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イスラエルはなぜ戦争をやめられないのか
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2025年11月13日

2023年のハマスの襲撃以来、一貫して報復攻撃を行い続けたイスラエル。なぜ国際的な批判を受け続けても、戦争行為をやめられないのか?イスラエル人を戦争に駆り立てる独自の「世界観」とは?毎日新聞専門編集委員の大治朋子氏に聞いた。 ▼プロフィール 大治朋子|毎日新聞専門編集委員 毎日新聞専門編集委員。サ...
イスラエルはなぜ戦争をやめられないのか?ユダヤ教と歴史が構成する独自の「世界観」
パレスチナへの苛烈な報復攻撃で国際社会から強い批判を浴び続けるイスラエル。ガザ地区での人道危機への懸念が高まる中で、なぜイスラエルはそれらの声に耳を傾けず、世界中を敵に回してまで戦いを続けるのか。彼らの行動原理は、国際法や現代的な常識だけでは理解しにくい面が多い。
本稿では、イスラエル人の根底にある独特な「世界観」に焦点を当てる。毎日新聞の元エルサレム特派員で、『イスラエル人の世界観』を執筆した大治朋子氏の分析に基づき、複雑に絡み合う彼らの歴史認識、宗教的信念、そして生存本能がどのように現在の対外政策と国内世論を形作っているのかを読み解く。

Q. なぜイスラエルは世界からの批判を顧みず戦い続けるのか?
イスラエルは、国際社会からの批判を「ハマスのプロパガンダに流され、イスラエルがはじめに受けた攻撃を忘れている」という強い認識の下で捉えている。彼らは自分たちの行動が誤解されていると感じており、その批判に真正面から向き合おうとしないことが多い。
イスラエルの行動原理の根底には、「ユダヤ人の命はユダヤ人が守る」という歴史的な信念が存在する。ホロコーストやロシア皇帝時代の迫害(ポグロム)など、歴史を通じて世界がユダヤ人を見捨ててきたという記憶が深く刻まれているためだ。女性として初のイスラエル首相であるゴルダ・メイアの「世界が非難しても我々は戦い続ける」という言葉は、たとえ一人でも同胞の命を救うためならば、国際社会からの非難を甘んじて受け入れる覚悟の表れなのである。
また、自らを絶対的な「被害者」と見なす心理、いわゆる「被害者ナラティブ」も彼らの行動に深く影響する。過去の経験から自身が常に被害者の立場にあると認識するため、他者から見れば過剰と映る報復行為も、自分たちを守るために必要かつ正当なものだと捉えがちである。このような歴史的背景と被害者意識が、国際社会の批判を意に介さない強固な姿勢を形成する要因となっている。
Q. イスラエルは国際社会、特に国連の批判をどのように捉えているのか?
ガザ地区の飢餓問題に関する報道に対しても、イスラエル側は懐疑的な姿勢を示す。彼らは、現地メディアの情報が限られる中で「ハマスのプロパガンダ」が多分に含まれると見なす傾向がある。イスラエル政府は「食料はガザに供給されている」と主張しており、国民はその説明を受け入れている。このため、自らは正しい行動をしているのに不当に非難されていると感じるのである。

国連に対するイスラエル国民の不信感は極めて根強い。日本において国連は「正義の味方」というイメージがあるのに対し、イスラエル人にとっては「パレスチナに偏向し、イスラエルを正しく理解しようとしない集団」と認識されている。エルサレム特派員だった大治氏も、街の普通の人々が「国連はいつも偏見に満ちている」と口にするのを目の当たりにしたという。このため、国連が発する声明や決議は「いつものこと」と一蹴され、イスラエルの行動や政策決定にほとんど影響力を持たない状況が続く。
Q. ハマスとの戦闘において、イスラエル国内の世論はどのように変化したのか?
2023年10月のハマスによる大規模攻撃は、「ユダヤ人が安全に暮らせる唯一の場所」としてきたイスラエルの「安全神話」を根本から揺るがした。ユダヤ人であるというだけの理由で殺戮された市民の事実は、国民にホロコーストの再来という衝撃を与え、当初はハマス壊滅を掲げた挙国一致体制へと導いた。多くの予備役兵士が自ら志願して戦線に加わった背景には、「国を守らねばならない」という強い使命感があった。
しかし、戦闘が長期化するにつれ、この世論は変化した。予備役兵士の継続的な招集は、多くの家庭や経済活動に深刻な負担を及ぼしたからである。かつてはせいぜい年1ヶ月程度であった兵役が、1年にわたり続けられるケースも発生し、子育てやキャリア形成が困難になる問題が表面化した。これにより、当初の「ハマス壊滅」一辺倒だった世論は、捕らわれた人質の解放と、それに伴う停戦を優先する声が多数を占めるようになった。

