PIVOT NEWS
イギリス政治 次期首相は“北の王”?
(407)
5,631回視聴
2026年6月24日

労働党スターマー首相が任期2年で電撃辞任に追い込まれた。ブレグジット、コロナ、エネルギー危機の三重苦により、長期金利が5%を超えるなど英国経済は先進国最悪レベルの財政難に喘ぐ。なぜ緊縮財政は失敗したのか、次期候補バーナム氏の「大きな政府」は市場を救うのか。欧州情勢の専門家に徹底解説してもらった。 ...
「スターマー首相辞任」で読み解く英国政治と経済の行方
英国政界に激震が走った。労働党のキーア・スターマー首相が突如辞任を発表したのである。

2024年の総選挙で労働党を14年ぶりの政権奪還に導いた立役者が、なぜわずか2年でその座を退くことになったのだろうか。その背景には、一見するよりも遥かに複雑な経済状況、激しい党内力学の変化、そして次なるリーダーシップへの切実な期待が横たわっていた。この激動の出来事を通じて、現在の英国が直面する課題と今後の政治経済のシナリオとは?第一ライフ資産運用経済研究所・首席エコノミストの田中理氏に聞いた。
Q. なぜスターマー首相は辞任したのか?
スターマー首相の辞任は、必然的な時間の問題であったと言われる。彼は6年前に瀕死の状態にあった労働党の党首に就任し、2年前の総選挙では党を歴史的勝利に導いた立役者であった。

しかし、政権発足後、前保守党政権から引き継いだ最悪の財政状況により、労働党が望む政策運営がほとんど不可能となった。財政規律を重視せざるを得ず、支持母体である労働組合や党内から強い反発を受け、首相の求心力は次第に低下した。
決定打となったのは、5月の統一地方選挙における労働党の大敗であった。2500議席のうち1500議席を失うという壊滅的な結果となり、求心力は地に落ちる。同時期にマンチェスター市長アンディ・バーナム氏が国政復帰をかけた補欠選挙で右派ポピュリスト政党リフォームUKの候補に圧勝した。バーナム氏が「リフォームUKに勝てる候補」であることを証明したことで、党内の「スターマー降ろし」の動きは一気に加速。閣内からも辞任を求める声が高まり、最終的にスターマー氏は辞任を決断した。
Q. スターマー政権の2年間はどのような評価を受けるべきか?
スターマー政権の勝利は、実のところ国民の積極的な支持によるものではなかった。2024年総選挙で労働党は歴史的勝利を収め、下院の過半数を占めたが、得票率は歴代政権で最も低い33.7%に留まった。これは国民が保守党を拒否し、リフォームUKの台頭により右派票が分裂した結果の「漁夫の利」であったと言えるだろう。
スターマー氏は検察トップ出身で堅実な実務家と評されたが、一方で「派手さに欠けカリスマ性がない」という印象を与えた。ブレグジット後の混乱を収拾し経済を立て直すことが期待されたが、深刻な財政赤字が手足を縛った。
財源確保のため、国民保険料の引き上げや福祉給付の削減といった、伝統的な労働党の支持者には受け入れがたい政策を進めざるを得なかった。結果として、経済回復の兆しは見えず、移民対策も不発に終わったため、国民からは「結局何も変わらない」「生活が良くならない」という失望が蔓延した。リーダーシップを発揮し、政権の方向性を示すこともできず、内外からの評価は失われていったと言える。
Q. イギリス経済の現状はどのような課題を抱えているか?
現在のイギリス経済は、ブレグジット、コロナ禍、そしてウクライナ戦争に伴うエネルギー危機という「三重苦」に喘ぐ。経済成長率は当初のブレグジットの影響からようやく回復基調にあるが、1%台半ばで停滞。これは潜在成長率とされる2%を下回っており、経済に力強さがない現状を示している。

