
元ゴールドマンサックス幹部の定量思考マネジメント【森山博暢】
ゴールドマンサックス式「定量思考」で意思決定力が劇的に高まる
「ゴールドマンサックスは良質なブラック企業」と言われる理由と、そこで培われた「定量的思考法」が日常生活や仕事の意思決定にどう役立つのか。元ゴールドマンサックス証券金利トレーディング部長の森山博暢氏が解説する。
Q. ゴールドマンサックスはブラック企業だと言われますが、実際はどうなのですか?
多くの人はゴールドマンサックスをブラック企業だと思うかもしれません。しかし、ブラックにも「良いブラック」と「悪いブラック」があります。
ゴールドマンサックスは組織として明確に「収益を上げる」「勝つ」という目標があり、その中での役割分担のために働く時間が長くなることはあります。また上司が厳しく意見することも多いので、外から見るとブラックに見えるでしょう。
しかし「良いブラック」の特徴は、目標がはっきりしていることです。目標のために努力することは、実はブラック感がありません。一方、目標のない努力や仕事は「悪いブラック」と言えます。
ゴールドマンサックスのような金融業界では、出した結果に対して責任を持ち、それに応じたリターンもあります。トレーダーなら収益が出るとその分、報酬に跳ね返りやすいという構造があるのです。プロフェッショナルとして、自分の出した結果に対して責任を取る環境なので、時間に対してではなく結果に対してのリターンがある世界では、ブラック感は薄れます。
Q. アイデンティティクライシスとは何ですか?そして今の若者にそれが増えている理由は?
近年、「自分は何者なのか」「何をすべきか」と悩む若者が増えています。特に20代後半から30代半ばの世代に多いのは、SNSの影響が大きいでしょう。
約10年前からFacebook、Twitter、Instagramと情報量が爆発的に増え、他人の華やかな部分だけが切り取られて見えるようになりました。「自分はうまくいっていない」と比較してしまうのです。
また、中学・高校・大学時代は「受験」という明確なゴールがありましたが、社会人になると正解が一つではなくなります。情報量が増えると選択肢も増え、どれを選べばいいのか分からなくなるのです。
実はこのアイデンティティクライシスは、ゴールドマンサックスのような一流企業に入った人にも多く見られます。特に2016年頃から顕著に増えている印象があります。辞める人も多く、次はベンチャーのCFOをするなど、「辞めること」自体がマニュアル化されているほどです。
Q. ゴールドマンサックスで培われた「定量思考」とは何ですか?
定量思考とは、曖昧な物事を数値化して考える思考法です。これはトレーディング部門では特に重要で、日々刻々と値段が変わる市場で、買うか売るかの意思決定を繰り返さなければならないからです。
将来確実なことが何もない中でも決断しなければならず、その際に「100の選択肢」を「10の選択肢」に絞る必要があります。その最初のステップが「定量的に考える」ことなのです。
意思決定のプロセスは3段階です。まず主観で考え、次に客観的・定量的に選択肢を狭め、最後にもう一度主観で決断します。定量分析だけでなく、客観と主観が螺旋階段のように絡み合っていくのが理想的です。
客観分析だけを重視すると「Aの可能性もあるがBもある」と言うだけの「論文家」になりがちです。しかし現実のビジネスでは、決められた時間内に意思決定することが重要です。そのためには、自分なりの意見や主観も必要なのです。
Q. 日常生活でどのように定量思考を取り入れればいいですか?
定量思考を身につけるには、日常のあらゆるものに数字を当てはめる習慣をつけるとよいでしょう。例えば「値段を当てるゲーム」があります。「電柱1本立てるのにいくらかかると思う?」と考え、実際の答えと比較してみるのです。
また、ゴールドマンサックスでは「昼食を買いに行った人が何分で戻ってくるか」を予想し、一番近かった人・遠かった人が奢るというゲームもありました。これも日常の定量化です。
「7分で戻る」と予想する場合、距離は何メートルか、徒歩何分か、小走りするか、事前に注文したのか、店で待つのかなど、複合要因を計算します。こうした練習を続けると、定量的思考が身につきます。
Q. 定量的意思決定の極意「因数分解思考」とは何ですか?
「因数分解思考」とは、物事を細かく分解して考える方法です。例えば、東京から大阪への出張を考える場合の違いがわかりやすいでしょう。
解像度が荒い人は「タクシーで東京駅まで20分、新幹線で2時間半、現地まで20分」と大まかに考えます。一方、解像度が細かい人は「エレベーター待ち5分、徒歩7分、タクシー待ち3分、...」と細かく分解します。
よく会議に遅刻する人と必ず時間通りに来る人がいますが、その違いは物事の因数分解にあります。全ての作業を細かく分解し、それぞれにかかる時間を正確に把握している人は遅刻しません。
朝の準備を例にすると、「服を選ぶ」「顔を洗う」「化粧する」など細かく分解し、どれが家でしかできないことで、どれが外でもできることかを考えます。すると「服選びは家でしかできないから早く済ませるべき」「化粧は新幹線の中でもできるから後回しにできる」など、効率的な時間配分が可能になります。
Q. 定量的意思決定の極意「逆算思考」とは何ですか?
逆算思考とは、ゴールから逆算して計画を立てる考え方です。例えば8時に東京駅に集合する場合、家を出る時間から考えるのではなく、8時から逆算して「何時に起きれば間に合うか」を考えます。
仕事では、例えばチームで年間50億円の収益目標を立てた場合、単純に月4〜5億円と考えがちですが、実際はそうはいきません。トレーディングのような世界では、プラスだけでなくマイナスも発生するため、前半に余裕を持って稼いでおく必要があります。
3ヶ月で30億円稼げたら、残り9ヶ月で20億円という考え方になります。年の後半に「一か八か」の勝負をするのは避けるべきです。このように、前半にハードルを上げておく方が、最終的にちょうどいいところに着地します。
これは上場企業が業績予想を控えめに出して徐々に上方修正するのと同じ考え方です。一方、ベンチャー企業では下方修正ばかりになってしまうことが多いのは、この逆算思考ができていないからかもしれません。
Q. 良質なブラック企業で働くメリットは何ですか?
良質なブラック企業とは、明確な目標があり、その目標のために努力することで成果が評価される環境のことです。ゴールドマンサックスのような金融機関では、トレーダーなら収益を上げれば報酬に反映されるという明確な構造があります。
このような環境では、自分が何のために働いているのか常に意識することができます。結果に対してのリターンがあるため、時間を長く働いても「ブラック感」を感じにくいのです。
また、プロフェッショナルとして意思決定を繰り返す環境では、定量思考や因数分解思考、逆算思考などのスキルが自然と身につきます。これらのスキルは転職後や起業時にも大いに役立ちます。
元ゴールドマンサックス出身者には、金融の延長ではなく全く別の業界で活躍している人も多いのは、こうした思考法が様々な場面で応用できるからでしょう。
