
茨城県・境町町長に聞く 街を元気にする自治体経営
境町の成功モデル: 民間発想で自治体に革新を起こす方法
茨城県境町は12年間で大きな変貌を遂げた。ふるさと納税額は6万5000円から60億円へと飛躍的に伸び、財政状況も好転。「境町から来ました」と言っても誰も知らなかった小さな町が、今では「ふるさと納税してることあるよ」と言われるほど認知度が上がった。この変革を主導したのが橋本正裕町長だ。高木新平氏との対談で明かされた自治体経営の秘訣とは何か。

Q. 境町はどのように変わったのか?
「就任した12年前は財政状況が非常に悪く、地方の疲弊した一自治体だった」と橋本町長は振り返る。しかし現在は財政状況が改善し、人口も増加。最大の変化は「境町から来た」と言った時の反応だ。以前は誰も知らなかった町が、今では「知ってる」「ふるさと納税したことある」という反応をもらえるようになった。

この認知度向上は町民のシビックプライド(市民としての誇り)にも好影響を与えている。「褒められるうちに自分ごとになって、町民も誇りが上がり、自分たちも一生懸命やろうという好循環が生まれている」と橋本町長は説明する。
Q. 町を変えるために何をしたのか?
「当たり前のことを当たり前に、目の前にある課題に対して一つずつ打ち返しをしていった」と橋本町長。例えば、保育園でのオムツ持ち帰り問題。「できません」という返答に対し、「ゴミ箱を置いて回収する」という単純な解決策を実行した。
また民間保育園も誘致し、その質の高さを地元の保育園関係者に見せることで刺激を与えた。「その一つずつの積み重ねが今につながっている」という。橋本町長の手法は「改革」というより「目の前の課題を一つずつ解決していく」というシンプルなものだ。
Q. ふるさと納税での成功はどのように実現したのか?
橋本町長は「売りたいものではなく、市場が欲しがるものを提供する」という戦略を採用。既に人気のあるものや、ギフトとして使われているものを見極め、それを提供することが最も確実な方法だと考えた。
また「販売戦略はトップダウンで行う」とし、自らが全国の自治体のふるさと納税状況を分析。「去年より増えたところはなぜ増えたのか」を研究し、成功要因を取り入れている。
現在は、「牛タン」「炭酸水」「エビの養殖」といった新プロジェクトも進行中で、これらだけで30億円の売上が期待できるという。
Q. なぜこれほど迅速に事業を進められるのか?
一般的に自治体では計画に2年、実行に2年と、一つのプロジェクトに4年ほどかかるが、境町ではスピード感を持って実行している。橋本町長は「普通の感覚です」と話す。
「役所の感覚、地方自治の感覚、法律の感覚を弁護士と相談しながら、どうすればできるかを考える」と橋本町長。多くの自治体がやれない理由を探すのに対し、境町はどうすればできるかを考える文化を作り上げた。
Q. 地域住民の合意形成はどう行ったのか?
境町が2万4000人と小規模な自治体であることも一因だが、橋本町長は選挙活動中に全住民と会うよう努め、直接声を聞いてきた。また、批判に対しては広報誌やSNSを通じて詳細な説明を行い、財源やコスト、収入まで公開している。
「12年経つと、反対する人の隣の人が『いや、財源はここから来ていて、町は潤っているんだよ』と説明してくれるようになった」と橋本町長。情報公開と丁寧な説明により、地域内での理解が広がっていったという。
Q. 企業とはどのように連携しているのか?
橋本町長自身がトップセールスとして企業を訪問し、連携を呼びかけている。「ダメなところもあるが、大丈夫なところをグッと掴む」姿勢だ。
興味深いのは、企業誘致への地域の反応。「なぜその企業なのか」と住民が警戒心を示す自治体が多い中、境町では「この町に企業がないと思っているから、来てくれる企業はウェルカム」という雰囲気があるという。帝国データバンクで企業の信頼性を確認し、問題なければ積極的に協力する姿勢だ。
Q. 補助金はどのように活用しているのか?
橋本町長は「アベノミクスの恩恵を最大限に受けた」と話す。自治体も企業のように「事業計画を作り、どういう効果があって、どう町が変わるかを国に提出すると応援してくれるようになった」という。

「企業がプレゼンに行く時は、予算もつけ、デザイナーもつけ、プロモーションも考える。その感覚が自治体にはない」と指摘する橋本町長。境町は民間企業の感覚で補助金獲得に取り組み、成功している。
Q. 教育への投資についてどう考えているか?
「全部大事」と答える橋本町長。「英語教育などに目が行きがちだが、小学校ではひらがなやカタカナが書けない子も多い」と基礎教育の重要性を指摘する。
また「家庭の所得によって習い事ができるかどうかが決まる」という現実を踏まえ、所得に関わらず質の高い教育を受けられる環境づくりを目指している。英語教育やSTEM教育(Science, Technology, Engineering, Mathematics)にも力を入れ、「最低限の技術を持った上で、将来何で勝負するかを子どもたち自身が選べるようにしたい」と考えている。
さらに、エストニアのAI教育なども研究し、「議会のメンバーと一緒に見に行こう」と提案するなど、先進的な取り組みも積極的に取り入れようとしている。
Q. このモデルは他の自治体でも再現可能か?
「小さいからできたということはない」と橋本町長は断言する。既に人口20万人を超える自治体にもノウハウを伝えているという。
「40万人いれば40万人に説明すればいい。反対する人にも直接説明に行く」という姿勢で、規模に関わらず実践可能だと考えている。実際、水戸市やつくば市など様々な規模の自治体に助言を行っているという。
橋本町長は「自分が教えている市町村は12個ぐらいあって、それだけで100億円を超えている」と話し、自分のノウハウを積極的に共有。「ここでやっていることをどんどん発信して、どんどん真似てもらうと日本全体が良くなる」と語る。
「ふるさと納税はいつなくなるかわからないと思っている」という前提に立ち、持続可能な仕組みづくりを心がけているという姿勢も印象的だ。

境町の事例は、従来の自治体運営の常識を覆し、民間企業の発想とスピード感を取り入れることで地域を活性化できることを示している。橋本町長の「当たり前のことを当たり前に」というシンプルな姿勢が、日本の地方自治体に新たな可能性を開くヒントになるかもしれない。
