PIVOT TALK BUSINESS
推し活や選挙に共通する”熱狂構造”の危うさ
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2025年11月5日

時代を標本として小説にする朝井リョウ氏の新刊『イン・ザ・メガチャーチ』。ファンダム経済を題材に選んだ理由とは?時代を標本にする着眼点やデビュー作が与えた影響など作家としての想いを聞いた。 訂正: スライドに一部誤りがございました、心からお詫び申し上げます。 誤:2021年「平成を生きよ」 正:2...
朝井リョウが語る創作の核心:『桐島、部活やめるってよ』から『イン・ザ・メガチャーチ』まで
作家・朝井リョウ氏が作家生活15周年を迎えた。
彼の作品は常に現代社会の多面的な感情を鋭く描き出し、多くの読者を魅了してきた。
デビュー作『桐島、部活やめるってよ』の意外な誕生秘話から、最新作『イン・ザ・メガチャーチ』に込められた現代への問いまで、朝井リョウ氏の創作哲学とそのユニークなアプローチをQ&A形式で深掘りする。

Q. 15周年を迎えた今、『桐島、部活やめるってよ』はどのように誕生したのか?
『桐島、部活やめるってよ』は、早稲田大学在学中の19歳の頃、新人賞の締め切りに追われる中で執筆された作品だ。
長編小説という規定枚数を満たすため、高校時代に書き溜めていた複数の短編を、連作短編形式として再構成した結果生まれたと本人は語る。
当時は大学進学で時間が不足しており、ゼロから長編を執筆する代わりに過去の作品を「リサイクル」するという、ある種の「生意気な」手法を取ったという。
締め切り前日に投函したことからも、その切迫した状況がうかがえる。
Q. 「時代を切り取る天才」と称されるようになったのはなぜか?
この評価は、執筆当初からの意図ではなかった。
『桐島、部活やめるってよ』出版後、「スクールカースト」という言葉と共に社会学的な文脈で新聞や新書に引用されることが多くなり、徐々に「時代を切り取る」イメージが定着していったのだという。

本人は、自身が書いたものが後付けで社会的意味を持つことに、不思議さを感じているとも述べている。
この初期作品での「偶然の成功」が、作家・朝井リョウのパブリックイメージを形成する原点となった。
Q. デビュー2作目『チア男子!!』執筆時の経験から、朝井リョウ流の取材術とは?
朝井氏は、新人作家として次世代の受賞者登場までに2作目を発表する必要があるというプレッシャーの中で『チア男子!!』を執筆した。
スポーツ小説は身体表現やルール説明の難しさがある中、担当編集者の後押しを受け挑戦したのだ。
彼の取材スタイルは独特だ。
事実関係の確認は徹底するが、「その時どう思ったか」「どんな感情になったか」といった核心的な感情の部分は、あえて質問しない。
これは、取材対象者の「正解」に縛られず、作家自身の想像力で感情を自由に構築するためであると説明する。
Q. 「女性を書く」のではなく「人間を書く」とは具体的にどういうことか?
『桐島、部活やめるってよ』のデビュー当時、男性作家が女性を主人公にした小説を書き、その心情描写が高い評価を得たことについて多くの質問が寄せられたと振り返る。
彼自身は「女性の気持ちが本当に分かっているわけではない」と明言しつつ、独自の哲学がある。

「女性を書く」という意識に囚われると、「女性はこうあるべき」といった固定観念が働き、かえってステレオタイプに陥りがちだという。
しかし、「人間を書く」という意識であれば、特定の属性ではなく普遍的な人間として捉え、読者が「こんなこと思わない」と感じるような齟齬をなくすことができるのだと彼は語る。
Q. 最新作『イン・ザ・メガチャーチ』では、デビュー作『桐島、部活やめるってよ』のような初期衝動への回帰があったのか?
朝井氏は、「デビュー作にすべてがある」という考えに共感を示し、新作『イン・ザ・メガチャーチ』においても『桐島、部活やめるってよ』に通じる創作姿勢があったと述べている。
生活のためではなく、純粋な創作意欲だけで書きたいものを選べるようになった結果、この作品は、かつて誰にも頼まれずに書き上げた『桐島、部活やめるってよ』のような、「純粋無垢な欲求」が強く反映されたものとなった。
『桐島、部活やめるってよ』が高校時代の特殊な空気を「標本」として残そうとした作品であるのと同様に、『イン・ザ・メガチャーチ』は、現代社会における流動的な状況や感情を「瓶詰め」にするという強いモチベーションから生まれたのだという。
Q. 『イン・ザ・メガチャーチ』で描きたかった「現代の行動力」とは何か?
新作『イン・ザ・メガチャーチ』の核となるテーマは、現代における人間の「行動力」の源泉であると彼は語る。
コロナ禍以降、テクノロジーの発達により多くの人々が家から出ずとも生活できるようになった。

一方で、ファンダム(熱狂的なファンコミュニティ)においては、「現場に行く」「特定の商品を店舗で手に入れる」といった、極めて能動的な行動が活発化している。
朝井氏自身が抱える、「視野を広げると行動に踏み出しにくくなる」という葛藤との対比を考察し、この時代の行動のあり方を「標本」として残す試みが本作には込められている。
この物語では、ファンダムを「作る側」「のめり込む側」「去った側」という三つの視点から、特定の誰か一人に肩入れすることなく、同じ解像度で登場人物を描いているのだ。
Q. なぜ朝井作品は読者に「答え」ではなく「問い」を投げかけるのか?
朝井作品は「読んだら元に戻れない」と評されることがある。
これに対し朝井氏は、自身の作品が安易な解決策や癒しを提供しないことを認めている。
解決策を示すこと自体に興味がないため、作品は読者に道筋を与える代わりに、多くの「問い」を投げかける。
そのため、作品のラストシーンの解釈一つとっても、ポジティブ、ネガティブ、あるいは仕事のマーケティングに活かせるといったように、読者によって感想は多様に分かれる。
彼の作品は、読者に自身の内面と向き合い、それぞれの「答え」を見つけるきっかけを与えているのだ。