
あだ名はカブソン?ミスターパーフェクトのしくじり投資塾【槙原寛己】
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2026年1月26日
“ミスターパーフェクト”こと元巨人軍エース・槙原寛己氏の現役時代のあだ名は「カブソン(株損)」だった。投資信託で50%の損失、金利8%に追われたバブルの狂騒、そして投資を始めたきっかけはあの名投手?30年以上の投資キャリアから学んだ教訓を赤裸々に公開する。 <ゲスト> 槙原寛己|元プロ野球選手/タ...
元巨人エースが明かす投資人生の「負け話」:自称カブソン、槙原寛己の30年史
30年以上の長きにわたり投資と向き合ってきた元プロ野球選手、槙原寛己氏が自身の投資哲学を赤裸々に語った。
輝かしい野球人生の陰で、彼は「カブソン」という不名誉なニックネームを持つほどの数々の失敗を経験してきたという。
「買うと下がり、売ると上がる」という多くの投資家が共感するあるあるから、時代の変化に翻弄された経験、さらには衝撃的な大損失の真相まで。
成功体験が溢れる情報社会の中で、なぜ「負け話」から学ぶことが重要なのか、彼の波乱に満ちた投資人生から紐解いていく。

Q. 投資歴30年のベテランである槙原氏が、「カブソン」と自称する背景には何があるか?
投資の世界では、個人の能力や努力以上に「時代」の影響が大きい。
アベノミクス以降の上昇相場を掴んだ世代と、バブル崩壊後の長い停滞期に投資を始めた世代では、同じことをしても結果が大きく異なるのだ。
槙原氏が投資を始めたのは、まさにバブル期直後。いくら優れた戦略を持っていても、時代そのものが逆風では勝ち続けることは困難だと述懐している。
彼の言葉である「自分が買うと下がり、売ると上がる」という現象は、実に多くの投資家が経験する“あるある”であり、市場の予測不可能性を物語るものだ。
そしてこの不確実性が、彼の投資人生における多くの「損」の基盤となったのである。
Q. 槙原氏が初めて投資の世界に足を踏み入れたきっかけと、当時の投資環境はどのようなものだったのか?
槙原氏の投資への興味は、キャンプで同部屋だった先輩、エース江川卓氏の存在に起因する。
毎朝、真剣な眼差しで新聞の株価欄をチェックする江川氏の姿を見て、自分もやってみたいと思ったという。
当時の投資は、現代のようにインターネットやスマホアプリで手軽に行えるものではない。
情報源は新聞や証券会社からの電話に限定され、売買の判断にもタイムラグが生じるため、一度購入したら「ほったらかし」にするしかなかった。
初めの投資額は数十万円から数百万円程度で、大手企業の安定株が主な対象だったと語る。

しかし、同時期に住宅ローンを組んだことが、図らずも投資のストッパーとなった。
バブル期の住宅ローン金利は驚くべきことに8%を超え、1億円を借りると年間800万円が金利で消えるという状況だった。
元金がなかなか減らないため、「金利のために野球をしているようだった」と述べる。
もし銀行から借り入れた金を株につぎ込んでいたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれず、結果として家のローンが大きな損失を食い止めた形になったという。
Q. バブル期、他のプロ野球選手たちはどのようなサイドビジネスを展開し、どのような結末を迎えたのか?
槙原氏が現役だったバブル期には、多くのプロ野球選手がサイドビジネスに乗り出していた。
肉屋や焼肉屋、レストラン経営などが流行したが、そのほとんどは成功しなかったと語る。
当時、江川氏が経営していたレストランや、中畑清氏が手掛けていた焼肉屋も、いつの間にか閉店していたという。
彼らのビジネス失敗の原因として、本業である野球のシーズン中は店に顔を出せないため、経営を人に任せきりになる点が大きい。
任せっきりの経営は思わしくない結果に終わることが多く、スター選手のネームバリューだけではビジネスを成功させるのが難しい現実を示している。
不動産投資においても、同様の厳しい現実があった。
当時は「今買わないと損」という風潮が強かったが、バブル崩壊後、土地の価格は半額以下に暴落し、多くの投資家が高値掴みで苦しんだ。
先輩である桑田真澄氏が不動産投資に深く関わり、週刊誌で「投げる不動産屋」という不名誉な見出しで報じられたこともあった。
スター選手には様々な儲け話が舞い込むが、その多くは危険な罠だったと、槙原氏は苦笑いしながら振り返る。
このような状況の中、高額な住宅ローンが彼の資産を投資から守る一種のブレーキとなり、破滅的な失敗を回避できた面もあったのである。
Q. 「カブソン」というあだ名の決定打となった衝撃的な失敗談とは何か?
多額の損失を抱え、槙原氏がついに妻にその事実を告白した際、「パパは株ばっかで損しているから『カブソン』だね」と言われた。
このあだ名は、彼が経験した数ある投資失敗の中でも、特に心に刻まれているものだという。

