
【地方改革のリアル】北九州はなぜ大変貌したのか?
北九州市が拓く「稼げる街」への道:グリーン産業と未来への投資
かつて日本の近代化を牽引した「鉄の都」北九州市は、今、大きく変貌を遂げている。公害を克服し、持続可能な社会の実現を目指す中で、「稼げる街」への転換を掲げている。グリーン産業を軸に新たな価値創造を目指す武内市長のリーダーシップのもと、北九州市がどのように未来を切り拓いているのか、その最前線を紐解く。

Q. かつての工業都市「北九州」は現在、どのような変貌を遂げているのか?
北九州市は、上空からその多様なポテンシャルが体感できる。空港周辺の小倉南区にはトヨタ、日産、ダイハツなどの自動車工場が集積し、九州全体で英国一国分の生産量を誇る第2の自動車拠点として発展している。九州自動車道と都市高速がシームレスに繋がり、交通インフラも整備されている。
また、都会的な景観と昔ながらの雰囲気が共存する街並みは、映画のロケ地として多用され、東京を舞台とする映画の約8割が北九州で撮影されるほどだ。競馬場が国際空港に見立てられたり、小倉駅周辺が東京の雑多な風景として使われたりするなど、街全体が映画スタジオのような顔を持つ。市の職員には「エンタメ政策担当課長」という全国的にも珍しい役職が存在し、行政として街の魅力を積極的にプロデュースしている点が特徴である。
八幡製鉄所に見られる鉄鋼業の歴史も健在だが、ここではパラダイムシフトが進行している。「鉄は国家なり」の時代を象徴したこの街は、100年の時を経て、クリーンな電炉製鉄へとシフトしているのだ。これにより「鉄の都」はグリーンな形で復活を遂げ、かつて深刻だった公害を克服し、車海老が獲れるほど環境が改善された清らかな海を持つ街へと生まれ変わった。さらに九州工業大学など複数の大学が集積する学術研究都市でもあり、3000人もの理系大学生を擁し、ものづくりを支える人材を育成している。
Q. 北九州市が掲げる「稼げる街」の哲学とは何か?
武内市長が掲げる市政の根幹にあるのは、「稼ぐ力を強化し、成長の果実を市民に還元する」という哲学だ。過去2年間で、それまでの14年間分に相当する3500億円もの企業誘致額を達成し、市税収入、スタートアップ出現率、モノレール利用者数など多くの指標で過去最高を更新。60年ぶりに人口転入超過を記録するなど、V字回復が顕著に現れている。

この成功の背景には、北九州市の地理的・歴史的強みが深く関係している。豊富な人材と熟練した技術を持つ地元企業群、空港や港、新幹線が揃う充実した交通インフラに加え、過去100年間で震度4以上の地震が3回という圧倒的な地盤の強さが、海外企業にとって大きな魅力となっている。特に台湾企業をはじめ、半導体やEV関連企業が列をなして投資を求めている状況だ。
武内市長は、自治体の役割を「支出を絞る」ことから「財布そのものを大きくする」へと転換した。経済成長で生み出した財源を医療、福祉、文化、教育、防災など幅広い分野に堂々と投資することで、市民生活の質向上とさらなる経済成長を促す「攻めのポジティブサイクル」を回している。この哲学は、彼が厚労省時代に社会保障費削減に追われた苦い経験から生まれたもので、「まず稼がなければ分配もできない」という強い信念が根底にあるのだ。市長自身を「ポジティブモンスター」と称するように、行政全体のマインドセットを前向きに変え、好循環を生み出すことに注力している。
Q. 新たな成長の核となる「洋上風力発電」への挑戦とは?
北九州市が未来の主要産業と位置付けているのが、若松区の響灘エリアで展開されている洋上風力発電プロジェクトである。この地は遠浅で風況が良いという地理的優位性を持ち、25基の洋上風車が建設され、日本の洋上風力発電を牽引する一大拠点となる見込みだ。市はこれを単なるエネルギー供給源としてではなく、「グリーンエナジーポート響き構想」のもと、洋上風車産業を育成する中核と位置付けている。風車1基あたり1万から1万5千もの部品が使用される組立産業であり、日本全国に点在していた関連企業を集積させることでコスト競争力を高め、アジア全体の風車産業の司令塔となることを目指している。
洋上に設置される風車のブレード(羽根)は長さ87メートルに達し、その先端速度は時速約300キロメートルにも及ぶ。台風時には安全のため羽根を畳んで風を受け流すなどの高度な制御が行われている。このような巨大構造物の製造、輸送、運用には特別な港湾設備が不可欠であり、北九州港は全国7か所の「基地港湾」の中でも、広大な後背地を持ち、巨大部品の保管、運搬、積出し能力に優れた最大級のポテンシャルを持つ。この港湾機能こそが、洋上風力産業集積の大きな要因となっているのだ。また、洋上風力産業は技術革新のスピードが非常に速く、日々新しい技術が登場しコストが劇的に下がっていくと見込まれており、北九州市はこの変化を積極的に取り入れ、産業の競争力を高めている。

