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医療崩壊を防ぐヒントはオーストラリアにある
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2025年10月20日

医療費が急拡大する日本。医療崩壊を防ぐために、ヒントになるのがオーストラリアの医療制度だ。混合診療の導入、医師のワークライフバランス推進など、豪州の医療システムについて、現地で精神科医として活躍する北野麻理恵氏に解説してもらった。 <ゲスト> 北野 麻理恵|精神科専攻医 2019年 東京医科歯科大...
オーストラリア医療から日本は何を学べるか?「GP制度」と「超集約型医療」の光と影
少子高齢化が進み、長寿国家を支える日本の医療制度は持続可能性の課題を抱えている。その解決策を探る上で、広大な国土と都市への人口集中という類似の構造を持つオーストラリアの医療制度は多くの示唆を与えている。本稿では、オーストラリア医療のユニークな特徴とその功罪をQ&A形式で解説する。



Q. オーストラリア医療が日本にとって参考になる理由は何か?
オーストラリアは、大都市への人口集中と広大な過疎地という両極端な環境を併せ持ち、医療の集約化と地域格差という課題に直面している。この状況は日本の将来像を先取りしている可能性があり、日本の医療制度改革のヒントが多く隠されている。そのため、日本の医療現場、学術界、政策立案者がその動向に注目している。
Q. オーストラリア医療の最も特徴的な制度は何か?
オーストラリア医療の根幹を成すのは「GP(General Practitioner:総合診療医)」制度だ。国民は体調不良の際、まずGPを受診し、そこで対処できないとGPが判断した場合のみ、紹介状を得て専門医の診察を受けられる。GPは約半数の医師を占め、「ゲートキーパー」として機能することで、患者が不必要に専門医にかかることを抑制している。

日本のように患者が自由に専門医を選べる「フリーアクセス」とは対照的であり、専門医の数を意図的に絞ることで、医療の専門化・高度化による医療費高騰を抑制している側面も大きい。例えば小児外科医はオーストラリア全体で毎年1人しか養成しないなど、質を確保するための専門医の数は厳しく管理される体制となっている。GPクリニックは比較的簡素な設備で、高額な医療機器は専門医のいる大病院に集約されているのが特徴だ。
Q. オーストラリアの医療費はどのように支えられているのか?公的保険と民間保険の役割は何か?
保険制度は、全国民が加入する公的保険「メディケア」と、約半数の国民が任意で加入する「民間医療保険」の二層構造で成り立っている。メディケアは公立病院での治療費(入院、手術など)を原則無料で提供し、基礎的な医療を保障する。また、GPクリニックの診察や検査費の一部を補助する役割も担う。

一方、民間医療保険は私立病院の利用や、メディケアではカバーされない歯科治療、メガネ処方などを保障し、国民は追加費用を支払うことで医療の選択肢と利便性を広げられる。公立病院と民間病院は明確に棲み分けられており、ICUや大手術など高度で重篤なケースは公立病院が、選択的医療は民間保険加入者向けの民間病院がそれぞれ担当する。日本の民間病院が公的な役割も担う「混合型」とは異なる点が特徴的だ。
この制度下で、オーストラリアの一人当たりの国民医療費は年間約95万円と、日本の約40万円前後を大きく上回る。そのうち約3割は民間保険や自己負担で賄われており、医療における国民の負担割合は日本よりも高い構造となっている。混合診療が認められているため、GPが公定価格に自己負担額を上乗せするなど、価格設定の自由度が高く、それが総医療費を押し上げる要因の一つにもなっている。
Q. 日本と異なるオーストラリアの医療費自己負担制度はどのようなものか?
オーストラリアのメディケア・セーフティーネットは、年間の医療費自己負担額が一定の閾値を超えると、超過分に対し最大8割の追加補助がなされる制度だ。しかし、日本の高額療養費制度と決定的に異なるのは、自己負担額に上限がない点である。つまり、医療を多く利用すればするほど自己負担額が増える、いわば「使った分だけ負担する」という応益負担の考え方が基本にあると言える。

ただし、この原則には例外がある。がん治療や心臓手術など、公立病院での入院を伴うクリティカルな「コア医療」はメディケアによって原則無料で提供されるため、患者が高額な自己負担を迫られることはない。自己負担が増えやすいのは主にGPの診察料や専門医の外来、血液・画像検査などの「院外医療費」である。自己負担の閾値は所得に応じて変動し、低所得者層へは配慮がなされている。
この制度は、日本の高額療養費制度が過剰分を公的保険が全額負担するのと比較すると、根本的な思想が異なる。生命に関わる医療は公的に保障しつつ、それ以外の部分で応分の自己負担を求めるという点で、患者にとって医療選択を迫られる場面が多い構造となっている。
Q. 都市と地方で医療格差は生じているのか?その実態はどうか?
オーストラリアでは、少数の大都市に医療資源を集中させる「超集約型医療」モデルを採用している。これは、シドニーやメルボルンといった大都市に高度な医療機器や専門人材を配置することで、医療の質とコスト効率の両立を目指すものだ。これにより、都市部の患者は質の高い専門医療を受けられる。
しかし、その代償は大きい。都市部の基幹病院では患者が殺到し、救急外来での「25時間待ち」が常態化するほど、患者の待ち時間が極端に長くなっている。さらに深刻なのが、地方や僻地との医療アクセス格差である。日本の僻地とは比較にならないほどの広大な地域に医療施設や専門医が少なく、専門医療を受けるために飛行機で移動することや、出産のために4時間かけて車を走らせることも珍しくない。居住地によって受けられる医療の質に絶望的な差が生じているのが現実だ。

深刻な僻地での医師不足を解消するため、オーストラリアは破格の金銭的インセンティブを提示する。年収1億円や、家賃・引っ越し代の全額負担といった好待遇で医師を僻地へ呼び寄せる戦略を取る。イギリスなど海外から高収入を求めて移住する医師も多く、中には「仮免許」で僻地のGPとして働く医師も存在し、人手確保のために柔軟な措置が取られている実態がうかがえる。
Q. オーストラリアにおける医師のキャリアと給与はどのようなものか?
オーストラリアでは医師の年収が非常に高く、税務局が毎年公表する高年収職業ランキングのトップ10には常に複数の医師職が名を連ねる。中でも外科医はトップで、平均年収は約47万豪ドル(約4500万円)と報告されている。しかし、専門医のポストは各専門学会による厳格な人数制限(キャップ)が設けられ、例えば小児外科医は年間1人しか養成されないこともある。10〜15年にも及ぶ長い下積みと熾烈な競争を勝ち抜いた者のみが辿り着ける、少数精鋭のキャリアパスである。

一方、GPの年収は専門医より低い傾向にあり、ランキング上位には入らない。これはGPの数が多くクリニック間の競争が激しいことや、パートタイム勤務者が多いことなどが理由だ。しかし、研修医の待遇は非常に手厚く保障されている。州立病院に勤務する研修医の給与や労働条件は、州政府と医師会が締結する170ページにも及ぶ詳細な協定文書によって明確に定められているからだ。卒後1年目の研修医(インターン)でも年収は約800万円に達し、年次が上がるごとに昇給していく。勤務時間もきちんと守られている。
日本の研修医が不安定な身分と低賃金に苦しむ状況と比較すると、オーストラリアでは医師会が勤務医の待遇改善のため州政府と直接交渉する仕組みが確立しており、高い給与水準と安定した身分が保証されていると言える。この構造が医師全体の労働環境を良好に保つ上で重要な役割を果たす。