サウジ緊迫と原油の行方

300人超の死傷者を出したサウジアラビアの空港への攻撃。なぜ情勢は緊迫しているのか?イランが支援するフーシ派との根源的衝突や防空体制の課題とは。原油価格や日本への影響、「中東イスラム版NATO」構想など、激変する中東のパワーバランスの行方を専門家・保坂修司氏が読み解く。 <ゲスト> 保坂修司|早稲...
緊迫するサウジアラビア情勢の深層:フーシ派攻撃の再燃と「中東版NATO」への地殻変動
中東の主要大国であるサウジアラビアの首都や国際空港が、突如として激しい攻撃に晒され、死傷者数が300人を超える甚大な被害が発生した。
この攻撃を仕掛けたのは、隣国イエメンの北部を実効支配する親イラン武装組織「フーシ派」である。
一時は沈静化していた軍事衝突がなぜこのタイミングで急速に激化したのか、その背景には中東情勢の複雑な力学が存在している。
強大な軍事力を誇り米国の後ろ盾も持つサウジアラビアが、なぜ一武装組織の攻撃を許してしまったのか、疑問を抱く読者も少なくないはずだ。
さらに、世界屈指の産油国への直接攻撃が国際的なエネルギー供給網にどのような影響を及ぼすのかは、原油の大半を中東に依存する日本にとっても死活問題である。
本稿では、サウジ防空網の限界やイエメン紛争の泥沼化の構造、そして従来の対米依存から「中東イスラム版NATO」構想へと動き出した中東安全保障の地殻変動について詳しく紐解いていく。

Q. なぜ今サウジアラビアへの攻撃が激化しており、事態はどれほど深刻なのか?
首都リヤドや国際空港への直接的な攻撃により300人を超える死傷者が出た今回の事態は、近年の中東情勢において最も深刻な軍事衝突の一つである。
サウジアラビア国内では2000年代初頭にもテロが頻発したが、その後の沈静化を経て、2015年のイエメン内戦への介入を機にフーシ派との交戦が本格化した。
今年2月にイランを巡る軍事衝突が勃発した直後は、フーシ派によるサウジ攻撃は一時的に抑制されていた。
しかし、9月に入り攻撃が突如として再燃し、今回の壊滅的な被害へと発展した経緯がある。

この攻撃再開の背景には、フーシ派の背後にいるイランの内外情勢の変化が深く関係している。
イラン現体制の崩壊リスクがひとまず後退したと見極めたフーシ派は、再び後ろ盾であるイランを支える軍事行動へ舵を切ったとみられる。
すなわち、米国の緊密な同盟国であるサウジアラビアに打撃を加えることで、間接的に米国へ圧力をかける戦略的レバレッジを行使した形だ。
ただし、この衝突は単なる米・イランの代理戦争にとどまらず、サウジとイエメンの間で20年以上続いてきた根深い国境紛争と安全保障上の対立が根底にある。
Q. なぜサウジアラビアのような大国が一武装勢力にすぎないフーシ派を制圧できないのか?
サウジアラビアはサウード家が強大な権力を握る絶対王政国家であり、近年はムハンマド皇太子主導のもとで社会規制の緩和が進められている。

