
ネパールZ世代の怒り:政権崩壊の背景
ネパールで若者主導のデモが政権崩壊を引き起こす - その背景と今後の展望
ネパールで大規模デモが発生し、首相辞任の事態に
2025年9月、ネパールでZ世代を中心とした大規模デモが発生し、わずか数日のうちに首相が辞任する事態となった。政府の汚職や政治家の子女の贅沢な生活ぶりが批判され、SNS規制への反発も重なり事態は急速に悪化。このデモの背景と今後の展望について、ネパール情勢に詳しい京都大学大学院の藤倉達郎教授に話を聞いた。

Q. ネパールでデモが起きた発端と現状を教えてください
9月8日にデモが行われましたが、これはZ世代を中心にSNSで呼びかけが行われていたものです。デモの主な目的は政府交換と政治家の汚職に対する抗議でした。
もともと政治への不満は多くの人が持っていましたが、決定的だったのは政治家の子供たちが贅沢な暮らしをしている写真や動画がSNSで拡散されたことです。これらは「ネポキッズ」(ネポティズム=縁故主義の子供たち)というハッシュタグで広まりました。彼らの贅沢な生活と、日々苦労して暮らす一般のネパール人との対比が怒りを呼んだのです。

さらに政府がSNSを禁止する動きに出たことで、ほとんどのプラットフォームが一時停止されました。これに対する怒りも大きく、デモは大規模化しました。
当初は学校の制服を着た若者たちによる平和的なデモだったのですが、立入禁止区域に突入する事態が発生し、警官隊が発砲。制服を着た子供たちを含む19人が死亡したと言われています。
この事態に子供たちだけでなく親世代も怒りを覚え、2日目のデモは暴力化しました。政治家や大臣の家に押し入って放火したり、国会議事堂や最高裁判所、行政の中枢機関の建物も焼かれる事態となりました。
Q. このデモはなぜこれほど急速に拡大したのでしょうか
実は私は9月1日か2日頃までネパールにいましたが、現地の人々と話をしていても、このような急展開になるとは誰も予想していませんでした。呼びかけ自体は行われていましたが、ここまでの事態になるとは思われていなかったのです。
背景には、2005年頃まで続いた10年間の内戦後、王政が廃止され共和制に移行した際の期待感があります。2006年以降、人々は政治に大きな希望を持っていましたが、その後の政治は単なる政党間の権力争いに終始し、失望感が広がっていました。
若者たちも不満を持っていました。ネパールの社会状況が安定しないため、多くの若者が出稼ぎに行かざるを得ない状況です。本来であればネパールで真面目に働いて良い暮らしができることが望ましいのですが、現実はそうではなく、仕方なく海外に出ていくのです。日本にもたくさんのネパール人が来ています。
従来、Z世代は政治にあまり関心がないと言われていて、良い教育を受けて海外に出て成功することだけを考えていると思われていました。しかし実際には、「これはおかしい。ネパールのリーダーたちがルールを守っていないからこういうことになっている」という思いを持っていたのです。
Q. ネパールの若者たちが置かれている経済状況はどのようなものですか
ネパールは経済成長が続いており、低開発国というカテゴリーですがそろそろそのステータスを卒業するとも言われています。日本がほぼ0成長で何十年も来ているのに対し、ネパールは年率7%程度のGDP成長を達成しており、コロナ以降も3%以上の成長を維持しています。
少しずつ豊かにはなっていますが、インフラはまだまだ足りないところがあり、水道から水が出ないこともあります。良い暮らしをしたいと思っても、ネパールでは安定した職業やビジネスを行うのが難しいと考える若者が多く、外国に行くしかないと思う人が非常に多いのです。
人口の最も多くは農業に従事していますが、農業だけでは生活が厳しい。産業としては観光業や製造業、サービス業が増えていますが、まだ学校を出たら安定した職業に就けるという状況ではありません。
いわゆる「良い仕事」は、コネのあるエリートたちや政府関係者、政治家などが独占しているという感覚があります。真面目にやっても良い職業に就けないという感覚を持つ若者が多いのです。
ネパールのGDPの25%程度は、海外に出稼ぎに行った人からの送金で支えられています。本来であればネパールで暮らして働き、安定した生活ができるのが望ましいのですが、政治の不安定さやシステムの機能不全が人々を外に押し出してしまっているのです。
Q. 現在の政権崩壊後、今後はどこに着地点があるでしょうか
国会議事堂や最高裁判所、行政の中心が焼かれてしまいました。これまでのネパールの民主化運動(1990年や2004-2005年)では、運動する母体があり、政治政党が民主化を主導していました。しかし今回は若者がSNSで繋がって集まったものであり、彼らが新しい政府を担うわけではありません。
大統領は象徴的な役割で、実際の行政の長である大臣や首相は現在隠れている状態です。主要政党もすべて「悪い」というレッテルを貼られ、全く影響力を出せない状況となっています。つまり、政治と行政の空白が生まれているのです。

