
グリーンランドは「米国取得論」をどう見ているのか
グリーンランド買収騒動の深層: 大国に翻弄されるか、したたかに利用するか?
トランプ前米大統領の「グリーンランド買収」発言は世界に衝撃を与えた。この突飛な発言は単なる一過性の思いつきではない。
そこにはアメリカの長年の戦略的関心、そしてデンマークの植民地支配から独立を目指すグリーンランドの複雑な歴史と、したたかな交渉戦略が潜む。
本稿では、この「グリーンランド騒動」の深層を高橋美野梨氏(北海学園大学准教授)の専門的知見に基づき解き明かす。

Q. トランプ大統領のグリーンランド取得発言、その真の背景は何なのか?
アメリカはグリーンランドに対し建国以来の関心を持ち続けている。その理由は時代によって異なるが、戦略的重要拠点としての認識は常に変わらない。公式・非公式を問わず、歴代米政権が度々買収を打診してきた経緯があるのだ。
トランプ発言は一過性の放言ではなく、継続するアメリカの戦略的な動きの一環と捉えられる。実際、米国は影響力強化のために具体的な行動に出ている。
例えば、グリーンランド住民一人当たり年収の2〜3倍にあたる10万ドルもの現金給付案を提示した。また、グリーンランド内の親米派・反米派の動向を探るスパイ活動の報道もあった。これらは、長年グリーンランドの財政支援を握るデンマークに対抗する意図を含んでいた可能性が高い。
Q. デンマークによる植民地支配から現在の自治領に至るまで、グリーンランドの歴史はどのようなものであったか?
グリーンランドは18世紀初頭からデンマークの植民地支配下にあった。1953年にはデンマークの一地方となり、1979年に大幅な自治権を得て現在の自治領へと移行した。経済基盤は漁業とデンマークからの財政支援に大きく依存し、脆弱だと言える。
デンマークは冷戦期、「良きデンマーク人」に同化させるため、強制的な児童分離や女性への無断での避妊具装着など、非人道的な政策を実施した。これは後に「文化ジェノサイド」とまで呼ばれる。

アメリカとの関係は、第二次世界大戦中に始まった。デンマーク本土がナチス・ドイツの占領下にあった間、グリーンランドは事実上アメリカの保護領となったのだ。これを機に米軍基地が置かれ、現在まで戦略的要衝としての駐留が続く。
過去には基地建設による強制移住問題もあったが、2000年代以降は米国・デンマーク・グリーンランドの三者協定が結ばれ、グリーンランドが米軍基地の交渉テーブルに着く権利を獲得した。これにより、三者間の関係は改善に向かった。
Q. グリーンランドの独立派は多数なのか?住民の米国への感情はどうなのか?
過去のデンマークによる非人道的な政策が明らかになった2010年代半ばから、グリーンランドでは独立機運が本格的に高まった。現在の自治議会では、わずか一党を除き全ての政党がデンマークからの独立に前向きな姿勢だ。独立の議論は、その速度と具体的な進め方に焦点が移っている。
住民の対米感情は複雑である。世論調査によれば、8割以上のグリーンランド人が「アメリカの一部になること」には反対している。彼らはデンマークから独立し、自国の主権を維持することを重視しているのだ。
しかし、一方で半数以上の住民が「アメリカとの関係強化」を望んでいることも判明した。彼らは、デンマークを介さず直接米国と対話できる機会をチャンスと捉える思惑がある。独立後の具体的な形として、外交権を米国が持つ「自由連合協定」なども議論されている。
Q. 豊富な資源があるというグリーンランドの噂は本当か?その開発はなぜ進まないのか?
グリーンランドには世界トップクラスの未発見レアアースのほか、約40種類もの鉱物資源が眠っている。その潜在的価値は公式報告書でも高く評価されており、事実上巨大な資源大国となる可能性を秘めている。
だが、その資源開発は「月での開発に匹敵する」と言われるほど困難を極める。国土の8割以上を覆う氷床、インフラの未整備、極度に過酷な自然環境、そして絶対的な労働力不足が、採掘・運搬における大きな障壁となる。

地球温暖化による氷の融解も、根本的な開発困難度を大きく変えるには至らない。加えて2021年には、環境汚染や放射性物質のリスクを懸念した自治議会が特定の重要鉱物採掘を禁止する法案を可決した。これにより、かつて積極的に関与した中国系企業も撤退する事態となった。
このため、グリーンランドの資源は直ちに莫大な利益を生む宝の山ではない。しかし、将来的なポテンシャルを見据え、米国などは「青田買い」として採掘権確保や投資に関心を寄せているのが現状だ。
Q. グリーンランドは大国の間で翻弄されているだけではないのか?
米国とデンマークの間でグリーンランドを巡る綱引きが行われているのは事実だ。しかし、グリーンランドはこの状況を巧みに利用し、自国の交渉力を高める「レバレッジ」として活用している。
アメリカがグリーンランドへの関与を強めれば強めるほど、宗主国であるデンマークもまた引き留めのため、様々な支援策を打ち出す。例えば、空港インフラ整備、医療費負担の全額支援、防衛費増額など、手厚い政策が次々と提供された。
結果として、この大国間の競争はグリーンランドに具体的なメリットをもたらし、交渉における有利な立場を強化している。グリーンランドは単に大国に翻弄されるだけでなく、この地政学的な状況を利用して、主体的に自国の利益を引き出していると言える。
Q. この問題の今後のシナリオはどう予測されるのか?軍事的な介入はあるのか?
米国が軍事力を行使してグリーンランドを取得する可能性は極めて低い。グリーンランドはアメリカにとって敵国でもなければ脅威でもない。軍事侵攻を行うメリットが全く見当たらないのだ。

最も現実的で穏当なシナリオは、グリーンランドが自治法第21条に基づき、まずデンマークとの独立交渉を開始することである。この権利は明確に保障されている。交渉が合意に至れば住民投票が行われ、その後、両国の議会承認を経て独立が実現する。
この正規のプロセスを経て主権国家となった後に、グリーンランドは自らの意思で米国との関係性(完全な米国領になるか、自由連合協定を結ぶかなど)を決定するだろう。これは国際法に則った唯一の道筋である。
専門家はこのプロセスを最も正常なシナリオと見るが、米国側の真意が不明確なため、グリーンランド側は依然として状況の不確実性を高く評価し、楽観視はしていないのが実情だ。
