
日本社会はハラスメント時代
現代人が「感情を出さない」理由:「感情ミュート社会」とは何か?3つの背景と新しい常識を徹底解説
最近、怒らない人が増えたと感じるだろうか?喜怒哀楽といった感情を表に出さず、平穏に過ごそうとする現代人が増加している。この傾向は「感情ミュート社会」と呼ばれる新しい現象だ。博報堂生活総合研究所が提唱するこの概念は、感情を抑えることが当たり前となった現代社会の姿を描き出している。
では、なぜ人々は感情をミュートするようになったのか?感情を出さないことは、本当に私たちを息苦しくさせる「課題」なのだろうか?本記事では、その問いに対する考察を深堀りしていく。動画の書き起こしと要約を基に、「感情ミュート社会」の背景にある3つの変化と、それがもたらす意味について解説する。現代を生きる上で必須の、感情との新しい付き合い方を理解するための手引きとしよう。

Q. 現代社会ではなぜ感情を出さない人が増えているのか?
感情を出さない人が増えているのは、現代社会が「感情ミュート社会」と化しているためである。これは、アンガーマネジメントなどの感情コントロールに関する検索数が増加していることからも裏付けられる。多くの人が意識的に感情を抑制しようとしている現状がうかがえるだろう。
博報堂の独自調査によれば、6割以上の人々が「以前よりも感情を出す機会が減った」「感情を出せる相手や場が減った」と回答している。これは単なる個人の感覚にとどまらず、社会全体の確かな変化としてデータが示している事実だ。現代人にとって、感情を出すこと自体が面倒な行為や不都合なことと認識され始めているのが実情といえよう。
Q. 感情を「出さない」という行動は、具体的にどのような場面で見られるのか?
感情を出すことを控える傾向は、ビジネスシーンに限らず、プライベートな人間関係にまで浸透している。職場で感情を抑制するのは常識とされるが、調査では友人、子供、親、配偶者、パートナーといった身近な相手との関係においても感情を抑える人が約半数を占めている。これは感情を巡る意識の変化が広範に及んでいる証拠である。
例えば、「自分が悪くなくても家庭の険悪なムードを避けるため謝る」といったケースや、「イライラしても周りに言わず自分で解決し、人を巻き込むのは違うと思う」という若者の声がある。彼らは人に迷惑をかけないことを強く意識し、時にはAIに感情を相談して整理するという新しい対処法も活用する。感情を「出さない」という選択は、主体的な合理的な判断となっているのだ。

Q. ポジティブな感情まで抑え込む「〇〇ハイ」とは、どのような現象を指すのか?
「感情ミュート社会」では、ネガティブな感情だけでなく、ポジティブな感情も抑制する傾向がある。「合格ハイ」や「昇給ハイ」「ファンサハイ」といった言葉が示すように、喜びの感情が高まった状態を自制する意識が見られる。当初はSNSなどで周囲から批判されないための配慮が背景にあったが、現在では「後で後悔しないために自分を律する」ための自己管理ツールへと変化している。

例えば、「合格ハイですぐ返すと変なことを書きそうだから、下書き保存してクールダウンしてから送る」といった行動は、衝動的な発言による自己への反省を避ける狙いがある。「昇給ハイで予定外の買い物をして後で後悔しないように気を付ける」という意識も同様だ。調査では64%が「良いことがあった時浮かれすぎないよう気持ちを落ち着かせることがある」と回答。ポジティブな感情も冷静にコントロールする姿が浮かび上がるだろう。
Q. 「感情ミュート社会」はどのようにして形成されたのか?その歴史的背景には何があるのか?
「感情ミュート社会」が形成された背景には、主に3つの社会構造の変化がある。
1つ目は社会構造の変化だ。
戦後から雇用者数が増加し続け、現在は自営業者が減少。他人と協調して働くことが主流となった。組織の中で円滑に仕事を進めるためには、感情を抑制する振る舞いが必須となったのである。
産業構造も製造業中心からサービス業中心へと移行。顧客や同僚への細やかな「対人」配慮が求められる場面が増加し、感情を過度に出すことは合理的な選択とはならなくなった。
2つ目は人間関係における意識の変化がある。
2000年代以降、「肌色」の名称変更やハラスメントの法整備が進むなど、多様性への配慮が社会全体に浸透した。不用意な感情表現が他者との摩擦や不必要な問題を招くリスクを避けるため、感情を出すことへの慎重さが増した。
SNSの普及により炎上リスクが高まり、「差別やハラスメントと受け取られかねない発言をしないよう気を使っている」と回答する人が若年層を中心に多い。言葉遣いに気を遣う割合は年々増加しており、当たり障りのないコミュニケーションが現代社会の処世術となっている。
3つ目は生活意識の変化だ。
Q. 感情を表に出さないことは、社会にとって良いことなのか、悪いことなのか?それは「課題」として捉えるべきなのか?
感情ミュート社会は、一概に「悪いこと」や「解決すべき課題」ではない。精神科医の熊代亨氏によると、この変化は社会にポジティブな影響ももたらしている。
まず、人々に「きついことを言われにくくなった」という実感が広がっている。これにより、職場での生産性低下の一因となる対立が減少し、生産性の向上に繋がる可能性がある。また、怒鳴り声に怯える立場の権利が守られやすくなり、社会全体がより穏やかになっている側面がある。
もちろん、感情を抑えることによる息苦しさといった問題も皆無ではない。しかし、社会の変化を否定するのではなく、そこから得られる「果実(メリット)」に着目し、この新しい社会のあり方を「新常識」として受け入れるべきであると提言する。感情ミュート社会は、私たちがより心地よく、スマートに生きるための現代的な選択と言えるだろう。

Q. 感情ミュート社会は今後どのように変化していくと予想されるのか?
感情ミュート社会は、単に感情を抑制するだけでなく、感情との新しい付き合い方を生み出し始めている。今後、人々は感情を「爆発」させるのではなく、感情と「うまく付き合っていく」工夫を重ねる方向に進むだろう。一例として、過度に感情を抑制する反動からか、エンタメの世界では「悪口芸人」や「喧嘩・バトル系コンテンツ」といった、あえて感情をむき出しにするものが人気を集めるなど、新しい表現が台頭している。
企業もこの変化に対応する必要がある。無理に感情を引き出そうとするのではなく、感情をミュートする現代人の価値観に寄り添うマーケティングやコミュニケーションが重要となるだろう。感情ミュート社会は停滞ではなく、感情を巡る社会のあり方を常に進化させる原動力となるのかもしれない。
