
"三重苦"のイギリス政権運営
「北の帝王」バーナム新首相の挑戦とイギリスの未来図
7月20日、英国でバーナム新首相が就任した。この10年間で実に7人目となる首相交代劇は、EU離脱がもたらした政治・経済・社会の混乱の深さを物語る。
新政権発足直後、金融市場は具体的な財政規律への懸念から国債利回りが高騰し、その船出は早くも波乱含みだ。長引く低成長と逼迫した財政、そして高まる国民の不満に直面する「北の帝王」バーナム氏が、いかにして英国を再建するのか。彼の政策の核心に迫る。

Q. イギリスの新首相アンディ・バーナムとはどのような人物でしょうか?
バーナム氏は「北の帝王」の異名で知られている。彼は庶民派政治家としての道を歩み、マンチェスター市長時代には自身の給与の15%をホームレス対策に寄付した逸話を持つ。さらに、コロナ禍で財政支援のないロックダウンを一方的に求める中央政府に反対し、地方の声を代弁した経緯がある。

このような活動を通じて、バーナム氏は地方出身者や一般市民に寄り添うリーダーとしての確固たる地位を築き、強い支持基盤を得てきた。地方のインフラ整備や再活性化を重視する彼の政策は、国民の期待を集めている。
Q. 新首相はこれまでの「小さな政府」から政策を転換しようとしているのですか?

その方向へと大きく舵を切ろうとしている。バーナム氏は、かつてのサッチャー政権が推進した「小さな政府」による民営化と金融一極集中が地方経済の疲弊を招いたとの認識を持つ。
彼が掲げるのは、必要な行政サービスにおいて政府の公的な関与を拡大する「大きな政府」への転換である。マンチェスターでのバス事業の再公営化、エネルギー関連税の引き下げ、公共交通機関の料金上限設定といった具体策は、この方針の明確な表れと言える。
これは市民生活に寄り添い、地域全体の活性化を目指す姿勢であり、従来の政策から歴史的な転換を意味するだろう。
Q. 厳しい財政状況のイギリスで、バーナム政権はどのように財源を確保するのでしょうか?
イギリスの財政は深刻な課題に直面している。高齢化に伴う年金や国民保健サービス(NHS)の費用膨張に加え、新型コロナウイルス対策やウクライナ紛争後のエネルギー価格対策費用が重くのしかかる。しかし、第二次世界大戦後で最も高い水準にある国民負担率をさらに引き上げる大規模な増税は、国民の反発と、労働党の「主要増税をしない」という公約から極めて難しい。

また、2008年の金融危機とブレグジットによる経済効率の悪化により、経済成長率が低迷しており、経済成長を通じた自然な税収増も期待薄である。バーナム氏は公営住宅の供給増や地方インフラ整備への投資で経済を浮揚させようと計画するが、それだけで財政の大幅な改善は困難を伴うだろう。財源確保のため、部分的に資産関連税や富裕層を対象とした増税を模索する可能性もある。
Q. バーナム氏が主張する「国営化」は、どのような意味を持つのでしょうか?
バーナム氏が「国営化論者」と評されることはあるが、その実態は単純な国家による統制とは異なる。彼がマンチェスターで行ったバス事業の再公営化は、路線計画、料金体系、乗り継ぎの改善といった全体的な管理を公的機関が担い、実際のバス運行は引き続き民間に委託するモデルだった。
これは市民サービスを効率的かつ消費者に寄り添った形で提供するための方策であり、完全な国有化を意味するものではない。
現在、テムズ川の水処理を手掛ける大手水道会社が巨額の赤字と経営不全に陥っているが、これについても議論される「一時国営化」は、あくまで次の運営主体が決まるまでの暫定的な公的関与であり、インフラ機能の停止を回避するための現実主義的な措置である。
Q. サプライズ起用のヒーリー新財務大臣は、政権にとってどのような存在になるでしょうか?
スターマー政権下で国防大臣を務めたヒーリー氏は、国防費不足への強い信念から辞任した経緯を持つ。その彼が新財務大臣に起用されたことは、政界や金融市場に大きなサプライズを与えた。
財務大臣として彼は国防費の増額を追求する可能性が高いが、バーナム首相の地方活性化や公営住宅政策といった社会投資も莫大な予算を必要とする。同時に、金融市場からの厳しい監視下で財政規律を守らねばならないという、矛盾した役割を担うことになるだろう。
しかし、彼は労働党の中道寄りで現実主義的な財政運営を行うと評価されており、これまでの住宅関連や地方分権に関する豊富な経験は、バーナム首相のビジョンを実現する上で重要な要素となるだろう。
Q. バーナム政権は今後のイギリスに何をもたらし、日本への影響はどうでしょうか?
バーナム氏は米国トランプ前大統領からは「極めてリベラル」と警戒されているものの、北海油田開発の再開に前向きな姿勢や、高いコミュニケーション能力による現実的な外交交渉を通じて、関係性が改善する可能性もある。
日本と英国は準同盟国とも称される強固な関係を築いており、次世代戦闘機の共同開発や環太平洋経済連携協定(TPP)などの経済協力は、政権交代後も一層強化されると見込まれる。イギリスの財政再建と経済浮揚への挑戦は、高齢化、低成長、市場との対話の難しさなど、日本が抱える課題と多くの共通点があるため、その動向は日本にとって重要な教訓となりうる。
今後、秋に発表される詳細な予算案、そして好意的な国民感情が続く中での解散総選挙の可能性など、政局の展開から目が離せない。