
デンソー撤回でパワー半導体再編はどうなるのか/大山聡氏
ローム・東芝・三菱電機「3社連合」でパワー半導体の世界と戦う戦略
デンソーによるロームへの買収提案が撤回される方向だと報じられ、半導体業界に動揺と安堵が広がった。このニュースの背景には、EV化の進展に伴い重要性を増すパワー半導体の覇権争いがある。
特定の自動車メーカーに取り込まれるリスクを避けたい半導体メーカーと、将来の競争力を確保したい自動車業界。両者の思惑が交錯する中で、日本勢が世界で戦うためには何が必要か。半導体業界を40年近く見てきたアナリスト、グロスバーグ代表の大山聡氏の洞察から、日本半導体の未来を紐解く。

Q. デンソーのローム買収提案はなぜ撤回されたのか?
デンソーの買収提案撤回は、当初から予想されていた結末だ。アナリストは「敵対買収をしてまで無理やり進める方針ではない」と見ていた。
直接的な要因はローム側の賛同が得られなかったこと、そして難色を示したローム側の意向がデンソーに伝わったことである。ロームは自動車産業の主要顧客ではあるが、デンソーという特定顧客の傘下に入ることは、他社とのビジネスに制約を生むリスクがあった。
実際、半導体業界からは「特定の顧客に取り込まれるマイナス要因が非常に大きい」として、買収撤回に安堵の声が上がっていたのだ。
Q. デンソーはロームの買収を断念したのですか?
デンソーおよびトヨタグループが半導体事業・技術力の強化を諦めたわけではない。自動車のEV化が進む中で、半導体はますます重要な位置を占め、グループ内にその技術を取り込みたいという強い気持ちは依然として存在する。
今回、ローム側からの賛同が得られず買収には至らなかったものの、トヨタ・デンソーグループは今後も「ロームに限らず第三者との連携の可能性」を検討し続けるだろう。
三菱電機や東芝といった他の有力な半導体メーカーに、ダメ元も含めて声をかける可能性は十分にあると考えられる。
Q. デンソーからの提案を断ったロームは、今後どのような経営戦略を示すのでしょうか?
デンソーからの高額な買収提案を拒否した以上、ロームの経営陣は株主に対して明確な価値向上策を示す必要がある。
その主軸となるのが、以前から話が出ていた東芝との事業統合だ。この話は2024年3月の発表以降、具体化が進んでいなかったため、株主や投資家からは説明責任が果たされていないという批判の声も上がっていた。

しかし、デンソーからの提案は、むしろ東芝との統合話を具体化し、積極的に推進するための格好の「きっかけ」となったのだ。6月の株主総会では、この東芝との事業統合を強調し、株主の理解を得ることがロームの最優先課題となるだろう。
たとえ東芝社内に統合への抵抗感が残っていたとしても、ロームは強くこの統合を進める姿勢を見せるはずである。
Q. 「3社連合」構想は、日本のパワー半導体業界にとってどのような意義がありますか?
ロームのSiC、東芝のMOSFET、三菱電機のIGBT。この3つの異なる強みを持つパワー半導体が結集する「3社連合」構想は、日本勢が世界市場で存在感を示すための極めて重要な戦略だ。世界最大のパワー半導体メーカーであるドイツのインフィニオンに対抗しうる強力な布陣が完成する可能性を秘めている。
製造面では、東芝のMOSFETと三菱電機のIGBTは異なる製品だが、前工程においてはプロセスの約7割が共通している。この共通化により、たとえ工場が別々でも技術共有や効率化、規模のメリットを追求できる。
また、事業面では、ロームのSiCと三菱電機のIGBTは事業領域が非常に似ており、両方を製品ラインナップに持つことで、顧客に対してより幅広い選択肢を提供可能だ。これは、インフィニオンが顧客に対し、製品ごとに異なる強みを提示している戦略と同様であり、統合によって「どちらでも使えますよ」という提案の幅が広がり、日本連合全体の競争力を高めることになる。
Q. その「3社連合」構想の実現にはどのような課題がありますか?
理想的な「3社連合」構想ではあるが、実現への道のりは決して平坦ではない。まず、東芝は表向き統合に賛成しているものの、社内では依然として「ロームとは組みたくない」という本音の抵抗感が根強いと見られる。
一方、三菱電機がこの連合に加わる強い動機は今のところ見当たらない。三菱電機にとって半導体事業はメインではなく、過去に事業再編の機会があったにもかかわらず、積極的な動きはなかったためだ。今回も自社の半導体事業を切り離してまで、この連合に参加するインセンティブに欠ける可能性が高い。
日本企業がこれまで合併・再編を進める際に繰り返してきた、「どちらが主導権を握るか」という内向きの「組み手争い」が今回も足枷になるのではないかという懸念がある。この構図が日本の半導体業界がグローバル競争で劣後してきた主要な原因の一つと言えよう。
Q. EV市場の鈍化がロームのSiC事業にどのような影響を与えていますか?
EV市場はまだ発展途上であり、各国の補助金政策に大きく左右される不安定な状況にある。補助金の打ち切りなどで需要が低迷すると、需要の約8割をEV向けに依存するロームのSiC半導体事業は直接的な打撃を受ける。

足元ではEV市場の鈍化が指摘されているが、長期的に見れば成長は期待できるだろう。しかし、短期的リスクを回避するためには、「脱EV依存」がロームの喫緊の課題となる。
産業機器やエネルギー分野、太陽光発電用のパワーコンディショナーなど、より幅広い用途へSiCの適用を拡大し、ポートフォリオを多角化していくことが求められる。東芝との連携により、SiCとMOSFETを組み合わせた多様なモジュール製品を提供できれば、製品ラインナップが強化され、インフィニオンのように顧客に幅広い選択肢を提案できる戦略が実現可能となるだろう。
Q. 日本勢が真に向き合うべき相手とは誰でしょうか?
日本の半導体業界の長年の課題は、統合や再編の議論の際に「世界で勝つ」という大義よりも、「新会社の主導権を誰が握るか」という内輪揉めに陥りがちな点である。この「組み手争い」が、本来持つ技術力やシナジー効果を削ぎ落としてきたのだ。
パワー半導体は日本勢がまだ世界と戦える分野であるにもかかわらず、この主導権争いが続けば、機会を逸してしまう可能性が高い。日本企業が今目を向けるべき相手は、自社内のライバルや合併先のパートナーではない。
真の競争相手は、ドイツの巨人インフィニオン、そして猛烈な勢いで追い上げてくる中国勢だ。日本勢は国内での主導権争いという小さな戦いをやめ、視線を世界に向け、いかにグローバルな市場で勝ち抜くかという大きな戦略軸を持つべきである。オールジャパンで戦う覚悟こそが、日本半導体業界が再び輝くための鍵となるだろう。