
将来世代にツケは回るのか
国の借金は国民の資産である: 「将来世代へのツケ」という誤解を解く
「国の借金が将来世代へのツケになる」という通説を多くの人が信じ込んでいる。だが、この認識は本当に正しいのだろうか。本稿では、マクロ経済学と財政運営の専門家である上智大学の中里准教授の解説をもとに、国債を巡る日本の財政問題を深く掘り下げる。
現在の経済対策、国債の役割、そして「責任ある積極財政」の真の姿を冷静に考察し、私たちの未来に関わる財政論の根本的な誤解を解消する。
Q. 21.3兆円の経済対策は、どのような構成でその財源はどうなっているのか?
今回の21.3兆円の経済対策では、当初予算の税収上振れ分や税外収入を除くと、国債で賄われる額は約10兆円強を見込む。重要な点は、今年の国債増発額は前年度合計よりも少ないため、政府債務残高の対GDP比は低下する見通しであることだ。この状況下では、財政の持続可能性は一応担保されており、「責任ある積極財政」の範囲内であると専門家は分析する。市場も一時的に長期金利が上昇したが、国債発行額の抑制見込みが報じられると落ち着きを取り戻している。
Q. 「国債は将来世代へのツケになる」という通説は本当か?
この「将来世代へのツケ」という言説は、多くの場合、個人の心構えとしては正しい。しかし、国の経済全体に当てはめるには疑問が残る。なぜなら、40年債のような長期国債であっても、それを購入して資金を供給するのは「現在の世代」だからである。将来世代が負担するどころか、満期を迎えれば元本と利子が償還され、むしろ資産として還元されることになる。国債は現代の資金が未来を形成する仕組みである。
Q. 国債は一体誰が保有し、その経済的影響をどのように考えるべきか?
日本国債の約9割は国内居住者が保有している。個人が直接持つ割合は2%程度に過ぎないが、私たちの預貯金や生命保険といった金融資産を通じて、金融機関が間接的に国債を保有する構造である。このため、国の借金(国債)は同時に、私たち国民の資産(債権)であるという側面を持つ。
国債を持つ人と持たない人の間で不公平が生じるという見方があるかもしれないが、これも異なる。国債保有者は過去に資金を政府に貸し付けた対価として償還を受け、非保有者は国債発行時に税負担を一時的に免除された形であり、償還時に税を通じて後払いするに過ぎない。これは時間差を伴う貸し借りに等しく、損得は生じないのだ。
Q. 「財源は税金であるべき」という意見が根強いのはなぜか?また、政府債務の役割とは何か?
「税で賄うべき」という主張は、「責任感がある」という印象を与え、増税を正当化しやすい側面がある。多くの国民が「将来世代にツケを残したくない」という善意を持っているため、このような言説が広まりやすい。しかし、マクロ経済の観点から見ると、税が財源の唯一の選択肢ではない。
経済規模の拡大には信用創造が不可欠であり、日本のように企業部門の資金需要が乏しい国では、政府の国債発行が経済全体の信用創造を支える「安定装置」としての重要な役割を果たす。この文脈では、財源が税か国債かという議論以上に、発行した国債を「何に使うか」が決定的に重要だ。将来の成長に繋がるリターンを生む「賢い投資(ワイズスペンディング)」であれば、国債を財源とすることは問題ない。
Q. 今話題の21.3兆円の経済対策の内訳はどのように評価されるか?
今回の経済対策21.3兆円の内訳は、物価高対策が11.7兆円(55%)、成長投資が7.2兆円(35%)、防衛が1.7兆円(8%)である。物価高対策が半分以上を占めるのは、現在の物価上昇が国民生活を圧迫する緊急事態に対する「絆創膏」のような役割、すなわち補正予算の性格を強く反映しているからだ。特に低所得者層ほど物価上昇の影響が大きいこともあり、給付の重要性は高い。
一方で成長投資の真価は、その金額だけで測るべきではない。年末に議論される投資減税(特に設備投資の減価償却の即時償却など)とセットになることで、民間企業の投資意欲を強力に喚起し、初めてその効果が発揮されるものだ。したがって、補正予算の評価は、緊急的な対策と中長期的な成長戦略との役割分担という視点から行う必要がある。
Q. 「責任ある積極財政」とは具体的にどのような考え方に基づくものか?
高市政権が掲げる「責任ある積極財政」の「責任」は、従来の「財政健全化(プライマリーバランスの黒字化)」ではなく、財政の「持続可能性(政府債務残高のGDP比を安定させ、または低下させること)」を重視する考え方である。性急な健全化は、日本経済に必要な投資機会を奪いかねないという認識があるからだ。
この考え方では、硬直的な「単年度中立主義(Pay-as-you-go)」から、海外で一般的な「複数年度で財政収支を見る多年度中立主義」への転換が不可欠とされる。これは、頭金を貯めてから家を買うのではなく、住宅ローンを組んで計画的に返済する発想に似ている。また、名目成長率が国債利回りを上回っている局面ではプライマリーバランスの黒字化に固執せず、経済状況に応じて柔軟に財政運営を行うことを目指す。景気の山谷による税収変動を慣らした「構造的財政収支」を考慮することで、経済を安定させる役割も果たす考え方である。
Q. 長期金利の上昇は日本経済にとって懸念材料となるのか?
足元の長期金利の上昇は、日本の財政懸念のみならず、米国の利下げ観測後退といった外部要因や、新政権発足に伴う不透明感からも来ている。だが、名目成長率(3.9%)が長期金利(1.8%前後)を大幅に上回っている現状では、財政の持続可能性は揺らいでいない。
現在の金利水準は、3%台のインフレを考慮すれば決して高いとは言えず、デフレ期の2000年代中盤と同水準に過ぎない。また、財政破綻リスクの指標であるソブリンCDSのデフォルト確率も低水準にあり、市場は英国のトラスショックのような事態を織り込んでいるわけではない。市場の不安を煽るような一部の言説には、政治的な思惑や危機を誇張するメディアの意図が背景にある場合もあり、データに基づいた冷静な判断が求められる。
