
ホルムズ海峡 再閉鎖をデータで紐解く
データが暴くホルムズ海峡の真実:なぜ封鎖宣言後も船は通るのか?
世界経済に大きな影響を与えるホルムズ海峡は、中東情勢の緊張が高まるたびに「封鎖」の危機が報じられる。米国とイランの外交的な駆け引きの言葉が飛び交う中で、真に海峡がどうなっているのか、客観的な情報は得にくいのが実情である。本稿では、船舶のリアルタイム航行データ「MarineTraffic」と高精度な分析ツール「VesselFinder」を駆使し、東京大学大学院情報学館教授の渡邉英徳氏の解説に基づき、ニュース報道だけでは見えてこないホルムズ海峡の「本当の姿」をQ&A形式で深掘りする。 「封鎖」という言葉の裏で進行する船乗りたちの決死の航海、機雷が阻む主要航路の実態、そしてデータに紛れ込む偽情報の見破り方まで、多角的に分析し、混迷を極める現状を冷静に読み解く手助けをする。政治的な思惑が絡む情報戦の時代において、データリテラシーの重要性を再認識させる内容となる。

Q. 現在のホルムズ海峡の通航状況はどうなっているのか?
航行データを見ると、ホルムズ海峡は「完全封鎖」されているわけではない。米国とイランの間で合意が形成されて以来、「ごくわずかの船が通れる状態」が続いているのが現状である。メディア報道では封鎖が強調されるが、リアルタイムの航行データを見ると、特定の船が海峡を通過しているのが確認できる。 船の種類によって色分けされたデータからは、貨物船やタンカーなどが航行していることが把握可能である。たとえば、個別の船のデータを掘り下げると、その出港地や目的地も明確になり、「CHANG AN 258」という貨物船が海峡を通過しようとしている様子や、「ALORIA」というタンカーがイラクに向かっている様子など、具体的な動きがデータから読み取れる。このように、政治的な宣言とは裏腹に、限定的ではあるものの海峡の物流は途絶えていないことをデータは示唆する。しかし、この通航量は平時の状況に比べると大幅に少ない。後述するように、物理的な制約や安全確保のための行動が、その背景には存在する。

Q. 航行データ上で船が突然消えるのは何を意味するのか?
航行データサービスで船が突如消える現象は、多くの人が撃沈や拿捕と誤解しがちだが、その多くは船員がAIS(船舶自動識別装置)の信号を意図的に切断した結果である。日本のタンカー「天山」も同様に、海峡通過中にAIS信号をオフにし、地図上から姿を消した。 AISは船自体が発する電波を拾い上げて地図に表示する仕組みのため、スイッチをオフにすると、データ上ではその船の航跡が途切れて見える。これは海峡通過後に、イラン側からの干渉を受けやすい危険な海域で、位置を特定されるのを避けるための安全対策と考えられている。「天山」は危険海域を抜けた後、オマーン沖の比較的安全な場所で再度AIS信号をオンにし、再び航行データ上に姿を現した。この事例は、現場の船長が、イラン革命防衛隊などからの攻撃や拿捕といったリスクを回避するために、自らの判断でAISの運用を制御している実態を明確に物語っている。行き先が「For Orders(指示待ち)」となっている場合も多く、原油の売買交渉が航海中にも行われる複雑な市場の動きを反映している。

