
平和を維持する矛盾した2原則:後半
「戦争を防ぐには戦争の準備が必要」—平和のパラドックスと日本の論理を語る豊島晋作
日本は平和を愛する国として知られていますが、その平和維持の方法について十分な議論がされてきたでしょうか。豊島晋作氏は「平和のためには何が必要か」という問いに対し、意外な答えを示します。

Q. 日本はどうしたらいいのでしょうか?
平和のためにはどういう条件が必要なのかを、論理的・科学的に考えることをしてこなかった国だと思います。戦争を防ぐには実は2つの方法があって、それらは一見矛盾しています。1つは戦争がいかに悲惨かをきちんと記憶しておくこと。これは教育などを通じて行われます。もう1つは戦争の準備をすることです。
日本は前者、つまり戦争を悪として記憶することで戦争を防ぐという方向には力を入れてきました。しかし、戦争の準備をすることで戦争を防ぐという考え方—これは人類が3000年の経験から仕方なく到達した結論ですが—について、国民レベルで真剣に考えてこなかった。これが軍事的抑止の概念です。
冷静に考える議論の場がなかったのが問題です。そういった国の論理やロジックがないと、戦争が起きたときに感情的な反応をして「やられたらやり返せ」という風になり、平和主義と言われてきた国が急に好戦的に変貌するリスクさえあります。
Q. なぜ日本は戦争を防ぐ2つの要素のうち、前者でしか取り組めなかったのでしょう?
大人たちが明確に説明できなかったからです。日本はかつて大規模な戦争準備をして実際に戦争を行い、大勢が死にました。そのため「再軍備したら、また戦争への道だ」という直感的に分かりやすい論理になってしまい、誰もが説明を避けてきました。
しかし今は「戦争を防ぐためには平和教育も大事だけど戦争の準備も必要」という逆説が重要になっています。もちろん、戦争準備に対しても常に批判的な目で見る必要があります。本当にそれは必要なのか、今の状況で必要なのかという議論は欠かせません。戦争準備からメリットを見出す勢力も当然存在するので、冷静に必要なものと不必要なものを見極める議論が必要です。
Q. 日本の論理を変えていくためにナラティブ(物語)が重要だとおっしゃっていましたが、なぜですか?
人間は唯一、物語を紡ぐ生物です。例えば、日本人が東京の人と福岡の人が会っても、一度も会ったことがない他人でも「同じ国に住んでいる仲間」という意識が生まれます。同じストーリーを共有してきた者同士という感覚です。完全な他人なのに、二人とも日本代表を応援するような現象です。
ベネディクト・アンダーソンという学者が「想像の共同体」と呼んだものがナショナリズムの成り立ちですが、そういったストーリーで国が成立しています。ストーリーは時に暴走して国を大惨事に導くこともありますが、国を結束させる大きな力でもあります。
日本は「とりあえず周りがやっているから動こう」という方針が大きかったように思います。湾岸戦争の時も、世界が多国籍軍に援助して軍隊を送るなか、日本は自衛隊を送れないのでお金を出すという選択をしました。しかし、戦略的に自己決定をしなければならない時代が来ています。意思決定が遅れると国益を大きく毀損する可能性もあるのです。
