PIVOT TALK POLITICS
【徹底議論】裁量労働制の見直しは本当に必要なのか?
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2026年3月26日

高市政権が検討している「裁量労働制の見直し」。この政策は人材不足の切り札となるのか?本当に必要な労働関連の改革とは何か?雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏と、慶應義塾大学の中室牧子教授に分析してもらった。 <ゲスト> 海老原嗣生|雇用ジャーナリスト 大手メーカーからリクルートエイブリックに入社し、新...
高市政権の人手不足対策:労働市場の改革は「ビッグピクチャー」を欠いているか?
現在の日本社会は人手不足という深刻な課題を抱えており、労働市場の抜本的改革が急務となっている。
これに対し、高市総理大臣をはじめとする政権からは裁量労働制の見直しや残業規制緩和などの対策が提唱されてきた。
しかし、ジャーナリストの海老原嗣生氏と慶應義塾大学教授の中室牧子氏は、これらの対策が問題の本質を見誤っていると指摘する。
両氏の議論は、高市政権の労働政策が持つ問題点と、真に必要な改革の全体像に欠けている「ビッグピクチャー」とは何かを明確にするものだ。
本記事では、彼らの対話に基づき、日本の労働市場改革を阻む壁と、求められる包括的な視点について考察する。

Q. 高市総理の発言した「残業規制緩和で副業を減らす」という提案が、なぜ問題視されるのか?
高市総理は、残業代減少により副業をする労働者が増えているため、残業規制緩和が必要だと国会で答弁した。
しかし、これは現実認識に大きな誤りがあると指摘される。

現行の労働法規では、年間720時間もの残業が可能である。
これほど長く残業してなお収入不足で副業をしなければならない労働者は極めて稀であり、規制緩和によって解決できる問題ではないと識者は見ている。
多くの労働者の残業時間が制限されるのは、法規制によるものではなく、企業が独自に設定する上限(例:月20時間まで)や、景気悪化による業務量減少が原因である。
そのため、法的規制を緩和しても労働者の収入増や労働時間延長には直結しないのが実態である。
Q. 日本において「もっと働きたい」と考える労働者層の実態は、どのようなものか?
厚生労働省の調査データによれば、現在より労働時間を増やしたいと望むフルタイム労働者は全体のわずか6%程度にとどまっている。
「もっと働きたい」と回答する多くの層は、家事や育児、学業などの制約を持つパートタイマーであることが明らかだ。
彼女たちが追加で働ける時間も、年間20〜30時間程度とごく限られており、この微々たる労働力増に焦点を当てたところで、日本の全体的な労働力不足を根本的に解決するまでには至らない。
このような状況を労働政策の根拠とするのは、問題を矮小化しているとの批判がある。
さらに、日本の労働時間減少は、女性の社会進出や共働き世帯の増加に伴う「社会全体のホワイト化」が本質的な理由にある。
これは不可逆的な社会の変化であり、労働時間を単純に延ばそうとする政策は時代に逆行する可能性が高いとされている。
Q. 裁量労働制の拡大が問題視される理由と、企業側がその導入を進めたい真意は何か?
裁量労働制自体は、成果主義を導入し、効率的に働いた者が早く帰るインセンティブを持つ優れた制度となりうる。
しかし、現行の運用ルールが曖昧なままだと、定められた「みなし労働時間」を超えても給与が変わらない「定額働かせ放題」、すなわち「ブラック化」を助長する危険性が指摘される。

主な問題点としては、実態と乖離した過少なみなし残業時間の設定、制度導入後の業務量の不当な増加への規制不足が挙げられる。
これらをチェックする仕組みが不十分なため、労働者側が不利益を被る「働き損」のリスクが高い状態にある。
企業が裁量労働制の拡大を望む背景には、年功序列制度によって人件費が高騰することを避け、残業代を固定化することでコストを削減したいという思惑がある。
しかし、企業は自らに都合の良いコスト削減のみを追求し、裁量労働制に伴う「職務を限定すること」や「人事権の一部放棄」といったデメリットには触れないことが多く、議論は公平さを欠く。
Q. 裁量労働制を「ブラック化」させずに健全に運用するための具体的なルール整備とは何か?
裁量労働制下においても健康確保義務は存在し、深夜・休日労働への手当や労働時間の正確な把握は義務付けられている。
しかし、運用の曖昧さから「働かせ放題」が生まれる状況だ。
欧米並みの労働者保護を導入するには、具体的なセーフティネットの強化が不可欠となる。
例えば、勤務間インターバル規制の義務化、年間総労働日数に上限を設定し、企業側からの強制的な休暇取得命令権を導入することなどが挙げられる。
これらの安全策がセットでなければ、裁量労働制の健全な運用は難しく、企業のコスト削減目的で悪用される危険性が高い。
労働者側が「残業代がなくなる」と全面反対するだけでなく、建設的な対案を持って議論に参加しなければ、制度は企業に都合の良い方向へと偏ってしまう懸念がある。
Q. なぜ日本の労働市場改革に関する議論は、20年もの間、本質的な進展を見ないのか?
日本の労働市場改革の議論が膠着状態に陥る主な原因は、企業側が「人事権」を手放さずに人件費抑制だけを求め、労働者側は残業代減少への懸念から変化に頑なに反対するという、20年にもわたる硬直した対立構造に存在する。
また、政権や審議会においては、この複雑な対立構造の根深さを十分に理解しないまま、過去の不毛な議論を繰り返している現状がある。
結果として、本質的な改革には至らず、企業側あるいは労働者側の一方的な要求が部分的に議論されるにとどまり、改革は「良いとこ取り」を試みるだけの袋小路に入り込んでいる。

さらに、厚生労働省が「立法の趣旨」を盾に、社会の変化に対応しきれていない古い規制に固執することも、改革を阻む大きな壁となっている。
雇用契約の電子化といった実務的な改善ですら、非現実的な理由で遅々として進まない官僚主義が、社会の実態と制度の乖離を招き、議論を停滞させていると批判される。
Q. 日本経済の最大の問題である「供給制約」を解消するために必要な「ビッグピクチャー」とは何か?
日本経済が直面する最大のボトルネックは「労働供給制約」にある。
しかし、現在の政府の政策は需要喚起に偏りがちであり、肝心な供給側の問題を解消するための包括的な「ビッグピクチャー」が示されていないと指摘される。
労働供給制約の解決には、労働法、労働経済学、人事管理という三つの異なる分野を統合的に理解し、全体の改革を推進できるリーダーシップが不可欠である。
しかし、現在の政策決定プロセスには、そのような統合的視点を持つ人材が不足している。
高齢者や女性の労働参加が既に限界に近づく中で、日本の労働力不足を補うための鍵は外国人労働者の活用に求められる。
しかし、政府の外国人労働者政策は「高技能者のみ歓迎」という建前と、現実に多くの低技能労働者を受け入れている実態との間に大きな乖離を抱えている。
この問題を是正し、戦略的な外国人材の受け入れを進めるためには、「移民庁」のような専門組織の設立により、全体を俯瞰した一貫性のある政策推進が不可欠だとされている。
これこそが、小手先の改革ではない、日本の労働市場が求める真の「ビッグピクチャー」である。