物価上昇は深刻だ。イギリスは元来「高インフレ体質」の国であり、エネルギー危機がそれに拍車をかけた。上昇率はようやく3%を切り始めたものの、目標である2%には依然として遠い。この高インフレの背景には構造的な問題が潜む。
ブレグジットによりEUからの移民労働力が減少。これにより特定の業種で労働力需給が逼迫し、賃金が上昇。これが物価高騰の一因となっている。さらにEUとの貿易においても、関税はかからなくとも、通関手続きや認証にかかる非関税障壁のコストが増大し、輸入品の価格に転嫁されていることも無視できない。
財政状況は主要先進国の中でも極めて悪い。度重なる危機対応のための大規模な財政出動が祟り、財政赤字は膨張した。市場の不信感は高く、長期金利である10年物国債利回りは一時5%を突破した。これはフランスやかつての債務危機の震源地ギリシャさえも上回る水準であり、財政運営への市場の疑念の強さを示唆する。
Q. 次期首相候補とされるアンディ・バーナム氏はどのような政策思想を持つのか?
スターマー氏が労働党内でも中道寄りの政治家であったのに対し、次期首相候補の最有力であるアンディ・バーナム氏は、労働組合寄りの「ソフト・レフト(穏健左派)」に位置付けられる。

彼は「北部の王」とも称されるが、それはマンチェスター市長時代、地方への財政支援に消極的だった中央政府(ジョンソン保守党政権)に対し「北部はロンドンの二級市民ではない」と真っ向から対立し、地方の代弁者として評価を固めた経験があるためだ。
彼の政治信条の核心は「地方経済の再生」である。規律一辺倒の財政運営ではなく、必要な分野への積極的な投資は惜しまないというスタンスを取る。特に、マンチェスターで民営化されたバスや鉄道といった公共交通機関の「再公営化」を主導した実績は彼の思想を象徴する。この実績から、首相になれば他の公益セクター(水道など)についても同様の再国有化・再公営化を進め、より「大きな政府」を目指す可能性がある。
市場はこうしたバーナム氏の財政拡張路線に対し警戒感を抱いている。すでに英国債安やポンド安は、財政規律重視のスターマー政権からの転換を織り込みつつあるのだ。バーナム氏自身も市場の反応を意識し、財政に関する発言のトーンを下げ、軌道修正を図っているが、党内の批判に応えるため何らかの変化は不可避だろう。新政権における財務大臣の人選も、市場がその政策の「本気度」を見極める重要な要素となると予測される。
Q. イギリスのEU再加盟は実現可能なのか?
ブレグジット後の経済的な苦境を目の当たりにし、イギリス国民の間には「離脱は間違いだった」という後悔が広がっている。世論調査ではこの意見が50%を超え、EUへの再加盟を支持する声も過半数に達している。しかし、その実現にはいくつもの高いハードルが存在する。

最大の障壁は、国民が求める「都合の良い復帰」とEU側の姿勢との間に横たわるギャップである。イギリスは離脱前、独自通貨ポンドの維持やEU予算への拠出金減額など、数々の「特権」を認められた特別な地位にあった。国民の多くは、こうした特権を維持したままの再加盟を望む傾向にあるのだ。
しかし、EU側は「再加盟は歓迎するが、二度と特別扱いはしない」と明確な方針を示している。この特権を失った形での再加盟となると、国民の支持は30%台に激減する。そのため、再加盟を支持するバーナム氏であっても、具体的な動きには極めて慎重にならざるを得ないだろう。
また、国内の政治事情も再加盟を難しくしている。反EUを強く掲げるリフォームUKの存在は大きく、もし安易に再加盟に動けば、移民流入を懸念する層が労働党からリフォームUKへ流出する可能性がある。バーナム氏は、EUとの関係を段階的に強化する「再接近」から始めるものと見られている。
Q. 今後の英国政治の行方で注目すべき点はどこにあるか?
今後の政治日程として、まず労働党の党首選が行われる。党内ではバーナム氏への支持が集まりつつあり、無投票で選出される可能性も浮上している。もしそうなら、当初想定されていた9月の首相就任よりも前倒しされ、早ければ7月中に新首相が誕生することも考えられる。
金融市場は、新政権の具体的な経済政策を注視する。バーナム氏が地方再生のための大規模な投資にどこまで踏み込み、その財源をどう確保するのか。また、水道事業の再国有化の動きに見られるように、公共サービスへの介入をどこまで広げるのかが焦点となる。新財務大臣の人選も、市場がその方向性を読み解く重要な手がかりだ。
もう一つの大きな変動要因は「解散総選挙」の行方である。野党からは国民の信任を得るための早期総選挙を求める声が強く、バーナム氏自身も首相就任後の高い支持率を背景に、2029年の任期満了を待たずに前倒しで選挙に打って出る可能性を明確には否定していない。この戦略はリフォームUKの勢いを削ぎ、政権基盤を固める狙いがある一方で、市場にとってはさらなる不確実性をもたらす。バーナム氏の決断が、今後の英国の政治情勢を大きく左右するだろう。