PIVOT TALK HEALTH
救急医と産業医が本音で語る「腰痛の真実」
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2026年8月1日

痛みの王様、国民病とも言われる腰痛。最新科学では腰痛の原因はどこまで解明されているのか?どうすれば予防・治療できるのか?救急医の志賀隆氏と、産業医の大室正志氏に聞いた。 <ゲスト> 志賀 隆|救急医・杏林大学救急医学特任教授 2001年千葉大学医学部を卒業。米国メイヨー・クリニックで研鑽を積む。マ...
知られざる腰痛の真実と、放置すると危険な兆候とは
長引くデスクワーク、身体を動かさない現代生活。今や国民病とも言われる腰痛は、多くのビジネスパーソンの悩みの種であろう。しかし、その「常識」が実は最新医学では通用しない場合も多い。安易な情報に流されず、自身の身体を守るために、救急医と産業医が語る腰痛の真実に迫る。


Q. 腰痛に特効薬や即効性のある治療法はないのだろうか?
最先端の現代医学をもってしても、腰痛を一発で完治させる特効薬や魔法のような治療法は存在しない。テレビやインターネットで「これだけで劇的に改善する」といった過大な広告は、科学的根拠が乏しいものが多く、過度に信用するとかえって健康を害する恐れすらある。腰痛治療の真実とは、日常的な地道なリハビリテーションと予防策を積み重ねることでしか効果を発揮しない。
巷に溢れるウェブ情報も、信頼に足るものはわずか数%に過ぎない現実がある。このような状況において、個々人が医学的に正しい知識を身につけ、不確かな情報に惑わされない防衛策を持つことが極めて重要である。怪しげな民間療法や器具に依存せず、根気強く身体と向き合う姿勢こそが、腰痛克服への唯一かつ確実な道であると専門家は強調する。
Q. 腰痛が現代社会に及ぼす経済的影響はどのくらいか?
腰痛は個人の苦痛にとどまらず、社会全体に甚大な経済的損失をもたらしている。厚生労働省の科学研究費による分析では、腰痛による社会的な生産性低下は年間約3兆円にも上ることが明らかになっている。この損失の大部分は、「プレゼンティズム」と呼ばれる状態、つまり痛みを感じながらも無理をして出勤し、作業の質や生産性が著しく低下している従業員によるものだと指摘される。さらには、痛みに耐えかねて欠勤せざるを得ない「アブセンティズム」も損失に拍車をかける。

慢性的な腰痛は、実は労災認定されることが非常に稀なケースが多い。トラックドライバーのように明らかに腰に負担のかかる職業であっても、私傷病との境界が曖昧なため、認定基準は極めて厳しく設定されているのが現状だ。つまり、企業が社員の腰痛対策を健康経営の重要なテーマと捉え、個人も自己防衛の意識を持って予防や早期対処に取り組まなければ、組織全体の生産性低下と医療費負担増大を招く。
Q. 長時間同じ姿勢でいることが腰痛に悪いのはなぜか?
「座ることは新しい喫煙習慣である(Sitting is the new smoking)」という言葉に象徴されるように、デスクワークで毎日9時間以上座り続ける現代人の生活習慣は、腰痛の主要な原因である。私たちの背骨の椎骨の間にあるクッションの役割を果たす椎間板は、体勢によって受ける負荷が大きく変化する。
実験では、真っ直ぐ立っている状態での椎間板への負荷を100%とした場合、横になる姿勢が最も低いが、少し前かがみの姿勢で座るとその負荷は驚くことに185%に跳ね上がる。これは、上半身の体重が腰の一点に集中してかかるためだ。特に、PC作業時の前傾姿勢や、スマートフォンを操作するためにうつむく姿勢は、椎間板にとって非常に大きな負担となり、腰痛のリスクを著しく高める。快適に感じる柔らかいソファに深く沈み込む座り方も、骨盤が後傾し、腰椎の自然なS字カーブを失わせるため、筋肉が緩んで将来的な腰痛リスクを日常的に積み上げてしまう。現代医学では、単に「悪い姿勢」自体よりも、「同じ姿勢で体を固定したまま全く動かさないこと」の方が、椎間板や血流に致命的なダメージを及ぼすことが判明している。
Q. アジア人に特有の腰痛リスクや体の特徴はあるのか?
同じ体重や生活環境で比較した場合、日本人を含むアジア人は骨格上の特徴から、欧米人に比べて腰痛を発症しやすい傾向がある。具体的には、アジア人は骨盤が後傾しやすく、腰椎の自然なS字カーブが平坦化しがちであるため、構造的に腰に負担がかかりやすいとされている。さらに、加齢とともに「靭帯骨化症」という症状がアジア人に多く見られる。

