PIVOT TALK POLITICS
第一人者が徹底解説:給付付き税額控除
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2025年12月1日

高市政権の目玉の一つとなっている「給付付き税額控除」。その具体的な中身は何か?なぜ今、必要なのか?国民の生活にどんな影響があるのか?第一人者である森信茂樹.・東京財団シニア政策オフィサーに解説してもらった。 <ゲスト> 中室牧子|慶應義塾大学教授 専門分野は教育経済学。慶應義塾大学卒業後、日本銀行...
給付付き税額控除: 30年越しに問われる日本の未来
近年、日本の政策議論の中心に「給付付き税額控除」という言葉が頻繁に登場するようになった。この制度は、単なる一過性の対策ではなく、長年抱えてきた社会経済的な課題を解決するための根源的な解決策として期待されている。
従来の再分配制度の不公平さや「103万円の壁」といった現行制度の歪みを是正し、特に働いているにもかかわらず所得が低い勤労者、すなわち「ワーキングプア」層に対する新たなセーフティネットの構築が急務とされているのだ。
これは経済的合理性に加え、社会全体の公正性を高めるための重要な政策論点となっている。
なぜこの制度が今、これほどまでに注目され、実現が喫緊の課題として浮上しているのか。その多岐にわたる側面を解き明かす。


Q. なぜ今、「給付付き税額控除」が必要とされているのか?
現状の「103万円の壁」などの問題に加え、近年繰り返されてきた国民全員への一律給付や消費税の軽減税率導入など、「焦点のぼやけたばらまき」的な政策の課題点が顕在化した。これらの政策は、真に支援を必要とする低所得層への効果が限定的であり、かつ財政的に非効率で無駄が多い点が批判されている。
従来の再分配制度は失業者に対するものが中心で、一生懸命働いているにもかかわらず、生活に困窮する低所得の勤労者に対するセーフティネットが手薄であったという構造的な問題がある。
給付付き税額控除は、この抜け落ちていた層を的確に支援する「第2のセーフティネット」としての役割を担い、より公平な社会保障制度の実現を目指すものである。

Q. この制度は日本の社会問題にどのような利益をもたらすのか?
給付付き税額控除は、「一粒で四つ美味しい」と言われるほど多様な社会課題解決への効果が期待されている。
第一に、貧困の罠とされる「103万円の壁」のような所得の壁を解消し、低所得層の就労意欲を高める効果がある。これにより、働き控えを抑制し、労働供給を促進する可能性を持つ。
第二に、消費税の逆進性を是正する。消費税は所得が低いほど負担感が大きいが、この制度で低所得層に給付を行うことで、実質的な税負担の軽減に繋がる。
第三に、就職氷河期世代やギグワーカー、フリーランスなど、既存の雇用保険などのセーフティネットから漏れていた「低所得の勤労者」に対する新たな支援の道を拓く。彼らが働くインセンティブを保ちながら、生活基盤の安定を図るのだ。
そして第四に、カナダ型の事例にも見られるように、児童のいる家庭への給付を通じて子育て支援の強化にも貢献する。これにより、子どもたちの教育環境の改善や貧困削減に寄与する可能性を秘める。この多角的な効果は、保守からリベラルまで幅広い層から支持を得やすい政策と言えるだろう。

Q. なぜ「給付付き税額控除」の議論は30年間も停滞してきたのか?
制度導入が30年間進まなかった背景には、二つの大きな壁があった。一つは「政治的な理由」である。
過去に旧民主党がマニフェストに掲げた経緯から、安倍政権下では「民主党案件」として敬遠され、公明党が推進する消費税の軽減税率が優先されたという歴史がある。政治的な対立や特定の党の政策と見なされることで、合意形成が困難になっていたのだ。
もう一つは、省庁間の「縦割り行政」である。この制度は、財務省(税)、厚生労働省(社会保障)、デジタル庁(情報連携)、内閣府(給付金)など、複数の省庁にまたがる。責任官庁が不明確であるため、各省庁が自らの所管外の事項として行動しない、いわば「シン・ゴジラ現象」が生じ、誰も具体的な導入に向けた動きを主導してこなかったのである。
Q. 制度導入に必要なデジタルインフラの現状と、その実現策は何か?
現在の日本には、給付付き税額控除を効率的に運用するためのリアルタイムな所得・資産把握のデジタルインフラが不足している。英国では、企業が従業員の所得、税、社会保険料のデータを毎月国税庁に報告し、その情報が年金担当省と連携され、個人の所得変動に応じて毎月自動的に給付額が調整されるシステムが構築されている。
日本でも同様のインフラが必要不可欠であり、「ガバメントデータハブ」構想がその核となる。
これは、企業が一度(ワンスオンリー原則)従業員データを認定クラウドに提出すれば、国税庁や社会保険庁といった複数の行政機関が必要な情報にアクセスし、共有できる仕組みである。
マイナンバーの活用は不可欠であり、国民が税の負担だけでなく、給付の受益を実感することで、制度への理解と普及が深まる効果も期待される。
本格的なインフラ構築には1〜2年の時間が見込まれるが、地方自治体がすでに把握している前年度所得データを活用すれば、半年〜1年程度で暫定的な制度開始も技術的には可能であるという。
Q. 「給付付き税額控除」の制度設計で考慮すべき主要な論点とは何か?
制度設計上の課題は複数ある。第一に、生活保護などの既存の低所得者対策との関係を整理する必要がある。給付付き税額控除は、生活保護とは異なり勤労者支援に特化した制度として位置づけるべきであり、資産の有無に関する厳格なチェックは生活保護ほど行わないことで区別化を図れる。

