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米イラン停戦崩壊:原油市場の楽観論は逆効果
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2026年7月13日

6月に合意された米国とイランの暫定停戦が実態として崩壊している。米国の報復攻撃、イランによるホルムズ海峡封鎖発表で、停戦浮上前の4月頃の状況に逆戻りしていると田中浩一郎氏は指摘。トランプ大統領の外交的失態や、原油市場の楽観論が逆にエスカレーションを誘発する構造など、泥沼化する危機の真相に迫る。 <...
米イラン停戦合意は完全に崩壊か?ホルムズ海峡を巡る真の争点と悪循環
中東地域の安定に深く関わるアメリカとイランの関係は、予断を許さない状況にある。6月に締結されたばかりの停戦合意は、表面上は維持されているかに見えるものの、その実態は完全に崩壊していると言わざるを得ない。ホルムズ海峡を巡る民間船攻撃とその後の激しい報復は、かつてないほどの緊迫感をもたらし、両国間の深い溝を改めて浮き彫りにした。
なぜ対話が失われ、武力による応酬が繰り返されるのか。この一連の危機は、何が原因でどのようにエスカレートしているのだろうか。そして、そこには停戦合意の解釈を巡る重大な齟齬や、国際社会、特に原油市場の楽観論が皮肉にも関係を悪化させているという、複雑な背景がある。現在の危機的状況と、その背後に潜む多層的な問題を深く掘り下げる。

Q. 6月の米イラン停戦合意は現状どうなっているか?
6月に結ばれた米イラン間の停戦合意は、公式には破棄されたとは言えない。しかし、その中身、特に原油輸出制裁解除の撤回、レバノンでの停戦未実現、そしてホルムズ海峡を巡る激しい対立を見ると、実態としては完全に崩壊している。覚書は双方にとっての現状打開のきっかけになるはずであったが、現状は対立が再び深まっている。合意は骨抜きとなり、文書の形骸化が進んでいるのが現状だ。
現在の両国の緊張状態は、トランプ大統領が停戦という言葉を口にする前の、今年の4月上旬に起きた最も激しい衝突レベルにまで一気に逆戻りしている。一週間で3回目のアメリカによるイラン攻撃、そしてイランによるホルムズ海峡封鎖の示唆と湾岸諸国の米軍基地への攻撃は、事態がもはや交渉による解決の段階を超え、武力衝突が常態化しつつあることを示唆している。

Q. イランはなぜホルムズ海峡で民間船を攻撃したのか?
ホルムズ海峡における民間船攻撃の背景には、6月の停戦合意に含まれる「覚書」第5条に関する、米国とイランとの根本的な解釈の相違が存在する。イラン側は、この第5条がホルムズ海峡の通行に関する差配を事実上イランに委ねるものだと認識していた。覚書の内容に、アメリカやオマーン、IMOなどの外部アクターの関与について一切触れられていないため、イランは自国の支配権が確立されたと解釈したのだ。
一方、アメリカ側はこのイランの解釈に対し、支配を既成事実化させないための「挑戦」と捉えた。オマーン側の領海を使った航行をIMOと共に奨励し、護衛をつけ、イラン側の支配に抗議の姿勢を示した。しかし、これに対し、一部の民間タンカー(カタールやサウジアラビア籍)が船舶識別信号(AIS)を切った状態で海峡を通行した。
イラン側は、識別信号を切ったこれら民間船を「不審船」と見なし、無線による警告を無視したため、「不審船に対する対応」として行動に移した、と説明している。覚書に沿った行動だとイランは主張するが、これは国際法から見れば明確な違反である。事件が発生した場所はオマーンの領海内であり、そこで他国の商船を攻撃することはオマーンの主権侵害であり、国際法違反行為に他ならない。
Q. 双方とも長期化を望まないはずなのに、なぜ状況はエスカレートしているのか?
両国とも、この紛争の長期化は望んでいないという点は一致している。イランにはまだある程度の余裕があるにせよ、長期的な戦闘にメリットを見出しているわけではない。アメリカも大統領選挙などを控え、時間的猶予は限られているはずだ。しかし、依然として状況はエスカレートし続けている。

その主たる原因は、アメリカの行動原理にある。アメリカはイランが国際法に違反していると判断すれば、それを是正させるために躊躇なく武力を行使する。交渉が膠着すると、すぐに力ずくで相手を納得させようとする常套手段をこれまでも繰り返してきた。2020年2月28日のイランに対する攻撃や、過去のフォールト攻撃もその例である。つまり、意見が通じない時、対話ではなく武力行使に訴えるというアメリカの性質が、終わりのないエスカレーションのサイクルを生み出している。
この状況には、トランプ大統領の失態も深く関与していると見られている。彼が署名した覚書の内容は、本来アメリカ大統領が署名すべきではない、非常に不利益なものであったという指摘がある。その失態を隠蔽するため、トランプ大統領は、覚書がそもそも存在しなかったことにしたいという思惑を抱いている可能性も指摘されている。
このような状況では、両国間で責任転嫁の情報戦が激化している。アメリカ側はイラン国内の統制不全や、合意内容の言を翻すなどの言動を理由に批判する。しかし、アメリカ側にも言動を翻したケースは少なくなく、まさにプロパガンダの応酬となっている。協議自体も最早不可能に近い状況であり、双方の認識の齟齬と責任の押し付け合いが、エスカレーションに拍車をかけている。
Q. 原油市場の動向が米イラン関係にどのような影響を与えているか?
通常、中東情勢の緊迫化は原油価格の高騰を招くが、今回のケースでは原油価格の上昇は限定的である。これは、原油市場に強い「楽観論」が存在するためである。市場参加者は、短期的な紛争であっても事態は早期に収束し、ホルムズ海峡の通航も速やかに正常化する、と見込んでいるのだ。加えて、世界的な原油の需給バランスも大きく崩れないとの観測があり、市場に与える影響が限定的だと判断されている。

しかし、この市場の楽観論が、皮肉にも米・イラン間の対立をエスカレートさせる要因となっている。アメリカのトランプ大統領は、原油価格が高騰しない状況を背景に、イランに対し「もっと強く出られる」と大胆な軍事行動に踏み切る傾向がある。選挙を控える大統領にとって、経済への悪影響が少ないことは強気な行動を正当化する口実となるのだ。
一方のイランもまた、原油価格の限定的な反応に動揺している。イラン側から見れば、現在の緊張レベルではアメリカに「打撃を与える」ことができないと映っている可能性がある。そのため、さらに強い緊張状態を創出しなければ、アメリカの姿勢を変えられないという思惑が働く。つまり、「もっとやらなければ」という動機が、さらなるエスカレーションを促しているのだ。
このように、片側は「まだやれる」、もう片側は「もっとやらないとだめだ」という思考が連鎖し、相互にエスカレーションを促す悪循環に陥っている。本来ならば因果関係として「情勢緊迫化→原油高」となるべきものが、「原油高限定→情勢緊迫化」という逆転した基準となっている。市場の楽観論が、不安定な中東情勢に拍車をかけていると言えよう。