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ASMLの卓越した経営戦略。なぜニコン、キヤノンは敗れたのか?
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2025年6月10日

半導体の露光装置でスーパー独占を誇る、オランダのASML。なぜASMLは独占を達成できたのか?32%もの営業利益率をいかに実現しているのか?日本企業への示唆も含めて、財務戦略アドバイザーの田中慎一氏に分析してもらった。 <ゲスト> 田中慎一| 財務戦略アドバイザー/インテグリティ代表 慶応義塾大学...
1984年創業から世界の半導体製造を制する企業へ──ASMLが日本勢を凌駕した歴史と強さの秘密
半導体製造装置市場で圧倒的なシェアを持つオランダのASML。かつては日本企業が世界市場の大半を占めていた露光装置の分野で、なぜASMLは日本勢を追い抜き、今や市場の94%を独占するに至ったのか。財務戦略アドバイザーの田中慎一氏が、ASMLの成功の秘訣と、日本半導体産業の衰退の背景を分析する。

Q. ASMLとは何ですか?
ASMLはオランダに本社を置く半導体製造装置メーカーで、特に露光装置と呼ばれる半導体製造に不可欠な装置で世界市場を席巻している企業だ。1984年にフィリップスとASM Internationalの合弁企業として設立され、現在は最先端のEUV(極端紫外線)露光装置で世界シェア94%という圧倒的な独占状態を築いている。
意外に新しい企業で、設立は1984年。これはプラザ合意が1985年、日米半導体協定が1986年から始まった時期と重なる。当初はオランダの家電メーカーであるフィリップスとASMという半導体製造装置を作っていた会社の合弁企業として出発した。

設立当初、ASMLの技術者たちは「お金もなく、技術もなく、何もなかった」と語っており、本当にゼロからのスタートだった。日本のルネサスなどが日立やNECといった大企業の歴史と技術基盤を持ってスタートしたのとは対照的だ。
Q. ASMLはどのように成長していったのですか?
ASMLは1986年に最初の露光装置を市場投入。同じ年にドイツの光学機器メーカー、カール・ツァイスと技術提携を結んだことが重要なターニングポイントとなった。当時、世界のレンズメーカーで双璧を成していたのがニコンとカール・ツァイスであり、ASMLはカール・ツァイスのレンズ技術を取り込むことで、技術的基盤を固めていった。
1990年代後半には次世代技術であるEUV露光装置の研究開発に着手。2001年にはシリコンバレーグループを13億ドルで買収し、露光技術の基盤を獲得すると同時に、インテルという大口顧客も確保した。
2002年には露光装置の世界市場でニコンとキヤノンを超えてトップシェアを獲得。2009年のリーマンショックで売上が半減する危機に直面しても、研究開発費は全く削減せず、EUV技術への投資を継続した。この決断が後の圧倒的な市場支配につながっている。
Q. EUV技術への投資はどのようなものだったのですか?
ASMLはEUV技術の開発に20年以上の期間と1兆円を投じた。しかも、1兆円を投入した時点でも技術は完成していなかった。それでも諦めずに投資を続けた根性と信念が、現在の成功をもたらした。
2012年には顧客を巻き込む形で資金調達を行い、インテル、TSMC、サムスンといった大手半導体メーカーに出資させると同時に、研究開発へのコミットメントを取り付けた。この時、無議決権株式で資金を調達したため、経営の独立性を維持しながら必要な資金を確保することに成功した。
2013年には米国のサイマー社を25億ドルで買収し、光源技術を獲得。2019年からはEUV露光装置の量産を開始し、7nm、5nmといった先端プロセスでの半導体製造を可能にした。現在は次世代のハイNA-EUV装置で2nm以下、つまり水素原子レベルの微細化技術を実現している。
Q. ASMLの成功要因は何だと考えられますか?
ASMLの成功の背景には、大きく3つの要因がある。
1. 長期的なビジョンとイノベーション追求:20年単位の時間軸で研究開発に投資を続け、最先端技術にこだわり続けた。リーマンショック時も研究開発費を削減せず、EUV技術に賭け続けた。
2. 自前主義からの脱却と協業:自社ですべてを開発するのではなく、世界中から優れた技術やパートナーを集めるアプローチを取った。フィリップス、カール・ツァイス、サイマー社など、必要な技術を持つ企業との提携や買収を積極的に行い、顧客や研究機関も巻き込んだエコシステムを構築した。
3. 集中投資:EUV技術という一点に集中して投資を続けた。「リスクは取るが爆死はしない」という姿勢で、技術的な基礎がある分野に集中投資を行った。
また、ASMLの論文はほとんどが研究機関などとの共著であるのに対し、日本企業の論文は単独論文が多いという違いも指摘されている。オランダという小国から出発したASMLは、自分たちだけでは限界があることを自覚し、世界中の仲間を作りながら成長してきた。
Q. 日本企業はなぜASMLに追い抜かれてしまったのですか?
1995年時点では、ニコンとキヤノンで露光装置市場の約85%を占めていたが、現在はASMLが94%を占める状況に逆転している。
日本企業が追い抜かれた決定的な要因として挙げられるのが1986年の日米半導体協定だ。この協定では、日本企業によるダンピング阻止と、日本市場の開放という2つの取り決めがなされた。特に市場開放では「外国製半導体を20%以上」という数値目標が設定され、日本は韓国企業に技術を移転して安価な半導体を輸入することで形式的に条件を満たそうとした。