しかし、人質解放には複雑なジレンマが伴う。過去の例として、2011年には兵士ギルアド・シャリート氏1人の解放と引き換えに、1027人のパレスチナ人服役囚が釈放された。その中には、今回のハマス攻撃を計画し主導したシンワル氏も含まれていた。この「失敗」の記憶がトラウマとなり、ユダヤ人からは「人質を解放することは、将来のテロリストを解き放つ行為ではないか」という強い警戒心が存在する。イスラエル国民は、戦争を終わらせたいという願望と、再び同様の脅威に晒されることへの恐れの間で、難しい選択を迫られているのが現状である。
Q. 「占領が問題の根源」という指摘に、イスラエルはどのように反論するのか?
パレスチナ問題を語る際、「イスラエルによる占領が問題の根本原因である」と指摘されることが多い。これに対しイスラエルは、自らを「占領者ではなく帰還者」であると強く主張し反論する。彼らの時間軸は1948年の建国時ではなく、数千年前にまで遡るユダヤ民族の歴史にあるのだ。
イスラエル人は、自らの祖先が数千年前からこの地に住み、古代イスラエル王国を築いた民であると認識している。紀元70年にローマ帝国によって追放され、世界中に離散(ディアスポラ)したが、彼らの心の故郷はこの地にあった。長きにわたる苦難の末、ようやく「約束の地」へ帰ってきた民族であり、他所の土地を奪い取った占領者ではない、と信じている。現地の政治家はしばしば、「聖書を紐解けばわかる」と、この地への歴史的・宗教的な権利の正当性を強調する。
さらに、イスラエルは1947年に国連が提示したパレスチナ分割案において、ユダヤ側がそれを受け入れ国家を建設した一方で、パレスチナ側とアラブ諸国がこれを拒否し戦争を仕掛けたと認識している。その時点でパレスチナ側が国家を樹立する機会を自ら放棄したのだから、現在の状態は自分たちの責任ではない、というのが彼らの見解である。このような歴史認識は、イスラエルの小学校低学年からユダヤ教典と共に、国の歴史として体系的に教え込まれ、国民の中に深く定着しているのである。
Q. 揺れる西岸地区の状況と、イスラエルの将来的な領土認識はどうなっているのか?
ハマスによる攻撃以降、イスラエル国内ではガザ地区だけでなく、西岸地区からのテロ攻撃への危機感が顕著に高まっている。世論調査によれば、国民の約6割が西岸地区の治安状況を懸念しており、「ハマスのような組織が台頭するかもしれない」という恐れが背景にある。この懸念は、イスラエル軍によるパレスチナ難民地区の破壊活動を一部では正当化する口実にもなっている。「テロ組織が武器を隠しているから破壊するしかない」というのが、彼らの説明である。

この高まる危機感を背景に、一部の強硬派政治家や入植者からは、西岸地区の「併合」を求める声が勢いを増している。占領地である西岸地区をイスラエルに完全に統合することで、自国の安全を恒久的に確保しようとする思惑があるのだ。併合論の根拠は、歴史的・宗教的なものである。「聖書を紐解けばわかるように、この地域は本来ユダヤ人のものであり、約束の地をユダヤ人で満たすことが神の意思である」という強い思想が根底にある。実際に来日したイスラエル閣僚も、西岸併合の意図を問われた際に「聖書を紐解いてごらん」と返答したという。
西岸地区の併合は国際法上は違法行為であり、国際社会からの猛烈な反発を招くことは必至である。だが、イスラエル国内のナショナリズムと宗教的感情に訴える一部の勢力は、そうした国際的な非難を承知の上で併合を推し進めようとする。特定の勢力を「根絶すべき絶対悪」と見なす「アマレク」の概念も、過激な言動や強硬な政策の精神的な下支えになっている側面があるだろう。国際社会が理解しがたい、彼ら独自の歴史観と宗教観に根差した判断基準が、この地の未来を大きく左右する可能性を秘めている。