
岡藤正広論(経営編):予習徹底。近い目標で勝ち癖をつける
伊藤忠商事・岡藤元会長の改革哲学〜万年4位から商社トップへの道
「万年4位だった伊藤忠が、なぜ商社のトップに立てたのか」—その答えを知る手がかりは、15年の長きにわたり同社を率いた岡藤正広元会長の経営哲学にある。杉本貴司・日本経済新聞編集委員が語る岡藤流「組織変革」の真髄とは。

Q. 伊藤忠商事が万年4位から商社のトップになれた理由は何ですか?
伊藤忠商事の弱点をずっと見ていたことが最大の理由です。岡藤氏は繊維部門出身で大阪一筋という経歴の持ち主。主流派とは異なる視点から会社を見ていました。特に転機となったのは、西武百貨店との提携のコーディネーションを担当した1年半の経験です。
この時、伊藤忠の「縦割り組織」という大きな欠点が見えてきました。百貨店は様々なアイテムを揃える必要があり、総合商社の腕の見せ所なのに、縦割り組織のために連携がうまくいかない。また「内向き主義」「会議が多すぎる」「調子に乗りやすい体質」など、様々な弱点が見えてきました。

岡藤氏はこうした弱点を改め、「稼げる仕組み」を作ったのです。この15年で売上は1.5倍、純利益は7倍、時価総額は10倍弱になりました。
Q. 岡藤氏はどのように組織を変えていったのですか?
まず、悪平等を廃止しました。これまで投資基準は会社全体で1つだったので、強い部署はより強くなる一方、弱い部署は同じ基準では測られないため投資を受けられず、余計に弱くなる負のスパイラルに陥っていました。
岡藤氏はこれを改め、40個ほどの組織に分けて基準を変えました。個人の評価についても同様で、好調な部署に所属していれば給料が良く、そうでない部署の社員はどんなに頑張っても評価されにくいという不公平があったのを是正しました。
また、会議を大幅に削減し、「110運動」という取り組みも行いました。これは午前1時までに会議を終わらせ、午後10時までに退社するというもので、2次会も禁止。当初は抵抗もありましたが、しつこく続けることで浸透させていきました。
Q. 岡藤氏のマネジメントの特徴はどのようなものですか?
最大の特徴は「近い目標を作る」ことです。これが孫正義氏や柳井正氏のようなカリスマ経営者との大きな違いです。例えば柳井氏はユニクロがまだ中国地方の小さな存在だった頃から「世界一を目指す」と言っていました。
しかし岡藤氏は違います。伝統のある大企業で「遠すぎる目標」を掲げても社員は本気にせず、「社長がそう言っているだけ」と思ってしまいます。そこで岡藤氏が最初に考えたのは、当時4位だった伊藤忠が3位の住友商事を追い抜くことでした。
具体的には、売上総利益(粗利益)に着目しました。実は当時の伊藤忠は粗利益だけ見ると三菱商事に次いで2位だったのです。無駄を削れば住友商事を抜ける可能性があると考え、手の届く目標からスタートしました。
次に「非資源分野でナンバーワン」を目指しました。他の商社は資源で稼いでいましたが、資源が弱い伊藤忠は非資源分野で勝負できると考えたのです。このように少しずつ高い目標を設定し、勝ち癖をつけていきました。
Q. 岡藤氏の経営理念に影響を与えたものは何ですか?
渋沢栄一の「蟹穴主義」が大きなヒントになっています。カニは自分の甲羅の大きさに合わせて穴を掘り、それ以上は掘らない。徐々に大きくなっていくという考え方です。
また、父親の影響も大きいと言われています。父親は野菜の行商をしていましたが、大丸デパートで売れるようになって金回りが良くなると遊び始めたそうです。これをみて「商売が調子に乗るとダメになる」という教訓を得ました。
伊藤忠も過去に2回景気が良くなった時期がありました。1960年代に東亜石油を買収して石油事業に参入した時と、バブル期に特金(特定金銭信託)やファントラに手を出した時です。岡藤氏は「調子に乗るとダメになる」という教訓を活かし、業績が良い時こそ「襷(たすき)の帯を締める」という姿勢を貫きました。
Q. 岡藤氏の仕事のスタイルはどのようなものですか?
朝型の仕事スタイルが特徴です。早朝4時台に起きて5時台には出社し、自分でできる仕事をどんどん終わらせていきます。部長クラスが出社する頃には既にスイッチが入った状態で、午後3時台には一度帰宅して休憩することもあるそうです。

また、徹底的な「予習型」の人物です。これは受験の失敗から学んだことだと言います。仕事は基本的に予習だと考え、あらゆる準備を徹底して行います。例えば交渉の場では、事前にシナリオを頭に叩き込み、その場でメモ書きで覚書を作成し、即座にサインまで求めるというスタイルです。これはイタリアでの経験から、翌日になると話が変わってしまうことを教訓にしています。
上司としては厳しい面もありますが、納得すれば部下の意見をすんなり聞き入れる柔軟さも持ち合わせています。
Q. 伊藤忠の事業面で何が変わったのですか?
実は稼ぎ頭となる主要事業は大きく変わっていません。繊維、機械、金属など旧来の組織は維持されています。しかし、「どの部門も稼げるようになった」という点が最大の変化です。
機械グループなどは撤退するのではと言われていた部門が復活しました。これも「仕組み」を変えたことで実現しました。
また、川下のビジネス、つまり消費者に近い領域に力を入れる戦略も特徴的です。例えばファミリーマートを子会社化するなど、消費者に近い事業に注力しています。これは「マーケットインに徹する」という岡藤氏の経営理念に基づいています。お客様の声に耳を傾けるためには、社内での会議より市場に出ていくことが重要だと考えているのです。
Q. 岡藤氏の経営から他の日本企業が学べることは何ですか?
最も大きいのは「企業文化を変える」ということです。大企業の経営者にとって最も難しい仕事は「文化を変えること」であり、岡藤氏はそれを実現しました。

特筆すべきは、10年以上の長期視点で文化変革に取り組んだことです。ソニーも平井一夫氏が2010年に就任してから、吉田憲一郎氏、そして現在の堤浩幸氏と、同じ「釜の飯」を食った経営陣がバトンを渡しながら、10年以上かけて「エレクトロニクスの会社」から「エンターテイメントの会社」へと変革しました。
また、「誰でもできるような小さなことを地道に積み上げていった」点も重要です。大変革や新規ビジネスだけでなく、会議の削減や朝型勤務など、誰でも実行可能な改革を愚直に続けたことが大きな変化につながりました。
最後に、勝ち癖をつけるために「ギリギリ届く目標設定」をしたことも学ぶべき点です。高すぎる目標ではなく、手の届く範囲の目標を設定し、それを達成することで組織に自信をつけさせていったのです。