この過程で韓国企業に技術が流出し、サムスンなどの台頭を招くことになった。日本企業にとって、これは「第二の敗戦」とも言える出来事だった。
また、日本企業はEUV技術への投資判断でも後れを取った。ニコンの元社長はEUV技術を「商業的に失敗したコンコルドと同じで、筋の悪い技術」と評価し、投資を控えた。この技術の目利きの差が、現在の圧倒的な差につながっている。
Q. 現在のニコン、キヤノンの状況はどうなっていますか?
ニコンの精機事業(半導体製造装置を含む)の売上は直近で約2000億円程度。以前はIntelからの受注が大きな割合を占めていたが、現在はIntelの業績低迷の影響も受け、事業多角化を進めている。営業利益率も以前は30%近くあったが、最近は利益が出にくい構造になっている。
キヤノンのインダストリアル事業の売上は約3500億円で、全体の10%にも満たない規模となっている。ただし、キヤノンはナノインプリント技術(NIL)という全く異なるアプローチの露光技術を開発している。これはASMLのEUV技術とは異なり、光で焼き付けるのではなく「ハンコ」のように押し付ける技術で、理論的には2nmまで対応可能で消費電力もEUVの1/10で済むという利点がある。
現状ではASMLの独占市場を短期間で覆すことは難しいが、長期的には新たな展開の可能性もある。
Q. ASMLと日本企業の研究開発投資の規模はどのくらい違うのですか?
ASMLの研究開発費は年間約6800億円に達するのに対し、ニコン全体の研究開発費は約750億円(うち半導体装置関連は半分以下)、キヤノンのインダストリアル事業の研究開発費は約300億円と、圧倒的な差がある。この投資規模の違いが、技術力の差となって現れている。
今後世界と戦っていくためには、日本企業も規模を拡大するか、あるいは企業間で連携していく必要があるだろう。
Q. 日本の半導体産業衰退の教訓は何ですか?
日本の半導体産業の衰退を振り返ると、いくつかの教訓が見えてくる。

1980年代後半は、技術で勝っても政治力で負けるという現実に直面し、グローバル市場に進出することへの危機感が生まれた。
1990年代は内向きで最適化を進め、国内市場での成功に安住してしまった。携帯電話のガラケーやSuica(交通系ICカード)の技術など、当時は世界最先端だったものも、グローバル市場への展開を積極的に行わなかった。
2000年代以降はスマートフォンの波に乗り遅れ、自前主義にこだわりすぎたことで、デジタル世界での存在感を失っていった。
こうした過去の記憶や経験は若い世代には共有されておらず、新たな挑戦を阻む要因にもなっている。しかし、かつての本田宗一郎やソニーの盛田昭夫のような世界を見据えた壮大なビジョンを持つ経営者の姿勢を取り戻し、グローバルな視野で長期的な投資を行うことが、日本企業の復活には不可欠だろう。