
【富士フイルム流の経営論】技術も人材も「越境」させよ
フィルム技術から医療へ:富士フイルムの変革と成長戦略
富士フイルムはデジタル化の波で写真フィルム需要が急減する中、
第二の創業として医療機器やバイオCDMO事業などへの転換を成功させた企業として知られています。
現社長の後藤禎一氏に、その変革を支えた企業文化や人材戦略、そして経営哲学について聞きました。

Q. 第二の創業を経験された中で、現在の経営に生きていることは何ですか?
現場をよく見ることの重要性を強く感じています。ビジネスを進める上で、現場の匂いが分からないと本社に座っているだけでは理解できないことが多いものです。
事業を写真から変えた時、それが特に大きなポイントだったと実感しています。
Q. 現場の匂いを感じるために気をつけていることはありますか?
役員になっても事業を任せることが必要だと考えています。社会課題を解決する製品やサービスを作るためには、イノベーションが不可欠です。
そしてイノベーションを起こすための方法として行き着いたのが「志」、つまりアスピレーションです。
社員が「こうやりたい」という思いを持つことが企業にとって最も強い原動力になります。

Q. 多岐にわたる事業展開の中で、技術の転用などはありますか?
かなりあります。特に顕著なのはCDMO(医薬品の開発製造受託)事業と半導体事業です。富士フイルムは90年間フィルムを作ってきた歴史があります。
フィルムビジネスは信頼が基盤です。お客様が現像した写真を見るまで品質が分からないため、
製造工程や同一条件製造にこだわり、材料の質も変えず、要因変更もしないという姿勢が不良品を出さない最大のポイントでした。
90年間フィルムを製造してきた中で蓄積したノウハウ、特にリスクアセスメントの知見が、現在のCDMO事業で活かされています。
例えば、ノースカロライナやテキサスの拠点で、元々フィルム製造に携わっていた技術者たちが、製造ラインを見ながらリスクアセスメントを行っています。
Q. 具体的な技術転用の例はありますか?
フィルム製造では「スケールアップ」という、小規模で作ったものを大きなラインで高速生産する技術がありました。
バイオCDMOでも同様に、小さなタンクでの培養から大規模生産へと移行します。
しかし富士フイルムが製薬メーカーから高く評価されたのは「スケールダウン」の技術です。
大規模製造ラインで故障が発生した際、そのラインを止めることなく、小規模装置で故障を再現して原因究明を行う方法を確立していました。

半導体材料の分野でも、写真や印刷の原理原則が応用されています。写真フィルムの感光材料技術が、半導体ウェハー上での反応体製造に活かされています。
さらにフィルム製造で培った乳剤の微細化技術が、半導体材料の微細化にも大きなアドバンテージをもたらしています。
Q. 技術面だけでなく、人材面でも部門を超えた異動はありますか?
かなり行っています。富士フイルムは以前から部門間のセクショナリズムが低く、隣の部署との壁が高くないという特徴があります。
例えば、現在のCDMO事業のトップは、以前はヨーロッパの富士フイルム代表を務めていました。
元々はイメージング部門の出身で、デジタルカメラ事業を成長させた人材です。
バイオCDMOについては全く知識がなかったものの、挑戦する気持ちが強く、新たな分野に飛び込みました。
半導体事業のトップも同様に、以前はイメージング部門でチェキを担当し、テイラー・スウィフトを広告宣伝に起用して世界的な需要を高めた実績を持つ人材です。
このように、成長領域に異なる分野からリーダーを配置することで、新たな視点や発見が生まれ、組織が活性化します。
Q. 異分野から来たリーダーを部署の人たちはどう受け入れていますか?
富士フイルムでは部長や課長レベルでも部門を超えた異動が一般的なので、違和感なく受け入れられています。
海外で会社経営を経験した人材は、販売だけでなく、輸入、ロジスティック、人事など様々な側面を考える力が鍛えられています。
そうした経験者は、新しい分野でもすぐに適応できるのです。
Q. 人材育成についてはどのような取り組みをしていますか?
若いうちから様々な経験を積ませることを重視しています。
新入社員は国内の事業会社で営業経験を積み、4年ほど経ったら本社業務や工場勤務を経験し、
その後海外へ派遣するというステップを踏むことで、地に足がついた社員が育ちます。

現地法人の社長には30代の若手を抜擢することもあります。最近では48歳の執行役員も誕生しました。
私自身が執行役員になったのは55歳頃でしたので、若い世代にどんどんチャレンジする機会を提供しています。
Q. 経営者として大切にしている考えはありますか?
経営において実力だけでうまくいくわけではありません。景気や為替、政治情勢など様々な要因が影響します。
それでも成長を遂げるためには「運」が必要です。では運をどうやって手に入れるかというと、受け身ではなく前に進むことです。
半歩でも前に進み、挑戦する気持ちを持つことが重要です。
90周年を機に「地球上の笑顔の回数を増やしていく」というパーパスを掲げました。
社会課題を解決する製品・サービスを作るには、イノベーションが必要です。そしてイノベーションは一人では起こせません。
様々な社員が持つ暗黙知をつなぎ合わせることで生まれます。そのために最も重要なのが「志」(アスピレーション)です。
社員のやる気スイッチを入れるため、世界20カ国以上を回り、役員全体で158回のタウンホールミーティングを実施し、約3万8000人と直接対話しました。
このほかにもD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)や、アップスキル研修、給与・福利厚生の改善なども進めています。