現在、組織として機能しているのはネパール国軍だけです。デモから3日目からは治安維持の責任を軍が負うとしており、軍が主導権を握っています。軍がどうしたいのかはまだ分かりませんが、その動きが非常に重要です。軍は若者のリーダーと今後について話し合うとも言われています。
考えられるシナリオとしては、信頼される人物をトップとする暫定政府を作り、正常化に向けて選挙を実施することでしょう。これが最も一般的なシナリオです。
一方で、国王の復活を求める運動も以前からあり、今年の春にも大きなデモがありました。国王自身も復帰したいと考えており、国王の復帰を望む一定数の人々もいます。ただし、それは国民の大多数とは言えないため、この線はあまり現実的ではないでしょう。
Q. 35歳の元ラッパーのカトマンズ市長が次期首相になる可能性はありますか
バレン・シャー市長の名前が頻繁に挙がっています。彼が支持されている理由は、これまでの政治家や政党とは全く異なる、しがらみのない無所属の候補者だからです。
彼は市長として、路上販売者を取り締まって歩道を歩きやすくしたり、スラムを強制撤去してブルドーザーで更地にするなど、強引ではあるものの都市整備を進めました。こうした手法への批判もありますが、中流以上の層からは「街がきれいになった」「道が歩きやすくなった」と評価されています。
しかし、国政レベルの舵取りとなると、より高度な知識や調整能力が必要であり、バレン・シャー自身がそれをできるかは疑問です。彼自身も「自分は首相をやらない」と表明しています。

彼以外にも、地方自治体レベルで無所属で当選し評価されている人々の名前も挙がっています。また、元最高裁判事の女性も候補とされています。彼女は汚職と全く関係がないイメージを持たれており、ある程度経験のある人物に落ち着く可能性もあります。
Q. このデモは世界的な反エリート感情の高まりと関連していますか
世界的な反エリート感情と連動している部分は非常に大きいと思います。最近ではインドネシアでも大規模なデモが起きていますが、そこでも「エリートと私たち一般市民の差」が強調されています。
アメリカでのトランプ支持のような反エリート感情と同様に、「一部のエリートが何かうまいことやって、ずるいこともしながら良い思いをしている一方で、多くの人々が真面目に生きても苦しい生活を強いられている」という感覚が世界的に広まっています。
今回のネパールのデモも、一部の人々が機会や富を独占しているという感覚が根底にあり、それが体制の上にいる人々を倒すという形で表れたのです。
Q. 日本への影響はどのようなものが考えられますか
短期的には、空港が封鎖されているため、ネパールから人が出入りできない状況があります。もうすぐ再開するとは思いますが、出国手続きなど行政機能の混乱は一時的に続くでしょう。
ネパールから日本や他の国へ働きに行く人々は、多くの場合、借金をしてなんとか外国に行こうとしています。そのため、急に誰も海外に行けなくなるような状態が続くと不満が高まります。ただ、この状態はそれほど長くは続かないでしょう。
これまでは様々な不満があっても、一応政府や行政は機能していました。混乱が続くと、受け入れ側の日本にも懸念が生じます。日本からネパールに行って人材を確保しようとしている企業や団体の活動にも影響が出るでしょう。ネパールの人材に依存している業種は、しばらく難しい状況が続くかもしれません。