第二に、所得は低いが資産を持つ富裕層をどのように把握し、給付対象から外すかという問題がある。
これは完全な資産把握が困難なため、金融所得を代理変数とし、一定額以上の金融所得がある層を対象外とすることが現実的な解決策となる可能性がある。
第三に、企業や地方自治体の事務負担がある。初期段階では新たなシステム構築に伴う負担が生じるが、デジタル化による効率化を進めれば、長期的には「定額減税」のような手作業による膨大な事務処理から解放され、行政コストの削減に繋がると予測される。
最後に、このデジタルインフラは平時だけでなく、経済ショック時にも重要な役割を果たす。システムが整備されれば、コロナ禍のような有事の際に、所得データを活用して迅速かつ的確な「プッシュ型」の現金給付が可能となり、国家の危機管理能力が飛躍的に向上するのだ。
Q. 制度導入の財源確保と、成長戦略としての意義をどう捉えるか?
「給付付き税額控除」には、「財源不要論」という見方も存在する。この制度は、政府が新たに税金を徴収する増税ではなく、社会内で一度集められた税金を特定の層に再配分する「リシャッフル」の仕組みである。
そのため、景気を悪化させることなく、実質的に追加的な財源を必要としないと理論上は考えられる。
また、この制度は単なる再分配に留まらず、日本の「成長戦略」としての側面も持つ。低所得の勤労者の手取りが増えることで生活にゆとりが生まれ、リスキリングなどの自己投資やスキルアップへの意欲が向上する可能性がある。
これにより「人的資本」の向上に繋がり、国の生産性全体の向上に貢献することが期待されている。
格差拡大の抑制も重要な意義だ。格差の放置は社会の分断を生み、合理的でないポピュリズム政策が支持されかねない。日本の社会保険制度には逆進性といった歪みがあり、給付付き税額控除はこれらを是正し、社会の安定性を保つための重要な手段となるとの見方がある。
Q. 「給付付き税額控除」を成功させるために不可欠な要素は何か?
制度を成功させるにはいくつかの要素が不可欠である。
まず、最も重要なのは強力な「政治リーダーシップ」だ。省庁間の縦割りを打破し、制度全体を推進する総理大臣のような指導者の強力なコミットメントなくして、この複雑な制度の導入は困難であろう。
次に、「国民にとっての分かりやすさ」が挙げられる。欧州での先行事例では、制度が複雑すぎて利用率が低いケースも確認されている。日本においては、年末調整に依存するのではなく、マイナポータルなどを活用した「全員申告制度」への移行と併せ、給付に一本化したシンプルで直感的に理解しやすい仕組みが望ましい。

また、制度導入の「目的」を明確化し、国民的な議論と合意形成を図ることも重要だ。就労促進、貧困削減、子育て支援など、何を目的にするかで制度設計は大きく変わる。この「何のためにやるのか」という点を国民に丁寧に説明する必要がある。
そして、主要先進国で給付付き税額控除を導入していない国は日本だけであるという事実も考慮すべきだ。
韓国が「勤労奨励税制」と命名し国民の支持を得たように、日本も「給付付き税額控除」という専門用語ではない、より直感的で目的が伝わりやすい「勤労支援給付金」といった名称を検討し、小さく始めて大きく育てていく現実的なアプローチが求められる。