PIVOT TALK WORLD
憲法9条改正と徴兵制復活の是非
(434)
4,559回視聴
2025年10月2日

日本を取り囲む国際環境が激変する中、日本は21世紀の国防をどう構想すべきか?どう戦略をアップデートすべきなのか?なぜ憲法改正が必要なのか?3名の専門家に議論してもらった。 <ゲスト> 慶應義塾大学 法学部教授 細谷雄一 立教大学法学部を卒業。英国バーミンガム大学で修士号を取得。慶應義塾大学大学院で...
激変する世界情勢と日本の国防:憲法改正が問う「普通の国」への道
ウクライナ侵攻、台湾情勢の緊迫化、中東の不安定化など、世界情勢は予断を許さない状況が続く。このような激変する安全保障環境の中で、日本の国防体制は、真に国と国民を守り切れる体制へと変革できているか。

私たちは戦後レジームの限界に直面しており、「普通の国」としての国家のあるべき姿を問い直す時期に来ている。
Q. 日本の現在の安全保障体制は、変化する国際情勢に対応できているだろうか?
現行の日本の安全保障体制は、日米同盟を核とするハブアンドスポークス型の同盟構造に立脚する。米国中心に個別で同盟を結ぶ形式だが、これにより日本とオーストラリア、フィリピンといったスポークス国間における連携が制度化されておらず、特に中国の脅威拡大に対応する共同対処能力が弱い。
過去の日英同盟解消後に結ばれた四カ国条約は、有事の際に「相互に協議する」ことのみを定めたため、軍事的な実効性に欠け機能不全に陥った。この失敗を踏まえると、単なる話し合いに終わる同盟ではなく、軍事的に実効性のある連携が不可欠である。西太平洋地域の安定に資する新たな四カ国(日米豪比)同盟の構築や、既存同盟のアップグレードを検討する時期を迎えている。
Q. 集団的自衛権の全面容認は具体的に何を意味し、その法的位置付けは従来の憲法解釈とどう異なるのか?
集団的自衛権の全面容認とは、日本の「存立危機事態」という限定条件下での行使(現行の限定容認)に留まらず、地理的・状況的制約を撤廃し、同盟国が攻撃された場合に自衛隊が共同で防衛行動を採れるようにすることを意味する。例えば、限定容認では米国領土のグアムやハワイが攻撃されても日本は防衛活動ができない現状である。全面容認により、同盟国全体で共同対処が可能となり、同盟の信頼性が向上する。

国際法上、国連憲章51条は加盟国の集団的自衛権を明示しており、日本もこれを固有の権利として保有する。しかし、日本は憲法優位説に立ち、国内法(憲法解釈)によってその行使を制限してきた。興味深いことに、1950〜60年代の内閣法制局は集団的自衛権や国連軍参加に比較的寛容だった。ベトナム戦争等の懸念から政策的な判断で憲法解釈が徐々に厳格化されたのだ。これは憲法に明記された禁止事項ではなく、政治的な経緯に基づく解釈に過ぎず、国際標準へ是正することに法的な問題はない。
Q. 自衛隊の名称を国防軍へと変更する必然性とは何か?それが隊員の士気や国際的立ち位置に及ぼす影響はどのようなものか?
自衛隊は国際法上、事実上「軍」として認識され、有事の際には戦闘員として扱われる。にもかかわらず、国内では憲法解釈によって「軍ではない」とする二重基準が存在する。このダブルスタンダードは極めて危険であり、自衛隊員が有事の際に国際法上の権利(戦闘員として武力行使し、捕虜として扱われる権利など)や義務を確実に享受できるのかという法的地位の曖昧さを生じさせる。この曖昧さが、国防という任務を命懸けで遂行する隊員たちの誇りを傷つける。