同国にとってイエメンとは広大な国境線を共有する長年の仮想敵国であり、外交を取り仕切る外務省ではなく国防省が担当してきたことからもその警戒の強さがうかがえる。
2011年の「アラブの春」以降の混乱に乗じてクーデターを起こしたフーシ派に対抗するため、サウジは有志連合を率いて介入を続けてきた。
しかし、大国サウジがフーシ派を屈服させられない最大の要因は、自らが支援する「イエメン正統政府」側の圧倒的な脆弱性にある。
公式な戦争の構図は「フーシ派対イエメン正統政府」であり、サウジ側はあくまで後方支援の立場をとっている。
肝心の正統政府陣営は内部対立や分裂が深刻で「烏合の衆」と化しており、軍事組織としての一体性を完全に欠いているのが実情だ。
サウジ自身も自国軍の全面戦争に踏み切ることは避けているため、結束力と軍事力で勝るフーシ派が戦局を有利に進める膠着状態から抜け出せない。
Q. 最新鋭の米国製防空システムを持ちながら、なぜ攻撃を防ぎきれなかったのか?
サウジアラビアが防空を突破された背景には、現代の非対称戦がもたらす過酷なコスト構造と防空網の疲弊が存在する。
イランおよびフーシ派は、製造コストが極めて安価な自爆ドローンや弾道ミサイルを大量に投入する飽和攻撃を展開してきた。
これに対し、サウジ軍は1発あたり数億円に上るパトリオットやTHAADといった米国製の超高額迎撃ミサイルで迎撃を試みている。
この圧倒的なコスト格差によりサウジ側の防空資源は急速に消耗し、迎撃体制そのものが徐々に限界へ追い込まれていった。
加えて、サウジ防空網の防衛リソース配分における優先順位の偏りも致命的な隙を生み出した。
国家の生命線である軍事基地や石油精製施設などの中核インフラには強固な防空設備が集中配備されている。
その一方で、国際空港を含む一般の民間重要施設に対する防空網は手薄な状態のまま残されていた。
疲弊した迎撃網の死角を突かれる形でドローンが民間中枢に到達したことが、今回の甚大な人的被害へと直結したのである。
Q. 原油輸送の要衝に危機が迫る中、原油価格が急騰しないのはなぜか?
サウジアラビアを取り巻く海域には、東のペルシャ湾に通じる「ホルムズ海峡」と西の紅海出口に位置する「バブ・エル・マンデブ海峡」が存在する。
通常、日本への石油輸送はホルムズ海峡を経由するが、仮に同海峡が封鎖された場合、東部油田の原油を東西パイプラインで西の紅海側へ送り、バブ・エル・マンデブ海峡を抜ける迂回路が利用される。

しかし、フーシ派の活動域であるバブ・エル・マンデブ海峡まで封鎖されれば、日本のエネルギー調達には致命的な打撃となる。
それにもかかわらず、足元の国際原油市場で価格急騰が起きていないのには明確な理由がある。
日本をはじめとする消費国には十分な国家石油備蓄が存在しており、直ちに物理的な供給途絶へ陥るリスクが極めて低い。
さらに、石油市場を動かす投機筋は、今回の被害を受けてサウジと正統政府がフーシ派に対する大規模な軍事反撃を開始した点に着目している。
フーシ派勢力が軍事的に制圧され事態が沈静化するシナリオを市場が冷静に織り込んでいるため、価格の上昇は小幅にとどまっているのだ。
Q. 今回の危機を契機に、中東の安全保障体制はどのように再編されるのか?
今後の展開として最も注目されるのは、サウジ主導の軍事攻勢によってフーシ派が制圧され、イエメンの統一が回復するか否かである。
もし実現すればイランは有力な手駒を失い大きな痛手となるが、フーシ派は現地部族住民に深く根ざした勢力であるため、完全な根絶は極めて困難だ。
たとえ指導部を排除したとしても、南部を拠点とする正統政府への反発が残り、ゲリラ的な抵抗が長期化する可能性は依然として高い。
より構造的な変化として見逃せないのが、サウジアラビアによる安全保障体制の多角化と「脱・米国依存」の動きである。
サウジはパキスタンおよびトルコとの間で、相互防衛協定である「メッカ共同防衛協定」を締結した。
今回の攻撃を受けてトルコ軍やパキスタン軍がサウジ国内に部隊を展開させる動きを見せているほか、エジプトも共闘体制に加わりつつある。
米国の庇護に頼り切る体制から、地域大国が結束する「中東イスラム版NATO」とも呼ぶべき集団安全保障体制への転換は、中東全体のパワーバランスを大きく塗り替え始めている。