
社長の通信簿は、利益率で決まる
日本企業の変革を加速させる鍵とは?新時代に求められる経営戦略
日本経済を取り巻く環境は激変しており、海外からの圧力、労働市場の変化、AIの台頭など、多くの課題に直面している。長年の慣習に縛られず、真の競争力を手にするためには何が必要か。
本稿では、企業を巡る内外の変革期における課題を明らかにし、日本企業が目指すべき経営戦略の方向性をQ&A形式で考察する。プロ経営者が語る実践的な視点から、日本経済再生への道筋を探る。

Q. 海外投資家によるプレッシャーは日本企業の経営をどのように変えているか?
海外投資家やPEファンド、アクティビストの参入が日本で増え、「アクティビスト天国」と呼ばれるほどだ。これにより、かつてメインバンクが市場を牛耳っていた時代は終わりを告げ、株主が企業経営を支配するグローバルなスタンダードへと移行している。経営者は常に株主からの厳しい目に晒されており、隙を見せれば買収の対象となり得るのが現実である。
この圧力は企業ガバナンスを改善し、グローバル基準の経営へと日本企業を動かす「良いプレッシャー」と評価できる。株主からの要求は、多くの場合、プロから見て非常に真っ当な内容が多い。経営者は、株主の全ての要求を聞き入れる必要はないが、もし拒否するならば、彼らが納得するような論理的でグローバルに通用する根拠を示す必要がある。これが「プロの経営」の最低限の姿勢だ。
Q. 日本の労働市場に存在する「不公平」の正体とは何か?
株主からの圧力に加え、本来であれば従業員からの「給料を上げないと辞めるぞ」というプレッシャーも必要だが、日本ではまだ不十分だ。その根本原因は、労働市場の流動性の低さと、終身雇用を前提とした旧来の人事制度にある。
特に、退職金制度は長年勤め上げた新卒入社の社員のみが多額の恩恵を受け、「給料の後払い」という性質上、中途入社者には著しく不公平な構造となっている。現代において転職が当たり前になりつつある中、この格差は人材の流動性を阻害する大きな要因だ。経営者は生涯賃金の観点からこの不公平を是正する人事制度改革に着手し、労働者にとって魅力的なキャリアパスを提供する必要がある。

Q. サービス産業が「稼げない」のはなぜか?日本のマーケティングには何が足りないか?
日本経済の大きな課題は、労働人口の約7割を占めるサービス産業が十分に稼げていない点にある。この根本的な原因は、多くの企業がビジネスの中心に「マーケティング」、特に「プライシング(価格戦略)」の概念を置いてこなかったことだ。
例えば、GDP世界一とも言われる東京のホテル料金は、コロナ前において世界の主要都市と比較して安すぎた。円安とインバウンド需要という絶好の機会があっても、外国人向けに高い価格を設定する「二重価格」や大胆な値上げに踏み切る発想やスピードが不足していたのである。
企業が値上げに踏み切れないのは、価格を上げても顧客が離れないような「付加価値を創造する」マーケティングに自信がないことの表れである。デフレ下においても、ネスレがコーヒーを5割値上げし、売上と利益を増やしたように、マーケティングを駆使して付加価値を高めれば値上げは可能であり、それが企業の利益増加と従業員の賃上げに直結することを理解すべきである。稼げないという事実の根源には、マーケティングの不在があるのだ。
Q. 日本の経営者は、リーダーシップを発揮するために何を改革すべきか?
日本企業の経営者選定は依然として内向きであり、現社長が後任を指名するなど、身内だけで決めるケースが多い。プロの経営者を選抜する仕組みとして機能しているとは言い難い。本来は社外取締役を中心とした指名委員会がリーダー選定の主導権を握り、真のプロフェッショナルを選ぶべきである。
国内に適切な候補者がいない場合は、武田薬品が外国人CEOを登用しグローバル企業に変貌を遂げたように、外国人の登用を躊躇すべきではない。また、中外製薬がスイスのロシュとの提携で大成功した事例のように、M&Aや戦略的提携を通じて外部の経営手法を積極的に取り入れることも有効だ。
さらに、スポーツ界が外国人選手との競争を通じてレベルアップしたように、日本のビジネス界も幹部層から多様なバックグラウンドを持つグローバル人材を登用し、日本人社員と切磋琢磨させることで組織全体の競争力を高める必要がある。経営者の評価は「任期」ではなく、10年以上にわたって売上と利益を右肩上がりにし続けるという「実績」によってのみ測られるべきだ。実績不振や社内スキャンダルがあれば、海外では即刻解任されるのが当然のガバナンスである。
Q. AI時代の到来と人口減少が日本企業にもたらす課題と賃上げ実現の鍵は何か?
人口減少が続く日本では、国内市場における売上規模の拡大は難しい。そのため、経営者は「売上高」ではなく「利益率」で評価されるべきだ。利益率の向上が、企業の持続的な成長と賃上げの原資を創出する。AIが進化しホワイトカラーの仕事の多くが代替可能になる時代において、不必要にホワイトカラーを増やすのは時代錯誤だ。
ネスレ日本では15年前に新卒採用を停止し、団塊世代の自然減を通じて約600人分の人件費を削減した事例がある。この削減によって得られたコストダウンは利益を押し上げ、残った社員の賃上げへと繋がった。組織のスリム化と生産性向上は、賃上げを実現するためのマスト条件と言える。
AIに代替されにくい「ブルーカラー(現場の専門職)」の価値は今後一層高まるだろう。政府は、大学の増設よりも、卒業後に大卒以上の給与が得られるような「エリート専門学校」を創設するなど、教育改革を断行すべきだ。さらに、賃金の上がらない要因の一つである多重な下請け構造、特に建設業界のような問題にも、より大胆なメスを入れる必要がある。

Q. 日本が「失われた30年」を乗り越え、経済を再び成長させるには何が必要か?
日本の中小企業は、国内の下請けに甘んじるのではなく、デンマークのノボノルディスクやレゴのように、特定の分野を極めて世界で戦う「グローバルニッチ」戦略を目指すべきである。中小企業の事業承継問題も、プロ経営者の外部登用やM&Aを通じた売却など、旧態依然とした経営からの脱却と変革の絶好の機会だ。
国の成長率や生産性は、企業の「新陳代謝」の活発さに比例するという事実がある。労働人口が流動化し、成長分野へスムーズに移動できるような社会を、政府と民間が一体となって構築しなければならない。「Japan is back」というスローガンだけでなく、そのための「How」、すなわち具体的な戦略と実行力が今こそ強く求められる。