Q. イランの「再封鎖」宣言後、海峡の通航状況はどう変化したのか?
イランがレバノン攻撃を理由に「再封鎖」を宣言した際、航行データ上では劇的な変化が観察された。多くの船が海峡への進入を躊躇し、中には航路を大きく逸れてUターンする船も現れた。 このUターンの背景には、イラン革命防衛隊が無線で「ホルムズ海峡は通過できない、引き返せ」という警告を出したことが影響していると見られる。過去に銃撃や拿捕が実際に発生していることから、船員たちは警告を深刻に受け止め、危険を冒さずに引き返す判断を下したと考えられる。しかし、興味深いのは、同じタイミングで他の多くの船が、イランの警告を無視して航行を続けたことである。実際、イラン側は今回は銃撃や拿捕といった実力行使には出ておらず、「警告は口先だけ」と判断した船長も少なくなかったと考えられる。日本のタンカー「ガルフサンライズ」も一度は引き返しかけたものの、最終的にはAIS信号をオフにして海峡を突破した。この状況は、イランの「封鎖」宣言が交渉を有利に進めるための政治的な駆け引き(揺さぶり)の側面が強く、必ずしも軍事的な強制力を伴うものではないことを示唆している。現場の船員たちは、それぞれの状況とリスクを評価しながら、綱渡りのような判断を強いられていたのだ。
Q. ホルムズ海峡の通航量が激減し、速度が低下しているのはなぜか?
合意後もホルムズ海峡の通航量が平時と比較して1/10程度に激減し、航行速度も大幅に低下しているのは、物理的な制約が大きな要因である。最も重要な原因は、本来多くの船が利用する主要航路に機雷が敷設されているという情報があり、その使用が危険視されている点にある。 ホルムズ海峡は全体的に水深が浅い特徴を持つ。大型タンカーが安全に航行できるのは、水深が100mを超えるごく一部の深いメイン航路に限られる。この主要航路を「高速道路」に例えるなら、現状ではその高速道路が機雷によって通行止めになっている状態だと言える。そのため、船は水深が浅く、海底地形が複雑な「一般道」のような迂回ルートを通らざるを得ない。水深マップを見ても、メイン航路は-105mの深さがあるのに対し、現在使用されているイラン側が指定するルートは-80mや-50m程度で、場所によってはさらに浅い箇所も存在する。超大型タンカーは原油を満載すると喫水が深くなるため、水深が浅い場所では海底に接触する危険性が高まる。結果として、船は低速での慎重な航行を余儀なくされ、一度に通航できる船の数も著しく減少してしまう。海峡の完全な機能回復には、政治的合意だけでは不十分であり、機雷の除去という物理的な安全対策が不可欠であるのが実情である。
Q. 航行データから見えてくる、より詳細な情報や政治的駆け引きの側面は何か?
オープンソースの航行データサービス「MarineTraffic」は多くの情報を提供するが、その情報には偽の情報(ゴーストシップ)が混入することがある。たとえば、「JERSEY DEVIL 404」といった不自然な船名や、紛争海域にヨットが現れるといった不適切なデータは、注目度の高さを利用した愉快犯的な行為である。これらの偽情報に惑わされず、客観的な事実を見極めるためには、データの多角的な検証が重要である。 そこで有用となるのが、有料の高精度分析ツール「VesselFinder」である。VesselFinderは偽情報を排除するだけでなく、各船舶が米国の制裁対象であるか否かを示すタグなど、より詳細な情報を取得できる。このツールを用いて分析すると、驚くべき実態が明らかになる。これまでAIS信号を切断し、追跡を逃れて「ダークフリート」と呼ばれてきたイランの制裁対象タンカー群が、米イラン合意後は堂々と信号をオンにして航行しているのが確認された。イランの主要輸出港であるチャーバハール港やカーグ島からは、制裁対象タンカーが次々と出港し、AISでその航跡を公開している。これは、イランが制裁解除を既成事実化し、正々堂々と貿易を再開していることを示唆している。米国がこうした制裁対象船に対し、これまでのような実力行使に出られない現状は、米国の交渉がかなり不利な状況に追い込まれていることを如実に物語っているだろう。

Q. 客観的なデータが示すホルムズ海峡の「本当の姿」とは何か?
航行データが明らかにするホルムズ海峡の現実は、政治的な声明や表面的な報道からは読み取れない複雑なものである。イランによる「封鎖」宣言も、実力行使を伴わない限りは政治的駆け引きとしての「揺さぶり」の要素が強く、結果的に有名無実化している部分が多い。制裁対象外の船や中国籍の船などは、警告がありながらも比較的自由に海峡を通過している様子が見受けられる。また、米国の制裁対象であるイランの「ダークフリート」が堂々と航行を再開し、米国が手出しできない状況は、外交交渉における力関係の微妙な変化を示している。 これらの客観的なデータは、情報に踊らされることなく、地政学リスクを冷静に分析する上で極めて重要である。個々の船が抱える状況や船籍、そして航行するタイミングによって、行動判断は多岐にわたる。最も影響を受けるのは、このような政治的な思惑や情報戦の渦中で、危険と隣り合わせの航海を続ける現場の船乗りたちである。彼らの決死の航行や、安全確保のための判断は、リアルなデータを通じてのみ、その複雑さと緊迫感を我々に伝えるのだ。言葉ではなく、数字と軌跡が語る真実に耳を傾けることが、混迷する国際情勢を理解する第一歩となるだろう。
