
【株高不況】平成バブルとの違い 真因は「実質と名目」の乖離
「株高不況」を生き抜く:株価急騰の裏で家計が苦しむ、現代日本の経済メカニズムを読み解く
株価が史上最高値を更新し続ける一方、家計は物価高に喘ぐ。この奇妙な乖離こそ、今の日本を覆う「株高不況」だ。第一生命経済研究所の藤代宏一氏の洞察に基づき、現代日本が直面するこの複雑な経済現象のメカニズムと、私たちがどう向き合うべきかをデータとともに徹底解説する。

Q.「株高不況」とはどのような現象か?
株価は歴史的高水準、企業業績も好調に推移する。しかし、物価高は止まず、家計は経済的苦境に立たされ、消費者の心理は悪化の一途を辿る。このように、企業活動と一般家計の実感で景況感に大きな隔たりが生じている現状を「株高不況」と呼ぶ。
過去の株高局面と現状との決定的な違いは「インフレ」の有無だ。これまでの局面ではインフレが消費者に大きな打撃を与えることは少なかったが、足元の急激な物価上昇が企業と家計の体感温度を大きく引き離している。これは経済構造の変化によって合理的に説明できる現象である。

Q. この「株高不況」はなぜ起きたのか?そのメカニズムを解説してほしい。
「株高不況」を生み出した背景には、複合的要因がある。決定的な転換点は2022年、ロシアによるウクライナ侵攻が一次産品価格、特に原油や小麦価格の劇的な高騰を招いた。コロナ禍からの経済活動再開による需要刺激と相まって、企業はコスト高騰を吸収しきれず、「一斉値上げ」に踏み切った。
従来、日本企業は値上げを抑制してきたが、原料コストの急激な上昇は「値上げしない」選択肢を不可能にした。全企業が一斉に値上げしたことで、価格競争力を失うリスクが低減し、容易に値上げできた。さらに、国内賃金上昇も企業の労働コストとして転嫁の対象となる。このように、輸入物価高騰と国内賃上げが推進力となり、インフレが常態化しつつある。
Q.現在の日本経済は数字でどのように表されているか?名目と実質の乖離について教えてほしい。
現在の日本経済を理解する上で、名目GDPと実質GDPという二つの指標を区別することが不可欠だ。実質GDPは物価変動の影響を除いた、財・サービスの「数量」ベースの付加価値である。景況議論では通常、実質GDPが用いられるが、日本は人口減少を背景に、過去6年間でほぼゼロ成長と停滞している。
一方、名目GDPは物価変動の影響を含んだ「金額」ベースの付加価値であり、「数量×単価」で計算される。インフレが進む現在、名目GDPは過去数年で急角度な成長を示している。株価は名目GDPや企業収益と強く連動するため、現在の株高は企業業績という実体を伴う。日本の主要企業の収益改善度は米国企業とほぼ同等レベルに達しており、ファンダメンタルズに基づく株価の上昇がデータから裏付けられる。この名目と実質の違いが、企業と家計の景況感の乖離を生む大きな要因となっている。

Q.このインフレは家計にどのような影響を与えているか?また、海外と日本の違いはあるか?
家計が体感する景気は、自身の賃金と購買力に直結する。特に日常的に購入する食料品や生活必需品の価格上昇は、消費者の心理に大きな影響を与える。賃金が上昇しても、買い物の現場で記憶にある価格とのギャップに直面すれば、経済的苦境を実感せざるを得ない。
海外、特にアメリカではある程度のインフレが常態化するため、物価上昇が直ちに消費者マインドの冷え込みには繋がりにくい。しかし、日本は過去20~30年間、ほとんど値上げのないデフレの世界を経験してきた。このような環境で急激かつ広範な物価上昇が起これば、家計が受ける心理的衝撃と経済的影響は、他国と比較して非常に大きいのは当然だ。
Q.インフレが進行する中で、私たちの資産はどのように変化しているのか?格差は広がっているのか?
インフレ環境は資産価値を二極化する。資産構成がインフレに対応している家計にとって、物価上昇は追い風となりうる。株式などのリスク資産はインフレと連動して価値が膨らむ傾向があるためだ。
一方、長年安全策とされた「現預金」を中心とした資産保有は、インフレ下では購買力を着実に失っていく。例えば、年3~4%の物価上昇に対し、普通預金金利が0.1~0.2%程度の現状では、実質的な貯蓄は日々目減りし続ける。賃金が上がっても、預金の価値が相対的に低下する状況だ。デフレ期には「現金を保有すること」が有利であったが、インフレ期では「知らない人損」という状況に転じる。インフレに強い資産と弱い資産を持つ家庭で、経済状況に大きな差が生まれ、資産格差が拡大する。
Q.賃金は上昇しているのに実質賃金がマイナスの理由、また企業の利益はどこに向かっているのか?
日本企業は過去30数年ぶりの賃上げを2年連続で実行し、来年度もさらなる賃上げが期待される。しかし、この賃上げにもかかわらず実質賃金は依然マイナスが続く。背景には、企業の利益伸び率が賃上げペースを大きく上回る現状がある。
これは「労働分配率」の推移からも見て取れる。労働分配率は企業の生み出した付加価値のうち、労働者に分配された割合であり、大企業を中心に低下傾向だ。企業が記録的利益を上げても、それが労働者の賃金には十分に還元されていないことを示唆する。現状、利益の多くは株主還元、特に自社株買いに使われ、その額は過去数年で倍増している。経営者は株主への説明責任が強く、賃上げよりも株主還元を優先する傾向がある。この「株主優位」の構造はすぐには変わらないだろう。不公平な分配構造を逆手にとる方法の一つが株式投資であり、個人が投資家となることで、インフレ時代の格差の波を乗りこなせる可能性がある。

Q.円安、日銀の金融政策など、今後の経済の行方はどうなるか?
日本経済を牽引する大企業はグローバル企業が多く、海外事業の好調が国内消費者の景況感に直結することは少ない。このグローバル化が「株高不況」の構造的要因であり、国内景気との乖離は今後も続くだろう。
為替は、アメリカの利下げペースが市場予想より緩やかであれば、再び円安・ドル高が進む可能性もある。一方、日銀の利上げで円高に転じれば、輸入物価抑制を通じて個人消費が刺激され、国内景気にプラスに作用する可能性も指摘される。日銀の利上げが必ずしも国内景気を冷やすとは限らず、需要超過のインフレを加速させる可能性すら秘める。
インフレは企業収益を名目上で押し上げるため、基本的に株価には追い風だ。家計が苦しむ「悪いインフレ」でさえ、株価をさらに高騰させる逆説的な現象が起きることもある。インフレ深刻化と株価上昇が並行し、経済実体と株価の乖離が拡大する可能性をはらむ。この複雑な局面では、名目と実質の区別が極めて重要だ。
「株高不況」は、インフレとグローバル化が深く関わる、一過性ではない現象だ。私たちはもはやデフレ時代の常識に囚われてはならない。この変化する経済環境において、個人が賢明な資産防衛策を講じ、企業は労働分配のあり方を再考し、政府は複雑な状況に対応できる政策を模索することが、より健全で持続可能な経済を築く上で不可欠である。経済の仕組みを理解し、主体的に行動することこそが、この不確実な時代を生き抜く鍵となる。
