
課金ゲーム化する教育費は自己教育力の妨げに?【おおたとしまさ】
「非認知能力はお金では買えない」教育格差の真実と体験格差の正体
子どもの教育にお金をかければかけるほど、将来が安泰になるという「神話」は本当に正しいのだろうか?教育費が「課金ゲーム」化する現代において、親たちが抱える不安と対峙するために必要な視点を教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏に聞いた。

Q. 「体験格差」という言葉を聞いたことがありますか?それは何を意味しますか?
体験格差とは、子どもが勉強以外の部分で体験的な学びを得る機会が、家庭の経済状況によって大きく差が生まれてしまうことを指します。具体的には、習い事をどれだけできるか、週末にどこに出かけられるか、夏休みに旅行に行けるかなどの体験に差がついていることを指摘する言葉です。

しかし、この「体験格差」という概念に対して、「お金がないと子どもが体験できない社会って何なの?」という疑問を持つ必要があります。本来、子どもたちは「サンマ」(空間・時間・仲間)が揃えば勝手に学ぶはずです。子どもが子ども同士で遊ぶ環境があれば、それで十分な学びが得られるはずなのに、今はお金をかけないとそういう体験もできなくなってしまっている社会の矛盾が問題なのです。
Q. 教育費が「課金ゲーム化」しているとはどういうことですか?
教育格差があり、それが将来の収入格差につながると言われると、親としては「子どもを格差の下に置きたくない」という思いから、できる限りのエネルギー、時間、そしてお金を子どもの教育にかけようとします。本当はそこまで必要ないと専門家が考えるレベルまで、お金をかけてしまう状態を「課金ゲーム」と表現しています。

