9 questions
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2026年2月13日

過去5、6年でビジネスモデルを転換させた野村證券。2030年の税前利益5000億円に向けて、どんな成長戦略を描いているのか?カルチャー改革はどこまで進んだのか?野村ホールディングスの奥田健太郎CEOに9つの質問を投げかけた。 <ゲスト> 奥田健太郎|野村ホールディングス グループCEO 1987年...
創業100周年を迎えた野村ホールディングス。ネット証券の台頭やAI技術の進化、金融業界の垣根消失といった激しい変化に直面する中、奥田健太郎CEOは野村の次なる100年をどのように描き、変革を推進しているのだろうか。
独自の差別化戦略、企業文化の変革、そして創業者から受け継がれるDNAについて、そのビジョンを掘り下げる。

ネット証券が持つ価格競争力に対し、野村は彼らが持ちえない「人」の力を最大の差別化要因としている。単なる営業力ではなく、専門知識に基づく高度なコンサルティング力こそが強みだと奥田氏は語る。
特に富裕層ビジネスにおいては、多くの顧客が事業オーナーであるため、法人の本業支援と個人の資産管理を一体でサポートする必要がある。資産形成だけでなく、「いかに次世代へ安全に資産を繋ぐか」という事業承継や資産継承といった複雑なニーズに応える専門的なノウハウを提供しているのだ。
また、独自の「B2B2Cモデル」も強みである。公開企業の従業員持株会との関係を通じて得た顧客接点から、その従業員個人の資産形成へとアプローチする。かつては接点が限定的であったが、デジタルを活用することで、これまでリーチが困難だった忙しい現役世代にもプロアクティブな提案が可能となり、成長市場へのアクセスを実現している。

顧客の多様なニーズに対応するため、若年層にはアプリでアプローチしつつ、複雑な相談には専門知識を持つ「人」が対応するなど、デジタルと対面を融合させた最適なサービスを提供している。土日の店舗営業やウェブ会議の活用も、これまで多忙で来店できなかった顧客との新たな接点創出に寄与している。
信頼の確保には、まず社員一人ひとりの意識向上が不可欠だ。行動規範や倫理研修の徹底に加え、トップマネジメントが常に注意喚起し続けることを奥田氏は経営の最重要責務の一つと認識している。
創業100周年を機に、2年半かけた「パーパスジャーニー」を実施した。これはスローガンの策定そのものよりも、「なぜ野村で働くのか」「自分たちの存在価値は何か」を社員が自問し、議論する機会を創出することに重きを置いた。この対話プロセスを通じて、組織への帰属意識と倫理観の醸成を図っている。
顧客との信頼構築には、地道な基本的な行動の積み重ねが重要である。マーケットの良し悪しに関わらず、悪い時こそ状況を隠さずに丁寧に説明し、次の提案を真摯に行う。こうした誠実なコミュニケーションこそが、長期的な信頼関係を築く上で最も大切だと奥田氏は強調する。
カルチャー変革は、倫理観やパーパスといった精神的な支柱と、コンプライアンスやリスクマネジメントといった具体的なルールを組み合わせた「パッケージ」として推進されている。CEOが精神的に辛い局面を乗り越えられたのも、個人のタフさだけでなく、周囲のサポートと一丸となって取り組むチームの力があったからだと語る。
これからの証券パーソンには、人と人とのコミュニケーション能力、特に相手の話を深く聞く傾聴力が引き続き不可欠である。加えて、資産承継やグローバルビジネスに対応できる高度な専門知識も求められている。
かつての「体育会系」や「軍隊的」といった世間のイメージとは裏腹に、野村の企業文化は大きく変化している。現在では、年間の採用者のうち新卒は約4割に留まり、約6割が専門性を持つキャリア(中途)採用者となっている。執行役員も約4分の1がキャリア採用者であり、多様なバックグラウンドを持つ人材が活躍している実態がある。
経営の役割は、優れた専門人材が最大限に力を発揮できる「プラットフォーム」を構築することだと奥田氏は語る。一度退社した人材が再び戻って活躍できる「アルムナイネットワーク」の整備も進められており、人材の流動性をポジティブに捉え、多様な才能が集まる組織を目指している。
多様な社員が初日から活躍できるよう、パーパスを通じて共通の価値観を醸成し、キャリア採用者が不利にならない公平な評価制度を構築している。残すべき良き伝統は「お客様のために一生懸命働く」という精神だが、その働き方は時代に合わせて専門知識やデジタルツールを駆使するスマートな形へと進化させている。
AIを、人の仕事を奪う「VS AI」ではなく、人と共存し能力を拡張する「With AI」として捉えている。AIをいかに早く、そして賢く活用するかが今後の競争優位を決定づけるという強い危機感を奥田氏は持つ。

AI活用のフェーズは、当初の業務効率化から「トップライン(売上)の向上」へと移行している。特に膨大なデータを扱い、顧客に最適な提案を行う資産運用ビジネスはAIとの相性が極めて良い。将来的にはAIエージェントによるアドバイスも視野に入れる。
AI開発を加速するため、国内外に専門拠点「AI COE」を設置。特にインドにある5000人規模の拠点では、IT人材の豊富さを活かしてAI開発を推進している。この開発チームがグローバル展開を支える中核となる。
最大の脅威はAIそのものではなく、AIを駆使して優れたサービスを提供する「新たなプレイヤー」の台頭だと認識している。顧客がそれらに流れるリスクを常に意識し、野村自身が優れたAIと人の力を融合させたサービスを開発し続けることが、次世代における競争優位を築く鍵となると語る。
今後10年で証券ビジネスに起こる最も大きな変化は、銀行、証券、保険といった「金融の垣根」がなくなることである。奥田氏は、顧客から選ばれる独自の価値をいかに提供できるかが、金融機関の勝敗を分けると見ている。野村も証券という枠を超えた総合的な金融サービスグループへと進化する必要がある。
2025年のバンキング部門新設は、メガバンクと競合することを目指すものではない。これは富裕層顧客に株式担保ローンなど「野村らしい」付加価値の高いサービスを提供するための戦略的な一手であり、奇しくも野村グループのルーツである「野村銀行」への原点回帰の側面も持つ。
現在の野村は、ホールディングス体制の下、海外展開やアセットマネジメント事業など、グループ全体の多様な強みを活用している。この総合力を駆使し、顧客に選ばれる新しいサービスを創出できるかが、今後の成長を左右する鍵だと奥田氏は強調する。
創業者の野村徳七氏が残した最大のDNAは、「挑戦」と「グローバル」である。奥田氏自身、ニューヨーク社長時代に改めてその思いを強く感じたという。徳七氏の「止まっていることは退歩だ」という言葉に象徴されるように、常に新しいことに取り組む姿勢は、リート(不動産投信)など数々の日本初のサービスを生み出す原動力となってきた。

「グローバル」の視点も、創業当初から野村に根付くDNAである。1925年の大阪での設立からわずか2年後の1927年にはニューヨークにオフィスを開設し、世界を舞台にした投資銀行を目指すという強い意志があった。その精神は、約100年にわたりアメリカでビジネスを継続してきた実績にも表れている。
創業初期の野村は、勘や相場観ではなく、科学的な調査に基づいて投資を行う「調査の野村」として知られていた。このリサーチ重視の姿勢は、現在の野村総合研究所設立のベースにもなっている。かつて世間が持った「イケイケどんどん」の営業イメージは一時代の姿であり、本来の野村のDNAは知的な「調査」と「イノベーション」を重んじるものへと原点回帰しているのだ。