現役・元自衛官からは、現状が「37年間の屈辱だ」という声も上がる。隊員は「特別職国家公務員」として、命を懸ける任務に見合う社会的地位や名誉、補償が十分に与えられていないとの意識が強い。国が彼らに命懸けで任務にあたることを求めるならば、憲法に「軍」として明確に位置づけ、軍人としての地位と名誉を法的に保障する責任がある。名称を「国防軍(Defense Forces)」とすることは、対外的なメッセージとしても明確であり、隊員の士気向上に繋がる。専守防衛の概念を超え、集団的自衛権を前提とした「積極防衛(Active Defense)」への転換が求められる中、その名称を憲法に明記することで、日本の防衛概念の明確化と対外的な意思表示を行うことができる。
Q. 憲法改正に対する国民的抵抗と克服の道はどのようなものか?
集団的自衛権の限定容認ですら、過去には国民の間で大きな反発を呼び、当時の政権の支持率を大きく低下させた経緯がある。「戦争に巻き込まれる」という国民の懸念は根強い。しかし、憲法が保障する集団的自衛権を行使するか否かは、あくまで政府と国会の政策判断であり、全面容認が直ちに他国の戦争へ自動的に参戦することを意味するわけではない。明確な条約区域を定めることなどで、そうした懸念は制度的にコントロール可能だ。国民が選んだ政府と国会を信頼し、その判断に委ねられるかという視点も重要である。
現代の厳しい国際情勢下で、一国だけで自国を守り切ることは極めて困難だ。同盟国との連携は不可欠であり、まさに「運命共同体」として行動する覚悟が求められる。単に自国だけを守るという受動的な防衛観では、いざという時に同盟国の信頼を失い、ひいては自国の安全も脅かされかねない。国民に対し、国際社会の現実と日本の立ち位置を丁寧に説明し、国家防衛への意識改革を促すことが、反対意見を克服し、必要な改革を進める上での鍵となる。
Q. 徴兵制の議論や防衛技術開発の重要性など、日本の防衛をめぐる「人」と「技術」の課題にどう向き合うべきか?
自衛隊は現在、若手隊員の募集に深刻な困難を抱えている。過去3年間で約2万人もの人員が不足し、このままでは部隊の維持すら困難となる。欧州各国が徴兵制の復活や導入を検討する中、日本でも単なる処遇改善を超えた、徴兵制も含めた抜本的な人員確保策を真剣に議論する必要がある。あるいは、給与を大幅に引き上げるなど、他のキャリアを圧倒するような処遇改善により、国防を支える人材を確保するという視点も必要だ。
現代の戦争は、もはや軍人だけのものではない。ウクライナ紛争の例に見るように、通信、電力、水道といった民間インフラは、敵の攻撃目標となり、これらを維持する民間人が命を落とす「総力戦」の様相を呈する。国家全体が地方自治体を含め、経済、技術、情報を結集し、防衛に取り組む意識こそが、侵略を抑止する最大の力となるだろう。有事の際に自衛隊だけに戦いを委ねるのではなく、民間インフラや国民全体が国を守るという明確な意思を示すことが、平時からの抑止力となる。
さらに、防衛技術の高度化も避けて通れない課題だ。ドローンやAIといった最先端技術の軍事転用は急速に進んでおり、ウクライナ紛争ではその有効性が示されている。しかし日本では、学術界で「軍事研究はタブー」という戦後からの規制が存在する。このタブーを打破し、大学等での軍事研究を解禁しなければ、防衛技術の発展は望めない。平和を希求するためには、病の原因である戦争を深く理解し、真剣に研究する姿勢が必要であることを認識しなければならない。
Q. 国防における抜本的改革の政治的実現可能性はどの程度か、多党制の現代で議論をどう進めるべきか?
憲法改正のような抜本的な国家防衛改革は、従来の巨大政党においては極めて困難な道のりとなる。自民党のように多様な意見を内包する政党では、内部調整に多大なコストがかかり、大胆な改革案を主導できない現状がある。かつて「国防軍」を掲げながらも、最終的には「自衛隊の明記」へと後退した経緯がこれを象徴する。国民の中には自民党への諦めから、より明確な国家観を掲げる政党への期待も高まっていることも認識すべきだ。

このような状況において、日本維新の会のような比較的小規模で明確なビジョンを持つ政治勢力が、従来のしがらみにとらわれずに憲法改正の具体的な理想論を提示する意義は大きい。政治の歴史を振り返れば、サンフランシスコ講和条約、沖縄返還など、国の転換点には必ず強いリーダーシップを持つ政治家の存在があった。官僚主導による漸進的な変化ではなく、政治が真剣に主導し、国民全体を巻き込む形で議論を進めることが、現状打破の唯一の道と考える。国民もまた、こうした提言を真剣に受け止め、賛成・反対を含めた活発な議論を交わすことが、成熟した国家として避けて通れない責務となるだろう。