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医療改革のヒントはニュージーランドにあり
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2025年12月11日

医療費の急増により医療制度の改革が迫られている日本。その一つのヒントになるのが、ニュージランドの医療システムだ。その大枠とリアルについて、ニュージーランド在住の医師である青柳有紀氏に語ってもらった。 <ゲスト> 志賀隆|国際医療福祉大学教授 2001年千葉大学医学部を卒業。東京医療センターでの初期...
日本が学ぶべきニュージーランド医療:QOLを最優先する合理性と医師の幸福度
日本の医療システムが直面する数々の課題。その解決のヒントは、遠く離れたニュージーランドの医療現場にあるのかもしれない。国民のQuality of Life(QOL)を最優先する独特な姿勢と、医療従事者が安心して働ける環境は、日本が学ぶべき多くの点を示唆する。本稿では、ニュージーランドの医療システムがどのように機能し、日本と何が異なるのかをQ&A形式で深く掘り下げる。

Q. ニュージーランドの医療システムは日本とどのように異なるのか?
ニュージーランドの医療は「公平性(Equity)」を根幹としている。税金を財源とする公的医療は原則無料で提供され、がんや心臓病、脳卒中、救急医療といった命に関わる分野をカバーする。これにより所得に関わらず、命が守られる基盤があると言える。GDPに対する医療費の比率は約10%と比較的低く、効率的な医療システムが評価されている。

ただし、全ての医療が無料というわけではない。緊急性の低い白内障手術や人工関節置換術などは公的医療では半年以上の待ち時間が発生することがある。これを避けたい場合、私的保険を利用し、私立病院でより早く治療を受ける「ファストパス」的な二層構造が存在する。また、かかりつけ医(GP)の受診には一部自己負担がある。GPは専門医へのゲートキーパーの役割を担い、軽症患者の安易な大病院受診を抑制し、医療資源の適正配分に貢献している。
Q. ニュージーランドではなぜ医療訴訟がないのか?
ニュージーランドでは医療訴訟が法律で禁止されている。これは「事故補償公社(ACC:Accident Compensation Corporation)」という独自の制度が存在するためだ。医療ミスを含む、あらゆる事故による障害に対し、国が包括的に補償を行う。そのため、個別に医師や病院を訴える必要がない。

このシステムは、医療ミスを個人の責任として追及するのではなく、原因究明とシステム改善に注力することを目的とする。医師は萎縮することなく、本来の業務に専念できる。もちろん医療の過失が許されるわけではなく、患者は「保健・障害コミッショナー(HDC)」という機関に苦情を申し立てることができる。HDCは徹底した第三者調査を行い、問題が確認された場合は医師免許の停止や再教育など、厳しい処分を下す権限を持つ。個人の追及ではなく、再発防止と質の維持を目的とした合理的な仕組みと言えよう。
Q. 高額な新薬が使えないという薬剤費抑制策「ファーマック」の課題とは何か?
ニュージーランドには「ファーマック(PHARMAC)」という強力な薬剤費管理機関が存在する。PHARMACは製薬会社と国が直接価格交渉を行い、費用対効果が高いと判断された医薬品のみを国のリストに収載することで、薬価を劇的に抑えることに成功した。処方薬は基本的に一品5ニュージーランドドル程度で済むため、患者の費用負担は非常に少ない。
しかし、この厳格な制度にはデメリットもある。高額な最新の新薬、特に希少疾患治療薬や先端がん治療薬が、PHARMACのリストになく利用できない「ドラッグ・ラグ」という課題だ。年間数千万円を要するCAR-T療法のような治療は、ニュージーランドでは原則として受けられない。これにより、他国では助かる命が、ニュージーランドでは助からないという倫理的ジレンマが生じることもある。この状況に不満を抱いた一部の医師は、オーストラリアなど先進治療が可能な国へ流出する。一方で、米国の医療制度に疑問を持つ医師が、公平な医療を求めてニュージーランドに移住する逆の現象も見られる。高額な治療が必要な患者は、自己負担で海外に治療を受けに行くしかない状況もあり、国民皆保険維持の代償として、国民はこのトレードオフを受け入れている現状がある。
Q. 終末期医療や安楽死に関して、どのような特徴があるのか?
ニュージーランドでは、国民のQOLを重視する思想が終末期医療に強く反映されている。回復の見込みがない患者に対して、医師が治療の上限を判断する権限を持つ点が特徴的だ。例えば、集中治療室(ICU)への入室も、回復の可能性が低いと判断されれば医師の裁量で断ることがある。日本の病院でしばしば行われる胃ろう(胃に直接栄養を送る措置)も、ニュージーランドでは「患者への虐待」と見なされるケースがある。食べる喜びを伴わない機械的な延命はQOLを損なうという考えが根底にあるのだ。
さらに、ニュージーランドでは2021年から「安楽死(尊厳死)」が患者の権利として法制化された。治癒不能な疾患を抱え、耐え難い苦痛がある場合、本人の明確な意思に基づき、独立した二人の医師による評価を経て安楽死が実施される。この制度は、単に生を終える選択肢を提供するだけでなく、「尊厳ある死」の実現を患者の権利として認める画期的なものであり、日本の超高齢化社会が議論すべき重要なテーマを示唆している。
Q. ニュージーランドの医療は「平等」よりも「公平」を重視すると言われるが、具体的にどういうことか?
ニュージーランドの医療システムを理解する上で重要なのが、「平等(Equality)」と「公平(Equity)」の違いである。平等は全員に同じ機会や資源を与えることに対し、公平は個々の状況に合わせて必要な支援を提供し、最終的な結果の均等を目指す。ニュージーランドではこの公平性が医療政策の核心にある。これは、歴史的に不利な立場にあった先住民マオリの人々への配慮から生まれた理念だ。

マオリの人々の平均寿命は非マオリと比べ約8年短いという健康格差があり、これを是正するため、国を挙げてマオリの文化や価値観を尊重し、彼らに合わせた医療アクセスを提供する取り組みを進める。また、人口の3~4割が移民で構成される多文化社会のため、言語の壁を解消するために無料の医療通訳サービスが患者の権利として保障されている。これはスペイン語、アラビア語、中国語など、ほとんどの言語に対応しており、誰もが言葉の不安なく公平な医療を受けられるようにする、まさに公平性の象徴と言える制度である。
Q. 日本の医療システムがニュージーランドから学べることは何か?
ニュージーランドの医療システムは、医師が訴訟の恐怖に怯えることなく、自らの信念に基づいて働けるため、医療従事者の幸福度が高い。これは過重労働や訴訟リスクにより疲弊する日本の医師とは対照的である。日本の医療問題の本質は、人材や資金不足にあるのではなく、非合理的な「システム」自体にあると指摘される。
例えば、安易な救急外来受診の抑制や、医師による治療上限の判断、適切なゲートキーパー機能を担うGPの活用は、日本の医療崩壊を防ぐヒントとなるだろう。ニュージーランドのシステムにも新薬へのアクセス制限や富裕層優遇の税制といった課題は存在するが、国民のQOLと医療資源の公平な配分を重視するその合理性は、日本の医療改革における重要な指針を提供する。単なる制度の模倣ではなく、QOLや公平性を核とした医療哲学そのものから学ぶことが、日本の医療の未来を大きく変える可能性を秘めていると言えよう。