「カブソン」誕生の背景には、新規公開株(IPO)での苦い経験もある。
証券会社から勧められた「良さそうな新規公開株」に、妻に頼み込んで家の金をつぎ込んだ。
しかし、約束の返済月が来ても利益が出ず、むしろ損失が膨らみ、借金状態になってしまったという。
この時期、彼が野球に影響が出ないよう1000万円を基準に投資額を制限していたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
しかし、彼を決定的な「カブソン」へと導いたのは、安全だと思っていた投資信託だった。
個別株の不安定さに嫌気が差し、銀行に勧められるがまま「投資信託なら安全だろう」とまとまった資金を投じた。
プロが分散運用するため、銀行預金のように堅実だと信じていたのである。
だが、1年後、その投資信託の評価額を確認すると、まさかの「半額」にまで減少していたという。
日経平均株価全体が暴落すれば、たとえ分散投資が行われている投資信託であっても大きな打撃を受けるという市場の厳しさを痛感した出来事であり、この一件が妻から「カブソン」と命名される決定打となったのだ。
Q. 巨人軍の勝利給が「金」だったという驚くべき経験から何を学び、若年層の投資家にはどのようなメッセージを伝えたいか?
槙原氏が巨人軍に在籍していたある時期、勝利給は現金ではなく「金(ゴールド)」で支給されることになったという驚きの事実が明かされた。
シーズンを通してプールされた1勝あたり100万円、総額8000万円ほどの勝利給が、個々の選手の活躍度に応じて分配され、現物資産である金で手渡されたのである。
最高で700万〜800万円相当、槙原氏も400万〜500万円相当の金を受け取ったという。
しかし、当時の選手たちは現金のありがたみしか分からず、金の価値を理解していなかったため、少し価格が上がったところで早々に売却してしまったという。
もし長期保有していれば、その価値は間違いなく何十倍にも膨れ上がっていただろうと語り、これが彼の投資人生における最大の機会損失であると認識している。
これらの経験を踏まえ、もし過去の自分にアドバイスできるなら「投資はやめた方がいい」と断言するだろうと述べている。
特に、中途半端な知識や情報リテラシーがないまま個別株に手を出すことの危険性を強調した。

現代の若者たちに対しては、政府がNISAを推進し、金融教育も小学校から行われているため、投資を始めるには非常に良い時代であると分析する。
しかし、一括で大金を投じるのではなく、「継続は力なり」という自身の座右の銘のように、毎月少額ずつ積み立てる「ドルコスト平均法」が有効だと言う。
もし40年前の自分に戻れるなら、金で毎月1万円ずつ積み立てるべきだったと後悔を滲ませた。
「負け話」は成功談以上に学びがある。
投資は予測不可能なものであり、冷静な判断と長期的な視点が不可欠である。
彼の30年にわたる投資人生は、その事実を雄弁に物語る。
成功者の輝かしい話だけではなく、槙原氏のような経験者のリアルな失敗談から、読者はより堅実で賢明な投資判断を下すための教訓を得ることができるだろう。
