PIVOT TALK HEALTH
うつが回復していくステップ
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2025年12月13日

働く世代にとって決して他人事ではない「うつ」。うつになる手前で気づく方法は?もし自分が「半うつ」だと感じたらどう対処すれば良いのか?精神科医の平光源氏に聞いた。 ▼プロフィール 平光源|精神科医 精神保健指定医、精神科専門医、日本医師会認定産業医。約20年精神科医として心のケアに当たる。支援学校学...
うつ状態からの回復プロセス
ストレス社会と呼ばれる現代において、「完全なうつ病ではないが、何となく心身の不調が続いている」といった「半うつ」の状態に陥る人は少なくない。この曖昧な不調から抜け出し、本来の自分を取り戻すためには、どのように対処すべきだろうか。精神科医が、半うつからの回復には段階的なステップが存在すると指摘し、その具体的な対処法について解説する。
本稿では、心身を健全な状態に導くための「睡眠と食事の重要性」「休息の質を高める意識」「心の調子を整える3つの神経伝達物質のコントロール」「人生観の再構築」といった多角的なアプローチを深掘りする。
Q. 半うつからの回復はどのようなステップを踏むのか?
うつや半うつからの回復には、順序立った段階が存在する。まず第一段階として「不安がなくなる」状態がある。次に「意欲が出てくる」、そして最後に「喜びを感じられるようになる」という流れだ。人はとかく「生きがい」や「喜び」を早期に求めがちだが、これはいわば回復プロセスの終着点に当たる。

十分なエネルギーが不足している状態で無理に意欲や喜びを追求しても、心身はさらに疲弊するばかりで、本質的な回復には繋がらない。大切なのは、この回復のステップに逆らわず、目の前の段階を着実にクリアしていくことだ。特に、最も基本的な「不安の解消」から取り組む意識が不可欠となる。
Q. なぜ睡眠と食事が半うつ回復に不可欠なのか?
回復の第一歩である不安解消のためには、睡眠と食事が非常に重要な役割を果たす。私たちの脳は、起きている間はセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンといった神経伝達物質を「消費する消費者」として機能する。これに対して、眠っている間はこれらの物質を生産する「農家」に姿を変えるのだ。すなわち、休むことは単なる怠惰ではなく、脳が必要な物質を作り出すための「重要な仕事」であり、回復に不可欠な活動だと認識を変えるべきだろう。
エネルギーの回復を促すには、消費し尽くさない工夫も必要だ。ヨーグルトを作る際の種菌のように、体力が100%になるまで回復するには膨大な時間がかかるが、3割程度の元気を残しておけば、牛乳を加えるだけで簡単に再生産されるという例えがある。

深刻なうつ病に陥る前に、半うつの段階で早めに休養を取ることは、本人だけでなく組織にとっても極めて効率的な解決策となる。また、食事については、まず「心が喜ぶもの」を優先するのがよい。食欲不振の状態であれば、たとえ体に良くないと思われても、ハーゲンダッツのアイスクリームなど、好きなものを口にすることで食べる喜びを再認識できる。その上で、セロトニンなどの神経伝達物質の原料となるタンパク質を意識的に摂取することが望ましい。大豆製品やサラダチキンなど、手軽に取り入れられるものを日々の食事に「ちょっとプラスする」程度の意識でも、脳の材料補給に繋がるだろう。
Q. どのような状態になれば、十分に休めたと言えるのか?
十分な休養が取れたことの明確なサインは、「休んでいることに退屈さを感じ、苦痛になり始める」ことだ。この「働きたくてたまらない」という自然な欲求が内側から湧き出てきた時こそ、心身のエネルギーが満タンになり、活動への準備が整った状態と判断できる。多くの人が1ヶ月から1ヶ月半程度の休養で無理をして職場復帰してしまうが、完全に回復していない段階での復帰は再発リスクを高める。