文部科学省の調査によると、学校外教育費は近年大きく上昇しています。最新のデータでは月額1人当たり約1万6172円かかっており、2016年と比べると5.6%上昇しています。特に未就学児の場合は過去10年で2倍、小学生でも1.8倍に増加しています。親たちが子どもの習い事や学習塾などにかける費用が年々増加している現状があります。
Q. 未就学児の習い事は必要ですか?「3歳までに詰め込まないと影響する」というのは本当ですか?
一言で言えば「大丈夫です」。3歳までというのは意味がわかりません。例えば絶対音感を身につけさせたいなど、特定の能力に関しては臨界期があるかもしれませんが、それが子どもの人生に本当に必要かどうかはわかりません。
子どもには「自己教育力」という力があり、その時々で自分が学ぶべきことを本能的に知っています。どうやってそれを得るかという自己開発プログラムが子どもにはインストールされていて、それが自動的に動くようになっています。それが「遊び」なのです。子どもが一つの遊びに何度も時間をかけるのは、その遊びがもたらす学びを自分が必要としているからです。満足すると別の遊びに移っていき、自分に必要なものを自分で見つけていくのです。
このプロセスの途中で「これをやりなさい」と言われると、子どもの自然な学びのプログラムが狂ってしまいます。情報があふれる中で「このままでいい」と言い続けるのは勇気のいることですが、それは親の修行と言えるでしょう。
Q. 現代の教育熱の特徴は何ですか?以前と比べて変わった点はありますか?
数十年前は、学力(偏差値)を高めて有名大学に入ることにほぼ集中していました。しかし、それが飽和状態になり、「学力だけではない」という意識が広がりました。OECDなどの国際機関も「学力だけでなく様々な能力がビジネスマンとして成功するために必要」と言い出したことで、子どもの「リュックに詰め込むべき武器」が増えてしまったのです。
塾に行って頭が良くなり、いい大学に行くという「学歴」というパッケージ商品を手に入れさせるのは当然という考えに加え、「それだけでは通用しない」という不安から、英語もプログラミングもトランポリンもと、あれもこれもやらせる風潮になっています。
一方で、子どもが生きる上で必要なものを学ぶのは、必ずしも習い事やお金を払わなければできないことではありません。日常的な生活の中で育まれるものは膨大にあります。親と一緒に夕飯の準備をしたり、近所の公園をゆっくり散歩して自然を観察したりする中での学びが基本にあり、習い事や週末のお出かけはその「スパイス」でしかないのです。
Q. SNSは教育への考え方にどのような影響を与えていますか?
子どもが生まれた時、少し笑っただけで親は大喜びし、指差しをしただけで嬉しくなります。しかし、それが当たり前になってくると、「よその子は既に走っている」「よその子は絵を書き始めた」と比較し始めます。
昔は、学校のクラスの友達など、実際に目に入る範囲の子どもとしか比較できませんでした。しかし今はスマホを開けば世界中の子どもと比較できてしまいます。「うちはこんなことをした、あんなことをさせている」という投稿を見ると、「何もしていないけど大丈夫か」と不安になります。子どもを比較する対象が無限に広がってしまったため、きりがない状況になっています。
Q. 中学受験の実態はどうなっていますか?加熱しているのでしょうか?
中学受験者数は少子化の流れで絶対的な人数では今後下がっていくことが確実です。一方で、中学受験率(小学生の中で受験する子どもの割合)は高止まりしています。近年はSNSの影響もあり、中学受験を始めると日本中の受験生がライバルに見え、「どんな教材を使っているのか」「どこの塾ではどんな授業をしているのか」など、常に比較して不安になり、家庭教師や個別指導など次々と「課金」してしまう状況が生まれています。
ただし、裾野が広がってきており、「何が何でも最難関校に入れるぞ」と気合を入れすぎている人たちがいる一方で、「無理はしないで、この子なりに頑張って、やれる範囲で受かるところに入ってくれればいい」という層も増えています。この意味では、中学受験文化は少し落ち着きを取り戻しつつあるとも言えます。
Q. 教育費はどれくらいかかりますか?公立と私立ではどれくらい違うのでしょうか?
幼稚園から大学まで全部公立で行けたとしたら約1000万円、全部私立だと約2500万円かかると言われています。倍以上の差があるため、教育費に関しては、お金がかからないうちにある程度貯めておくことが重要です。
長い目で見て、自分の収入がどれくらいで教育に当てられるのがどのくらいかを計算し、それを全部使い切るのではなく、後々にも回せるように計画的に使うことが大切です。この金額は普通のサラリーマンにとっては厳しい金額と言えるでしょう。
Q. 私立学校と公立学校では教育の質に差があるのでしょうか?
世の中で生きていく上で必要なものは、公立の学校でも十分学べます。日本の教育制度は、いろいろな問題点はあるものの、よくできています。必要十分な教育は公立の学校でも受けられるので、私立学校にお金を払うのは「贅沢なお金の使い方」と言えます。

国産のファミリーカーで十分なのに、ベンツやアウディに乗りたいという人がいるように、それは価値観の問題です。高級車に乗ることに満足を得られるなら、それは価値があるものでしょう。同様に、私立学校に通うことも、公立に行ったからといって人生で不利になることはありません。
むしろ地元の公立中学校に行くメリットもあります。多様な学力の人が集まる環境でいろいろな人を見ることで、将来、製品やサービスを作る際に、一般の人々が何を喜ぶのか、どういう生活をしているのかを理解できるようになります。
Q. 「非認知能力」とは何ですか?なぜお金では買えないのですか?
非認知能力とは、認知能力(学力など、ペーパーテストで数値化できる能力)に対して、忍耐力ややり抜く力、レジリエンス(立ち直る力)など、数値化が難しい能力のことを指します。
子どもたちが必要なものを学ぶのは、必ずしも習い事など「お金を払う」ことでしか得られないものではありません。日常生活の中で親子のコミュニケーションや子ども同士の遊びなど、お金をかけなくても得られる体験から育まれるものが膨大にあります。
親が与えたものだけが子どもに入っていくわけではなく、子どもは自分に必要なものを自分で見つける力を持っています。「この習い事をさせないと不安」と思ってしまう自分の思い込みを疑ってみることが大切です。