この地で特筆すべきは、日本で初めて導入された洋上風車への移乗訓練シミュレーターだ。洋上風車への移動はCTV(乗員輸送船)が風車基礎に接岸し、船の揺れる中で作業員が乗り移る危険な作業を伴う。このシミュレーターは波による揺れを忠実に再現し、安全かつリアルな訓練を可能にしている。このような「人への投資」は、産業全体の安全性と競争力向上に大きく貢献している。地元企業が部品製造やメンテナンスに関わることで、ものづくりの地力が新たな産業分野で花開き、北九州は「アジアの風車の司令塔」としての役割を担おうとしている。
Q. 未来を担う子どもたちのために、教育現場で何が進められているのか?
子どもたちの未来のため、教育環境の改善にも力を入れている。その一環として、市長は佐々木氏の母校を訪れ、「美味しい給食大作戦」の成果を視察した。この作戦は、1食あたり約247円という限られたコストの中で、給食の質を向上させることを目指したものだ。ミシュランレストランのシェフや人気中華料理店の料理人が無償でレシピ開発や調理指導に協力し、市民が一丸となって給食改革を進めている。
さらに、3億円を投じてスチームコンベクションオーブンを導入したことも大きな進歩である。これにより、これまで茹でるしかなかったハンバーグが焼けるようになり、餃子やグラタン、ピザなどメニューのバリエーションが飛躍的に拡大。子どもたちが給食を楽しみにできるよう工夫が凝らされている。これは、財政規模が縮小しがちな教育予算において、あえて未来への投資を優先するという市の強い姿勢を示している。学校が「非日常」の空間であってはならないという考えから、快適で現代的な学習環境の整備が重視されており、給食だけでなく、洋式トイレの整備なども段階的に進められている。

また、北九州市では中学3年生と小学6年生の給食費を無償化している。進学で物入りになる家庭の経済的負担を軽減するための方策だが、市長は「無償化だけがソリューションではない」とし、教育の質の向上と無償化を両立させることの重要性を強調している。自治体ごとの競争ではなく、国が統一基準を定め、財源を保証することで、公平な教育インフラが提供されるべきだという問題意識も示されている。
Q. 市民のリアルな声に市政はどのように向き合っているのか?
市長と児童が直接対話する給食の時間は、市政が市民の声、特に次世代を担う子どもたちの声に真摯に向き合う姿勢を象徴している。6年生の児童からは、「6年生のトイレを綺麗にしてほしい」「運動場の遊具を増やしてほしい」といった率直かつ具体的な要望が寄せられた。市長はこれらの要望に対し、順番に進めていること、遊具の導入には数百万円かかることなどを丁寧に説明し、公共サービスにはコストがかかることを子どもたちに伝え、市民意識を育んでいる。また、小学校卒業アルバムには市長や当時の担任の先生などゆかりのある人物からのメッセージが掲載されており、地域全体で子どもたちの成長を見守る文化が根付いていることが分かる。
子どもたちからの「市長の仕事は何ですか?」という質問に対し、市長は「みんながワクワクできるような公園や道路、橋を作り、この街が大好きになれるよう毎日努力することだ」と答えた。さらに、「どうしたら市長になれるのか?」という質問に対しては、「北九州市のことが誰よりも大好きになり、良くなる未来をみんなに一生懸命語ることだ」と、情熱のこもったメッセージを伝えた。
市長が語る北九州市の魅力は、「人が優しく温かく、協力し合う力が強い」という点に集約される。これに加えて、「世界で活躍する多くの企業があり、自然豊かで美味しいものが豊富であり、本当に“ないものがない”」という多様性がこの街の強みだ。行政トップが自信と情熱を持って地域の魅力を発信することは、市民の郷土愛を育み、さらなる成長への原動力となるだろう。