責任感が強く「自分がいないと仕事が回らない」と焦りがちな人ほど、この時期に無理をしてしまいやすい。しかし、他人と自分を比較したり、周囲の目を気にしたりする姿勢は、自身の回復を遅らせる要因となる。個々の休息量やペースを尊重し、堂々と自身のケアを優先する社会であるべきだ。真に心身が満たされた状態で活動を再開することこそが、長期的なパフォーマンス維持と再発防止に繋がる。
Q. 心の調子を左右する3つの神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン)はそれぞれどのように高め、調整するべきか?
心の状態を左右する3つの神経伝達物質は、それぞれ異なるアプローチで調整が可能だ。
ブレーキ役「セロトニン」を高める
アクセル役「ノルアドレナリン」を消耗させない
エンジン役「ドーパミン」を見つける
セロトニンは「呼吸」をイメージしてケアすると良い。二酸化炭素を体外に排出するように、心の中にある怒りや悲しみといったネガティブな感情も外に出すことが大切だ。溜め込まず、例えばトイレットペーパーに書き出して流すといった物理的な排出行動は、ネガティブな感情を心から切り離し、ポジティブなものを取り入れる心のスペースを生み出す。
次に、ノルアドレナリンの過度な消耗を防ぐための「3つの原則」がある。それは「無理しない、気にしない、完璧を目指さない」だ。完璧主義は、常にアクセルを踏み続けている状態であり、心身を著しく消耗させる。ビジネスの現場で「Done is better than perfect(完璧よりもまず完成させる)」という言葉が重視されるように、60点程度でもまずは行動に移し、その後修正していく姿勢が、不必要な消耗を防ぎ、心身の健康を保つ。
最後に、ドーパミンの源泉となる「本当にやりたいこと」を見つける方法だ。すぐに「これだ」と見つからない場合は、自身の過去、特に小学校時代に何に夢中になり、どんなことのどこに魅力を感じていたのかを掘り下げてみると良い。例えば、時計を分解するのが好きだった人は「仕組みを明らかにすること」、プラモデルの改造に熱中した人は「今ある素材でより良いものを作り出すこと」に本質的な喜びを感じていた可能性がある。この「エッセンス」を今の仕事や生活に適用できないか、あるいは別の形で実現できないかと再考することで、情熱を再燃させ、ドーパミンを活性化させることに繋がる。また、仕事がどんなに辛くても、他にソロキャンプやサウナ、家庭菜園といった「自分の楽しみのための島」を複数持っていれば、心全体のバランスは保たれる。
生活の全ての側面に喜びを見出す必要はなく、自分が心から楽しめる「推し活」のような居場所を確保することが、心のエンジンを回し続ける重要な力となるだろう。
Q. ストレスや悩みに押し潰されそうな時、本当に必要な心構えとは何か?
多くの人々が半うつの状態に陥る背景には、職場や家族における人間関係の悩み、あるいは社会からの評価に過度に囚われるといった状況が存在する。しかし、精神科医としての長年の経験、そして東日本大震災での壮絶な体験から導き出されたメッセージは、「人間はただ生きているだけでいい」という極めてシンプルかつ根源的なものだ。

震災で苦手な患者と再会した際、互いに過去の確執が消え、「生きていてよかった」という感情だけが残ったエピソードは、日常のいざこざが、生命そのものの尊さの前ではいかに些細であるかを物語っている。会社で認められなくても、家族関係が上手くいかなくても、生きている限り関係性は再構築できる可能性を秘め、何よりも生命があることが最大の価値だ。現在の悩みに押し潰されそうになっている人は、ある種の「色眼鏡」を通して世界を見ているのかもしれない。その色眼鏡を外した時、どんな状況であっても「自分は生きているだけで十分に価値がある」という事実に気づけるはずだ。自分の心を最優先にケアし、他者の評価に一喜一憂せず、自身のやりたいことや趣味を大切にして生きる。そして、人生の最期に「悪くない人生だったな」と思えることこそが、最も重要なのである。