の重要性は一層高まっているのが現状である。
Q. 中東市場で中国メーカーが急速に台頭しているのはなぜか?
日本の牙城であった中東市場に、中国メーカーが不気味な勢いで台頭している。特にUAEでは、中国からUAEへの自動車輸出台数が2020年の1万台から2025年には57万台へと爆発的に増加する見込みだ。UAEの新車市場規模は約30万台であるため、この輸出車の多くがアフリカや中央アジアへの「再輸出」に使われていることを示しており、中国がUAEを戦略的な物流ハブとして活用していると言えよう。
中国メーカーがここまで中東市場に注力するのは、米欧日韓などの先行メーカーが市場を固めている先進国市場への参入が困難であるため、経済成長が見込まれる新興国への積極的な進出戦略を採っているからだ。中東だけでなく中南米やアフリカでも同様の動きが見られ、これは東南アジアで日系メーカーのシェアを切り崩しつつある中国の動きとも類似する。実際に、湾岸諸国ではこれまで圧倒的な存在感を示していた日系ブランドのシェアが減少し、中国系ブランドが着実にシェアを伸ばしているのが実態である。

中国メーカーは、ランドクルーザーのような高価格帯SUVを直接的に攻めるのではなく、より安価なSUVを投入し、これまでリーチできなかった顧客層を獲得することで市場への浸透を図る戦略だ。過去の事例として、ロシア市場でウクライナ侵攻後に日米欧メーカーが撤退した空白を中国車が爆発的に拡大させた教訓がある。ホルムズ海峡封鎖などにより日本車の供給が困難となれば、イランと友好関係にある中国車がその隙を突いて市場を奪う可能性があることは考慮すべきリスクである。
Q. イラン自動車市場の特殊性と中国の関与はどのような状況か?
イランの自動車市場は特殊な歴史を持つ。2010年の国連制裁決議を機に、それまで現地生産を行っていたプジョー、ルノー、シトロエンのフランス系や日産、起亜(キア)などの西側メーカーが撤退や生産縮小を余儀なくされた。これにより、160万台を超えていた市場規模はわずか2年で半減したのが実情だ。この制裁による空白を埋めたのは中国である。
中国はイランに対し、自動車部品の技術協力や、西側から調達できなくなった部品の供給など、サプライチェーン全体にわたる包括的な支援を行うことで、深く根付いた関係を築いてきた。今やイランの自動車産業は中国の支援なしには成り立たないと言われる状況である。イランは人口約9000万人を抱え、世界で17位の自動車市場規模を持つポテンシャルの高い国だ。もし経済制裁が解除されれば、100万台規模の巨大市場として復活し、欧米や日本のメーカーにとって大きなビジネスチャンスとなる。しかし、その時にはすでに市場の隅々にまで根を張った中国との激しい競争が待っているだろう。
Q. ホルムズ海峡閉鎖が世界の自動車サプライチェーンに与える具体的な影響は何か?
ホルムズ海峡閉鎖は、自動車産業のサプライチェーンに複合的な打撃を与える。主な影響は、原油、LNG(液化天然ガス)、アルミニウムの3つの要素に見られる。第一に、世界の原油供給の15%、LNGの20%が閉鎖によって停止する可能性がある。原油価格の高騰は燃料費だけでなく、ナフサを原料とする樹脂部品、内装材、バンパーなどの製造コストを押し上げる要因となる。
第二に、見落とされがちだが、中東は世界のアルミ精錬の9%を担う「世界の精錬所」だ。アルミニウムはボーキサイトからアルミナを抽出し、大量の電力で電気分解することで製造されるが、中東では豊富な石油資源による安価な電力を背景に生産が盛んである。ここの供給が滞れば、自動車の車体や部品の生産に直接的な影響が生じる。
自動車産業は多くの部品と工程から成り立っており、一つでも部品が欠ければ完成車を生産できない。価格高騰以上に供給が「止まる」リスクが深刻なため、各自動車メーカーはコスト増を覚悟し、調達先の多様化(リスク分散)を急いでいる。しかし、代替サプライヤーの確保には購買力や交渉力が大きく影響し、体力のある大企業が有利になる。結果として中小メーカーとの格差が広がり、「生産面の二極化」を招き、業界再編を加速させる可能性が高いと予測される。
さらに、UAEは自動車部品や完成車をアフリカや中央アジアなどへ再輸出する重要な物流ハブでもある。この物流ハブが機能不全に陥れば、世界中の海運会社が輸送ルートの変更を迫られ、代替港のキャパシティや倉庫の問題が発生するなど、自動車産業だけでなく、全世界のサプライチェーンに計り知れない混乱とコスト増をもたらす恐れがある。
Q. 今回のオイルショックは自動車のEVシフトを加速させるのか?
結論から言えば、今回のホルムズ海峡問題は、世界のEVシフトを加速させる可能性を秘めている。過去のオイルショックは、米国市場で燃費の悪い大型車から燃費の良い日本車(小型車)へのシフトを促した。今回も、原油価格の高騰が消費者の自動車選びに影響を与え、EVへの移行を後押しする可能性がある。現在の日本でも、家庭用電力で充電する場合のEVの走行コストはガソリン車よりも既に安いのが実情だ。しかし、充電インフラの不足、急速充電の費用高さ、そして長距離移動における不安感など、利便性の課題がEV普及の足かせとなっている。

EVシフト加速の主戦場は、先進国よりもむしろ新興国になる可能性が高い。先進国は経済力で代替の原油調達ルートを確保できるが、経済的に弱い新興国は原油の「価格高騰」だけでなく「枯渇」という危機に直面する。タイやフィリピンなどの一部の国はすでに深刻な状況にあると言われる。原油が手に入らなければ国民の移動も経済活動も止まってしまうため、新興国政府がエネルギー安全保障の観点から、国策としてEVへの移行を強力に推進するシナリオは十分に考えられる。その際、中心的な役割を果たすのが中国である。
中国はエネルギー危機に瀕した新興国に対し、EV本体だけでなく、充電インフラ整備も含めた「セット」で支援を提案し、市場を一気に席巻する可能性がある。これは固定電話の普及を待たずして携帯電話が一気に普及した「リープフロッグ現象」のように、新興国が一足飛びにEV社会へと移行する引き金となるかもしれない。
日本のEV普及率はわずか1%であり、中国(32%)、欧州(18%)、韓国(13%)、米国(8%)といった主要国と比べて圧倒的に遅れている。

日本の自動車メーカーは、市場トレンドに基づく「スピード調整」でEV開発を進めているが、今後は市場原理だけでなく「国家のエネルギー安全保障」という切迫した問題によって、各国政府がEVシフトを強制的に推進する可能性が高まる。日本の自動車産業は、この地政学的な大変革の波に乗り遅れないよう、グローバルな視点での戦略転換が喫緊の課題となっている。世界の現実を直視し、迅速な対応が求められる局面を迎えていると言えるだろう。