これは脊椎骨をつなぐ靭帯にカルシウムが沈着し、骨のように固まる現象で、脊髄が通る脊柱管を狭くすることで神経を圧迫し、将来的な腰痛の原因となり得る。このため、アジア人、特に中年以降の世代は、生活習慣に加えて遺伝的・骨格的な要因からも腰痛のリスクを抱えていることを認識し、日頃から小まめな水分補給やスタンディングデスクの活用、短時間ごとの体位変換などを意識的に取り入れることで、自己防衛に努める必要がある。
Q. ただの腰痛と侮ってはいけない「危険な腰痛」の見分け方は?
ほとんどの腰痛は、命に関わる病気ではない。しかし、中には重篤な疾患のサインとして現れる「危険な腰痛」も存在する。以下のような症状が見られる場合、速やかに医療機関を受診するべきだ。
第一に、安静にしていても、あるいは夜間睡眠中に痛みで目覚めるほどの強い痛みが持続する場合だ。特に、「強い痛み」を訴える救急搬送の患者は多い。この種の痛みは、筋肉や骨格の問題ではない可能性がある。
第二に、椎間板ヘルニアが進行している兆候だ。腰の痛みに加えて両側の足にしびれや痛みが出たり、さらには尿や便が自力で出せない、あるいは漏れてしまうなどの「排尿・排便障害」が発生した場合は、神経の深刻な圧迫を示す緊急性の高い赤信号だ。すぐに医療機関を受診し、MRI検査で状態を確認する必要がある。この場合、放置すると神経麻痺が残るリスクもあるため、迅速な対応が求められる。
第三に、内臓に起因する腰痛だ。中高年の喫煙者や高血圧患者で、突如背中や胸に激しく裂けるような痛みを感じる場合、大動脈解離や大動脈瘤破裂といった死に至る可能性のある血管の病気が考えられる。また、腎臓が背中側に位置することを知らずに筋肉の腰痛と誤解しがちだが、脱水をきっかけに深夜や明け方に背中や腰に「出産の苦痛に匹敵する」と形容される激痛を走らせる尿管結石もある。これらの内臓痛は、「姿勢を変えても一切痛みが変動せず、安静にしていても痛みが持続する」のが特徴だ。その他、厳しいダイエットをしていないのに体重が減少したり、腰痛に加えて食欲不振や倦怠感がある場合は、癌が脊椎や骨盤に転移している生命の危機的シグナルである可能性もある。
Q. 腰痛の「痛みの回路」とは何か?正しい知識が痛みを軽減する理由は?
画像診断で骨の変形やヘルニアが見つかると、私たちはそこに「痛みがあるはずだ」という強い意識を持ってしまう。しかし、レントゲンやMRIで何らかの所見が見られたとしても、それが直接的な痛みの原因ではないケースが多々ある。このような状態が長く続くと、脳の中に「痛みの回路」が作られ、脳が不要な痛みを感じ取りやすくなってしまう現象が起きる。これはまさに「脳のバグ」とも呼べる状態である。
研究では、正しい医学的知識を持つ人ほど腰痛の痛みが少ない傾向が示されている。重篤な病気の可能性がないという「正しい知識(エビデンス)」を得ることで、痛みを過剰に恐れて痛みを増幅させていた脳の恐怖による神経興奮が鎮まるため、結果として痛みが軽減され、慢性化の悪循環を断ち切れるのだ。むやみに検査を求めるのではなく、専門医から適切な診断と情報を得て、脳が不必要な「痛みの回路」を作らないよう知識で対処することが重要だ。
Q. 腰痛になったときに避けるべきことや、積極的に行うべき対策は?
かつての「腰痛時には絶対安静」という常識は、現代医学においては完全に誤りだとされる。痛むからといって布団に閉じこもり一切動かずにいると、全身の筋力や柔軟性が一気に低下し、脳の痛みを感じ取る過敏性が高まることで、かえって痛みが慢性化しやすいという悪循環に陥ってしまう。現在の治療の主流は、適切な鎮痛剤を服用しながら、可能な範囲で日常活動を続けることだ。
「動いても大丈夫」と脳に認識させることが、慢性痛に移行させないための最大の極意である。具体的な予防策としては、長時間同じ姿勢を取り続けないこと、例えばスタンディングデスクを導入したり、最低でも1時間に1回は立ち上がって簡単なストレッチをするなどが挙げられる。また、肥満は椎間板への負荷を高めるため、適正体重の維持も重要だ。さらに、尿管結石の予防のためには、こまめな水分補給を心がけ、シュウ酸を多く含む食品(チョコレート、紅茶、さつまいもなど)の過剰な摂取を控えることも有効だ。