Q. 今の日本のメディアや政治家についてどう思いますか?
日本は極めて幸せな国です。失業率も低く、貧富の格差も他の国ほどではなく、基本的な仕事はあります。貧しくても医療は受けられる。例えばイギリスではCTやMRIを撮るのに何か月も待たされることがありますが、日本ではそうではありません。
国として「どうすべきか」「国家の危機にあるから考えよう」と迫られない幸せな国です。それは平和があり、国際関係が維持されているからこそ。毎日コンテナ船が入ってきて、液化天然ガスも運ばれてくるから電気もついてこの放送もできている。その前提にあるのは平和であり、戦争を回避できている状態です。
戦争を回避できているからこそ、我々はこれだけ幸せな人生を送れています。ただ、その前提は当たり前のものではないということ、特に今はそういう時代になってきているかもしれないということを考える必要があります。
メディアとしては、忙しい人たちに端的な事実として伝えなければならないので、ある種単純化せざるを得ません。そこにはよく批判がありますし、真摯に受け止める必要があります。ただ、そうしないと聞いてもらえないという側面もあり、バランスが難しいところです。毎日の答えはなく、間違っているかもしれませんが、批判があっても伝えなければならないこともあります。
Q. 平和がいかに脆弱なものかということを感じます。
そうですね。平和は基本的に当たり前のもので、平和が存続する確率は極めて高いと思いたいです。しかし例えば、アメリカの大統領選挙の際に国会議事堂が襲撃された時、中国の軍は高度な警戒体制にあったと言われています。中国はアメリカが自分たちを攻撃するのではないかと恐れていたのです。
アメリカと中国はお互いの国のことを分かっているようで分かっていません。私たちも韓国や北朝鮮が何を考えているか本当は分からないし、向こうも日本のことを同じくらい分からないのかもしれません。民主主義国家の方がメディアなどで透明に報道されるので分かりやすいですが、国同士が理解し合うのは極めて難しいのです。
かつてアメリカとソ連も核ミサイルでお互いを殺し合うような武器を何千発も配備して対峙していました。「こうしたら相手はこうするだろう」という理解を深めるために、ホットラインを設置したり相互訪問したりしました。それでも80年代には核戦争の危機に瀕したこともありました。
よく「世界は理解し合えば平和になる」と言われますが、お互いの国のことを理解すると、もっと憎み合うようになるかもしれないという説もあります。日本人が海外に留学したり駐在したりすると、かえって日本の素晴らしさを再認識し、ナショナリズム的な考え方になる人も多いのです。
また、平和的な意図を持っていれば平和になるという考え方もありますが、それも必ずしも正しくありません。イギリスが融和的になったことでヒトラーが侵略を決意したように、一方が平和的であろうとすることが戦争を引き起こすこともあります。戦争と平和の問題は単純ではなく、その複雑性を理解する必要があります。
Q. 今後のキャリアでは何を目指していますか?
少しでも日本や世界が平和であるように考えるコンテンツを出すことが一つの目標です。戦争の解説をすると「戦争を煽っている」と言われることもありますが、平和の条件を探るには戦争の原因や条件関係を探ることが必要なのです。
日本人が国際社会についてリアルに、きれいごとなしに考えられるようなコンテンツを提供したいと思います。平和教育と戦争準備という平和を守る二つの要素のうち、後者について率直に語ることを続けていきたいです。
テレビ東京は経済チャンネルなので、経済を巡る「戦い」を伝えることも大切な仕事です。メーカー同士の競争など、経済の戦いを伝えることは幸せなことですが、通常業務の9割を占めるその傍ら、戦争と平和のことを考える内容も1~2割は継続していきたいと考えています。
Q. 深い知識をどのように得て、それを伝えていくべきでしょうか?
我々は23分程度で物事を説明する世界にいるため、10個の要素があったら7個くらい削って伝えています。しかし今の視聴者は「本当はもっとあるよね」と分かり始めていて、それを知りたいと思っています。
ここまで聞いてくださっているということは、もっと知りたいと思ってくださっているということです。それを満たすためには、自分の専門分野を決めて深く掘り下げ、何を聞かれても答えられるようにすることが大切です。そして、知れば知るほど自分がいかに無知かを理解し、謙虚になること。
人間には2種類あって、新しい知識を得ると「自分は知っている」と感じる人と、知れば知るほど分からなくなって謙虚になる人がいます。基本的に研究者などは後者が多いです。専門家ほど慎重な発言をすることが多く、テレビ的には使いづらいコメントになることもありますが、その姿勢はとても大事なのです。
伝えなければならないけれど、自分が無知であることも理解しなければならない—そのプロセスを何百、何千回も繰り返すことが重要だと思います。
今は3分で分かるとか、時短とコスパを重視する社会ですが、量をやらないと質は生まれません。例えるなら、真っ暗な部屋で手探りしながら壁を見つけて部屋の形を理解するようなもの。そのプロセスには時間がかかりますが、それによって初めて空間を理解できるのです。失恋しないと恋愛が分からないように、手探りで探す「無駄な時間」が実は必要なのです。
