
後編:円安は敵ではない【成田悠輔】
日本の経済課題と金融立国への道筋
日本経済は今、長らく続いたデフレ期を脱し、歴史的な転換期にある。個人の膨大な貯蓄、進む円安、そしてアジアの金融ハブとしての地位を巡る競争など、課題は山積している。
本稿では、日本が目指す「資産運用立国」の実現、そして国際的な金融センターとしての存在感を高めるための論点をQ&A形式で深掘りする。潜在的な強みと克服すべき課題を明確にする。
Q. 日本が資産運用立国になるために最も必要なものは何か?
制度的な金融教育の義務化だけでは不十分だ。アメリカのように、家族や周囲の大人が日常的に投資の話をする文化が根付いていることが重要となる。
日本では「投資で儲けること=悪」という古い固定観念がいまだに強く残る。投資を「立派な稼ぎ方の一つ」として社会が広く認知するようなマインドセットの変革こそが、資産運用立国への第一歩だろう。
Q. 日本の家計に眠る多額の「タンス預金」を動かすにはどうすればよいか?
人の行動を変える方法は「罰を与える」か「奨励する」の二択である。家計に眠る2100兆円もの資金を動かすには、タンス預金への課税などの罰則か、投資への税制優遇といった奨励策が効果的である。
現在、政府は新NISAのような強力な奨励策で、個人資金の投資への移行を促している。しかし、単純な投資奨励だけでなく、各々がリスク許容度を理解し適切な商品を選ぶための金融リテラシーの向上が同時に求められる。
Q. 日本の個人はなぜこれまで投資に積極的でなかったのか?そして意識は変わったか?
これまで日本の家計が投資に消極的だった理由は三つ挙げられる。一つは、生活が国内で完結するゆえの強い「ホームバイアス」があったこと。二つ目は、海外資産へのアクセスが歴史的に乏しかった点だ。
そして最大の要因は、デフレ環境下において預貯金の実質的な価値が上がっていたため、預金が最も合理的な資産形成方法だったからである。しかし、インフレへの転換、新NISAの開始、そして社会保障への不安などが相まって、国民の投資意識は今、急速に変化している。
Q. 東京がアジアの金融ハブとなるには、どのような課題を克服する必要があるか?
東京は治安の良さ、交通の利便性、食事の質など、魅力的な点は多い。しかし、アジアの金融ハブとして機能するには、主要な障壁が二つ存在する。それは「高すぎる税金」と「言語の壁」である。
中国リスクを嫌う海外資金が日本へ向かっているのは好機だ。だが、シンガポールが富裕層を引き寄せるためにあらゆる手段を講じる徹底したオープンマインドには及ばず、特に英語での行政手続きの迅速化や税制の魅力度向上は急務と言える。
Q. 東京の金融ハブ化を阻む税金問題、その解決策はあるのか?
国民皆保険に代表される日本の手厚い公共サービスを維持しながら、税金をシンガポール並みに下げるのは現実的ではない。したがって、海外の人材や企業を引きつけるためには、時限的な「特区」を設ける方法が現実的な解決策となりうる。
特定地域に限定した税制優遇や規制緩和を導入し、それを地方創生と結びつけることで、海外資本の呼び込みと経済成長を両立させる道筋が考えられる。税制問題は既存のパイの分配に終始するのではなく、成長によってパイそのものを拡大させる視点が求められる。
Q. 円安は日本経済に不利なのか?真の課題と活路はどこにあるのか?
歴史的データによれば、通貨安は海外からの投資を呼び込み、輸出企業の競争力を高めるというポジティブな側面も持つ。したがって、円安自体が「敵」と断じるのは早計であり、真の課題は日本が世界に「売れる魅力的なモノ」を十分に持たない点にある。
日本の活路は、既存技術の改良に長ける国民性を活かせるGX(グリーン・トランスフォーメーション)分野にあるだろう。二酸化炭素を出さない石炭火力のような画期的な技術が生まれれば、それが新たな輸出の柱となり、円安を追い風に世界をリードできる可能性を秘める。
Q. 金融立国を推進する上で、社会はどのような側面も考慮すべきか?
投資主導型の経済成長は、元手となる資本の有無によって、貧富の格差を拡大させる側面がある。そのため、「貯蓄から投資へ」というマインドシフトを推進する際には、この流れから取り残されてしまう人々へのセーフティネットの構築も同時に、かつ真剣に議論する必要があるだろう。
