
クマ被害急増の真実と東京の危険性
熊の出没急増、その裏に潜む「人慣れ」の真相とは?東京での遭遇リスクと対策を専門家が徹底解説
日本全国で熊の出没報告や人身被害が相次ぎ、人々の不安が高まっている。この問題は、山間部に限らず、時に都市部に近い場所でも発生し、生活圏への接近が懸念される。この由々しき事態はなぜ起こっているのか、その背景と私たちが取るべき対策について、東京農業大学教授の山崎晃司氏に詳細を聞いた。

Q. 今年の熊被害が急増している「本当の理由」は何だ?
今年の熊被害の増加は社会の注目を集めているが、その真の理由は複合的で全容解明には至っていない。しかし、背景には熊の分布域拡大と個体数の増加という大きな傾向がある。特に問題なのは、これまで熊がいなかった集落周辺で生息密度が高まっている点である。人里が熊にとって「山の奥よりも魅力的で安全な餌場」になっているのだ。
放置された農地、柿や栗といった果樹、さらには残飯やコンポストなど、一年を通じて豊富な食べ物が人里には存在する。加えて、過疎化や高齢化により、熊が集落で人から不快な経験を受ける機会が減少した。これにより、熊は人里を暮らしやすい環境だと認識するようになった。これは今年突然発生した現象ではなく、2004年以降、約20年にわたり出没数、人身事故数、捕獲数は徐々に増加し、近年では毎年同規模の被害が「常態化」している。今年の突出した状況は、この長期的な増加トレンドに、秋のドングリ不作が重なった結果と解釈できる。
Q. 熊は本当に「凶暴化」したり、「人の味を覚え」て人食い熊になったのか?
「熊が凶暴化した」という表現は適切ではない。熊は生まれつき攻撃的な動物ではなく、基本的には人を避ける性質を持つ。ただし、集落周辺に定着した熊は、人間に追われる経験が少ないため、「人慣れ」が進む。これにより、人を恐れなくなり、結果として人との遭遇距離が縮まり、偶発的な事故が起きやすくなるのだ。これは「凶暴化」ではなく、「人慣れ」が進行していると理解すべきだ。

「人の味を覚えた熊」という見出しを見かけるが、熊が積極的に人を捕食対象とする事例は極めて少ない。多くの場合、防御的な攻撃で人が倒された後、その死体を山に存在するシカやイノシシの死骸と同じように食べる「食害」が発生する。これは最初の攻撃が捕食目的ではない。しかし、一旦人を倒して食べる経験をした熊は、「人は簡単に倒せる食料だ」と学習する可能性がある。このような熊は非常に危険であり、再び人を襲うリスクが高まる。地域住民の安全を確保するため、学習した熊は個体を特定し、速やかに捕獲・駆除する必要がある。岩手県北上での食害事例も、そのような危険な熊の迅速な排除がいかに重要かを示している。
Q. メガソーラー開発は熊の出没増加に影響しているのか?
熊の出没増加とメガソーラー開発を直接結びつける実証的なデータは存在しない。代替エネルギーとしてのメガソーラー自体を否定するものではないが、生態系への影響を考慮しない建設は問題だ。しかし、これが直ちに熊の出没につながっているという明確な根拠は見当たらない。
「山に食べ物がないから熊が人里へ降りてくる」という意見があるが、この問題の捉え方は半分しか正しくない。確かに、戦後の拡大造林政策により日本の森林の多くは、熊の餌となりにくいスギやヒノキの人工林に変わった。しかし、この状態は1970年代前半以降50年以上変わっていない。つまり、山中の環境変化が近年特に悪化したというわけではない。熊が人里に出る主な理由は、山からの「プッシュ要因(押し出し)」よりも、むしろ放置された農地やゴミなど、人里自体が提供する豊富な食料という「プル要因(引き寄せ)」が大きいと考えるのが妥当である。
Q. 東京都内でも熊と遭遇する危険があるのか?特に注意すべき地域はどこか?
東京都は関東山地の一角を占める奥多摩山地を有し、古くから熊の生息地だ。特に奥多摩町や檜原村などは熊の恒常的な生息環境である。かつて縮小した熊の分布域は1970年代以降回復し、今では青梅市や八王子市など、一時的に熊が見られなかった東側のエリアにまで広がっている。森林のある場所、特に森と人里が接するような環境では、熊が出現し始めていると考えた方がよい。

熊は嗅覚が非常に優れており、3~4km先の餌の匂いでも移動してくる。若いオスグマは新しい生活圏を求めて長距離移動することが多く、緑地帯が続く多摩川沿いを移動し、都心に近い福生市あたりまで姿を見せる可能性は否定できない。人気の観光地である高尾山も無縁ではない。メインルートがある中央道南側は比較的安全だが、小仏トンネルより北側の「裏高尾」エリアは30年以上前から熊が生息しており、遭遇のリスクがある。八王子市では実際に熊が許可捕獲されるケースも確認されており、都心部在住者もレジャーで訪れる際は警戒が必要だ。
Q. 山中で熊と遭遇しやすい時間帯や期間、避けるべき活動はあるか?
熊の活動は人間と同様に日中が中心だが、特に注意が必要なのは「薄明薄暮」の時間帯、つまり日の出前後と日没前後である。この時間は熊の活動が最も活発になり、山中での遭遇リスクが飛躍的に高まるため、この時間帯の行動は避けるべきだ。夜間から早朝にかけての登山やランニングは極めて危険だ。
季節で言えば、熊の活動期間は長い。冬眠から目覚める3月下旬から、遅い個体では12月下旬に冬眠に入るまで、約9ヶ月間にわたり熊と遭遇する可能性があると認識する必要がある。特に高尾山のような場所でのトレイルランニングやマウンテンバイク(MTB)といった高速で山中を移動する活動は、熊が人を避けるための時間や距離を与えず、不意の遭遇を招くリスクが著しく高い。例えば、母熊と子熊の間に高速で進入した場合、防御的な攻撃を受ける可能性が極めて高く、こうした行為は避けるべきである。
Q. 個人と行政それぞれが取るべき具体的な対策は何か?
個人でできる最も重要な対策は、熊を自宅や集落に寄せ付けないための「誘引物の管理」の徹底である。山際で生活する人々は、残飯、庭の柿や栗などの放置された果物、屋外に置かれたペットフード、コンポスト、さらにはペンキや有機溶剤のような刺激臭のあるものまで、熊にとっての誘引物を厳重に管理する必要がある。これらの誘引物を排除することで、熊の接近リスクを大幅に減らすことができる。

また、熊の出没情報がある地域では、個人の行動も慎重になるべきだ。熊の活動が活発な薄明薄暮の外出、ジョギング、犬の散歩は自粛する。予測可能なリスクに対し、あえて危険な行動を取ることは、自らの命を守る上でも避けるべきである。
行政に求められるのは、自衛隊への要請のような場当たり的な対応ではない、中長期的な視点に立った対策である。放置された農作物などの誘引物を地域全体で管理・整備し、熊が人里に依存して数を増やす状況を防ぐべきだ。熊の生息地と人間の生活圏を明確に区画する「ゾーニング」の推進、行政内に専門職員を配置・育成し、科学的知見に基づいた管理計画を策定・実行することが急務である。予測可能な自然災害としての熊問題に対し、備えを怠らない継続的な取り組みが、人と熊が共存するための基盤となるだろう。