PIVOT TALK BUSINESS
日本経済の死角:賃金を上げるために、経営者、労働者、新総理は何をすべきなのか?
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2025年8月7日

今、世界経済で何が起きているのか?快進撃が続いたアメリカ経済に死角はあるのか?日本はどうすれば実質賃金を上げることができるのか?河野龍太郎氏と唐鎌大輔氏の二人のエコノミストに議論してもらった。 <ゲスト> 河野龍太郎|BNPパリバ証券 経済調査本部長・チーフエコノミスト/東京大学先端科学技術研究セ...
日本の実質賃金が上がらない真の原因は?専門家たちが指摘する「ゼロ春闘」問題と改善策
日本経済の長年の課題である実質賃金の停滞。労働生産性は30%上がったにもかかわらず、なぜ給料は上がらないのか。経済専門家たちが実質賃金上昇のカギとなる労働分配率と交易条件の問題、そして解決策を語った。

Q. 日本で実質賃金が上がらない原因は何ですか?
日本は過去30年間で労働生産性が30%上がったにもかかわらず、実質賃金はほとんど上昇していません。その主な原因は、労働分配率の低下と交易条件の悪化です。
長年、日本政府と日本銀行は「国内は成長できない」との前提で、輸出主導や海外ビジネス主導の景気回復を想定してきました。そのため円高を避け、円安を維持する政策を続けてきましたが、この戦略は賃金上昇につながりませんでした。輸出企業は円安で利益を得ても、それを賃上げに回さなかったのです。
また、大企業では新入社員が入り、定年退職者が出るというサイクルの中で、社員個人には定期昇給があっても、企業全体の人件費総額はほとんど増えていません。つまり生産性向上の成果が賃金に反映されていなかったのです。
Q. 「ベースアップ」の概念が問題なのでしょうか?
大きな問題の一つは、多くの経営者が「ベースアップ」をインフレ調整としてしか捉えていないことです。経営者は「定期昇給で毎年2%上がれば十分」と考え、ベースアップはインフレ分の調整に過ぎないと認識しています。

これが「実質ゼロ春闘」の状態を生んでいます。過去30年はインフレがほぼゼロだったためベースアップもゼロ、現在はインフレが3%台なのでベースアップも3%台となり、差し引きすると実質賃金上昇率はゼロのままです。仮に日銀が2%インフレを定着させても、ベースアップが2%にとどまれば、実質賃金上昇率はゼロになります。
正社員でさえこの状況ですが、非正規雇用者(全労働者の約4割)はさらに厳しい状況です。非正規雇用者には定期昇給もなく、30年間ほとんど賃金が増えていません。ゼロインフレ時代はなんとか生活できましたが、昨今の円安インフレで大きなダメージを受けています。
Q. 実質賃金を上げるためにはどうすれば良いのでしょうか?
実質賃金を上げるには、ベースアップの概念を変える必要があります。単なるインフレ調整ではなく、「インフレ分プラス生産性向上分(2%程度)」とするべきです。例えば米ボーイング社は業績が芳しくない状況でも5年間で40%(年間約8%)の賃上げを決めました。日本企業も見習うべきでしょう。
まず企業経営者と従業員の双方が、実際には賃上げがほとんど行われていないという現実を認識する必要があります。具体的な対策としては、労働組合による適切な要求、世論形成、企業別の賃上げランキングの公表などが有効でしょう。役職別の過去の時系列賃金データや企業別の労働分配率を公表させることも効果的です。
現在、20代・30代の若手人材は不足しており、適切な賃金が支払われていないと認識されれば、新入社員が来ないだけでなく、若手人材の流出も起こり得ます。
Q. 労働供給の減少は自然と賃金上昇をもたらさないのでしょうか?
20代・30代については、人手不足によって賃金が上昇する可能性がありますが、40代以上、特に就職氷河期世代については適用されにくい考え方です。この世代は長く不遇な状況が続き、人手不足があっても賃金上昇につながりにくく、リスキリングによる投資回収も難しい状況です。
40代・50代の賃金アップについては、国の介入が必要かもしれません。十分な就業経験がなく人的資本を積み上げられなかった人々には、新しい社会福祉の概念が必要です。親の年金や財産に頼って生活している「8050問題」のケースも多く、親が亡くなった後の生活困窮が懸念されます。
Q. 交易条件の改善は可能でしょうか?
交易条件(輸出価格と輸入価格の比率)の悪化も実質賃金を抑制する要因ですが、これは単純な原因ではありません。資源高で値上げできないという側面もありますが、この10年間は日本企業が非常に利益を上げていた時期でもあります。人件費を抑えることで値上げの必要がなく利益を確保できた面もあります。
つまり交易条件の悪化は、賃上げをしなかった結果とも言えます。長年の円安依存が交易条件悪化の主因の一つと考えられます。残念ながら、円安が解消される見込みは現状では立ちにくい状況です。
Q. 金融政策と円安の関係はどうなっていますか?
日本は現在、完全雇用に近い状況にありますが、インフレ率が3.5%前後なのに政策金利が0.5%では実質金利が-3%となり、円安を招きやすくなっています。さらに、政治的な状況から拡張財政が続くと、さらにインフレを引き起こす懸念があります。

円安を受け入れるか金利上昇を受け入れるかという選択を迫られている状況で、金利上昇を決断してこなかった結果、現在は両方を引き受けることになっています。日銀は利上げを諦めてはいませんが、過去の利上げ後に批判を受けた経験から、慎重になっています。
最近ではトランプ政権の関税決定により、円安が輸出企業の業績圧迫を緩和するクッションになっているという側面もあります。円安は家計にダメージを与える一方で、企業を助ける役割も果たしているため、政策決定が難しくなっています。
Q. 次の政権に求められる政策は何でしょうか?
社会保障の情報発信を強化することが重要です。最近の世論調査では物価高対策への関心は70%超なのに対し、社会保障への関心は8%程度と低いですが、手取りが増えない原因はそこにあります。この問題意識を喚起する姿勢が現政府には不足しています。

具体的には、正規・非正規に関わらず全ての働く人が社会保険に入れる制度の整備、職を失った人への積極的労働市場政策(就業訓練と生活保障)の導入、非正規雇用者の正社員化の促進などが挙げられます。
また、コーポレートガバナンス改革により、株主利益最大化だけではなく、従業員、債権者、取引先、地域経済の利益も考慮した経営を促進することも重要です。このままでは円安によって日本企業が海外投資家に買収され、アメリカのような雇用リストラと自社株買いの流れになる懸念もあります。