
日本史に学ぶマネジメントの本質:前編
リーダーは日本史に学べ!歴史上の人物から今に活かせるマネジメントの知恵
現代のビジネスリーダーが抱える悩みに、歴史上の偉人たちはどう答えるのか。経営コンサルタントの増田賢作氏が著書「リーダーは日本史に学べ」で明かす、古くて新しいリーダーシップの極意を紹介しよう。歴史は単なる暗記ものではなく、今に通じる本質的な教えに満ちている。

Q. そもそもリーダーに必要な3つの要件とは?
まず1つ目は、組織がどういう方向に行くのか、どういう方針で取り組んでいくのかという方向付けだ。これはビジョンとも言い換えられる。
2点目は、その方向性や方針に基づいて、組織内にある「人・物・金・情報」といった資源をどう使っていくかの計画を立てること。目標実現のために誰にどう動いてもらうか、どんなものを作るか、資金をどう使うか、情報をどう活用するかという計画を具体化する。
3点目は、その計画を実行して成果を出すこと。この3つがリーダーに求められる基本要件だ。
現代のリーダーは、2点目の計画立案は比較的できている人が多い。しかし1点目のビジョン設定と3点目の実行段階には課題が多い。ビジョンを明確にすることは政治の世界でもビジネスの世界でも弱いところがある。また、実行段階では人の気持ちを考慮して動かしていくこと、物事の段取り、資金の使い方など、経験の積み重ねが必要となる部分が多い。
Q. 部下ができないことにイライラしてしまう。どうすればいい?
この問いに答えてくれるのは戦国時代の名将、北条氏綱だ。北条氏は神奈川地方を中心に勢力を広げ、戦国時代の幕開けに大きな役割を果たした。北条氏綱は初代・早雲の跡を継いで2代目となり、着実に北条家の領土を広げていった名君として評価されている。
氏綱は息子・氏康に残した5つの遺言の1つに「様々な人がいて、弱みもあれば強みもある。弱みを捨て、強みを活かしていきなさい。その強みを活かして戦いに勝つものこそが名将だ」と説いた。
戦国時代という生き死にがかかる時代には、「使えない」と部下を切り捨てるのではなく、あらゆる人材の強みを総動員して勝ち抜く必要があった。足の速い者を伝令に使うなど、それぞれの長所を活かす知恵が勝敗を分けたのだ。
これは平和な現代にも通じる。部下の短所を見るのではなく、長所に目を向けることがリーダーの務めである。
Q. どうすれば人の長所を見つけられるか?
人の長所を見つけるには2つのポイントがある。
まず、自分自身の中に客観的な視点を持つことだ。特に自分ができることをできない人を見ると「この人はダメだ」と思いがちだが、そういった感情を取り除いて客観的に見る必要がある。
とはいえ、完璧な客観性を持つのは難しいため、第三者の評価を取り入れる仕組みも大切だ。例えば、ある人が「人を教えるのが得意」と言っても、自分ではその長所に気づいていないことがある。しかし、周囲の人からその評価を聞くことで「この人は教えるのが上手なのだな」と気づくことができる。
最近では「ストレングスファインダー」のような強み発見ツールもある。興味深いことに、このツールは海外では早くから普及したが、日本ではなかなか広まらなかった。日本は強みを活かすよりも弱みを改善する文化があったためだ。しかし、最近は強みを活かす考え方が浸透してきている。
Q. 新しいことを始めようとすると反対されてしまう。どうすればいい?
この問いには江戸時代の名君、島津斉彬が答えてくれる。薩摩藩(現在の鹿児島県)の藩主だった斉彬は、西洋の学問や情報を積極的に取り入れ、鹿児島に集成館を設立。造船や製鉄、ガラス製造などの工場を作り、日本で初めて蒸気船を製造して江戸幕府に献上した。
斉彬がこうした新しい取り組みを始めた背景には、当時の国際情勢があった。中国がアヘン戦争で侵略され始め、日本も工業生産力がなければいずれ西洋列強の植民地になるという危機感を持っていたのだ。
しかし、斉彬の父親は彼の新しい取り組みに反対だった。先代の藩主・島津重豪が西洋の品物を趣味として大量に購入し、藩に多額の借金を残した経緯があったからだ。斉彬の父は「また浪費するのではないか」と懸念し、長らく藩主の地位を譲らなかった。
斉彬はどうしたか?彼は上位権力者である江戸幕府に訴えかけた。幕末の時代、幕府も外国からの侵略を懸念しており、斉彬のような革新的な取り組みを歓迎した。幕府は斉彬の父親に引退を勧告し、斉彬は藩主になることができた。
また、斉彬は若手層の西郷隆盛や大久保利通といった後の明治維新の立役者となる人材を登用し、新しい取り組みを推進した。
現代のビジネスでも新しいことを始める際には反対勢力が必ず存在する。そんな時は、より上位の意思決定者を動かしたり、共感してくれる若手人材を味方につけたりすることで、組織を変革できるだろう。
Q. 売上を増やすための有効な手立てが見つからない。どうすれば?
この問いに答えるのは江戸時代中期の米沢藩主、上杉鷹山だ。米沢藩は関ヶ原の戦いに敗れて領土が縮小したにもかかわらず、武士の数はあまり減らさなかったため、非常に貧しい藩となっていた。
九州の藩から養子として迎えられた鷹山は、この藩の財政を立て直すために様々な施策を打ち出した。その一つが「米沢織」の振興だ。
米沢地方には絹や藍などの織物の原材料はあったものの、それらを組み合わせて高付加価値の最終製品を作る技術がなかった。部品は作れても完成品は作れない状態だった。
鷹山は「売上=単価×数量」という原則に基づき、単価を上げるために完成品の製造に取り組むことにした。しかし、技術者がいなかったため、新潟の小千谷から織物の技術者を招き、武士の妻たちに技術を教えて副業として織物製造を始めさせた。これが米沢織の始まりとなった。
現代のビジネスでも、中小企業が大企業のように大量生産で薄利多売を狙うのは難しい。むしろ単価を上げる戦略が基本だ。そのためには付加価値の高い完成品を製造したり、加工度を高めたりする必要がある。
この事例から学べることは、売上増のために明確な方向性を示し、必要な技術や人材を外部から導入する勇気を持つことの重要性だ。「人がいないから新事業ができない」と諦めるのではなく、積極的に人材を獲得することが成功への道となる。
リーダーシップとは、組織の未来を見据え、必要なリソースを調達し、人の強みを活かして目標を達成することなのだ。日本の歴史上の名将や名君たちの知恵は、現代のビジネスリーダーにも大いに参考になるだろう。
