
世界同時的「軍事危機」 日本はどう備えるか
国防費はどこへ? 世界の軍事産業と日本の課題
世界の軍事バランスが激変する中、日本の防衛産業は危機に直面している。ウクライナ戦争を契機に、各国が軍事力強化に舵を切る今、防衛研究所主任研究官・小野圭司氏に防衛産業の現状と課題についてQ&Aで掘り下げた。

日本の防衛産業は危機感に包まれている?
Q: 日本政府は基盤強化の必要性に危機感を持っているのでしょうか?
日本だけでなく、EU、アメリカも防衛産業に関する戦略文書を出しています。世界中で防衛産業に対する危機感が高まっており、そのきっかけはウクライナ戦争です。
実はウクライナ戦争の前から、防衛産業基盤の弱体化は専門家の間で指摘されていました。特に欧州諸国ではウクライナへの武器供与によって自国の弾薬が不足し、「自国に危機が起きた時に弾がない」という問題が顕在化しました。
日本も「対岸の火事ではない」という認識に至り、専門家の間で共有されていた危機感が広く認知されるようになったのです。

「金の壁」とは何か?
Q: 日本の防衛産業が直面する「金の壁」について教えてください。
装備品を開発・調達するコストが急激に上昇しています。戦闘機は世代が変わるごとに単価が3~4倍になります。一方で各国のGDPはそこまで伸びず、結果として経済力の上昇に比べて装備品価格の上昇速度が著しく速いという問題に直面しています。
開発コストはさらに高額で、一国では負担できないほどの巨額な資金が必要です。日本が英国・イタリアと共同で次世代戦闘機開発に取り組むのは、このコスト負担を分散させるためでもあります。次世代戦闘機の開発には10兆円ものコストがかかるため、日本の財政だけでは負担が難しいのです。

「技術の壁」の実態は?
Q: 「技術の壁」についても解説をお願いします。
技術開発には多大な投資が必要で、規模が大きいアメリカが技術面でも進んでいます。現代の装備品はネットワークで運用され、多くのコンピューターを搭載しています。この技術力がそのまま装備品の性能に直結します。
ソフトウェア開発が課題となりますが、アメリカの大手企業は世界中から人材を集めています。その結果、日本やヨーロッパの企業は「残った人材」で対抗せざるを得ないという状況に陥っています。この技術格差は拡大する一方で、これを限られた人材と予算で克服する努力が必要です。
日本の強みはどこにあるのか?
Q: 日本の防衛産業で強みとなる分野はありますか?
日本が伝統的に強いのは素材分野です。かつて世界を席巻した繊維産業の伝統を引き継ぎ、炭素繊維については世界一流の技術を持っています。この炭素繊維は航空機材料や陸上装備、一部の国ではボディアーマーにも使用されています。
ただし、装備品におけるソフトウェアの占める割合は今後も拡大していきます。アメリカが持つ強大な人材吸収力と開発力に対して、日本とヨーロッパはどうにか追いつく努力が必要です。
無人機ビジネスの台頭
Q: ドローンなどの無人機ビジネスについて教えてください。
無人機は冷戦期から軍事用に使われていましたが、当時は訓練の標的や偵察用が主でした。ウクライナ戦争では簡単な爆弾を積んだドローンで戦車攻撃が可能であり、予想以上に有効だということが明らかになりました。
従来のアメリカの軍用ドローンは翼幅30メートル、価格も数十億円で、衛星経由でアメリカから遠隔操縦するような高度なものでした。一方、ウクライナで使われているのはラジコンのような簡易的なもので、価格も数万円程度です。
そのため、従来の高価なドローンは大企業でしか製造できませんでしたが、ラジコンのようなドローンは工房レベルでも製造可能です。実際にウクライナではショッピングセンターを改造してドローン工場を作り、一般人がパートタイムで製造する取り組みも行われています。
民間ドローンの軍事転用の可能性
Q: 民間ドローンの軍事利用についてはどうですか?
日本でも農薬散布や人の届かない場所の監視、インフラ点検などに民間ドローンが活用されています。自衛隊だけでなく警察や海上保安庁も試験飛行を行っており、今後さまざまな形で利用が拡大していくでしょう。
特に注目すべきはエンターテインメント用ドローンです。東京オリンピックの開会式では約1800機のドローンが使われましたが、ギネス世界記録では約6000機のドローンを1か所で同時制御した例があります。
このような技術が軍事転用されると、6000機ものドローンが爆発物を携えて攻撃してきた場合、高性能なミサイルでも防ぎきれません。エンターテインメントとしては称賛されるものが、軍事転用された際の危険性も認識する必要があります。

民間軍事会社(PMSC)の新たな役割
Q: PMSCという言葉も出てきましたが、どういうものですか?
民間軍事会社(Private Military and Security Company)は冷戦崩壊後に登場してきました。当初は個人ベースの傭兵が活動していましたが、次第に企業として組織化されてきました。
現在は2つのタイプに分かれています。一つは、ロシアのワグネルのように実際に戦闘に参加するタイプです。もう一つは危機管理のコンサルティングを行うタイプで、こちらは近年増加傾向にあります。
イラク戦争で民間軍事会社が民間人への誤射や水増し請求で批判を受けたことから、アメリカやイギリスの企業は徐々に武装警護のビジネスから手を引き、代わりに企業向けの危機管理コンサルティングに移行しています。
日本企業のリスク管理は?
Q: 日本企業は有事の際にどのように対応していますか?
日本の企業は災害対応のノウハウはありますが、軍事的有事への対処方法については経験がありません。そのため、蓄積のあるイギリスやアメリカの企業にコンサルティングを依頼するケースが増えています。
例えば、台湾に拠点や現地法人がある日本企業が、台湾有事の際に職員や家族を帰国させる退避計画のコンサルティングを受けるといったことが行われています。また、スーダンなどで武装衝突があった際には、コンサルティングを超えて実際に航空機や空港までの車両をチャーターするロジスティクスまでを民間企業が行うケースもあります。
これは、国外では国の支援に限界があるため、民間のコンサルティング会社に頼らざるを得ないという現実を反映しています。
私たちはどう向き合うべきか?
Q: 私たちは防衛産業とどのように向き合っていくべきでしょうか?
まず「考えない」姿勢は避けるべきです。防衛産業や軍事問題がどのような課題を抱えているかを理解した上で、社会としてどうあるべきかを判断することが重要です。
防衛産業の課題解決には規制緩和が一つの鍵となります。ソフトウェア開発に関する規制や慣行を見直し、年功序列の人事制度を超えて優秀な人材を適切に処遇するなど、伝統的な考え方を打破する必要があります。
また、人格的に少し扱いにくい人材でも能力があれば採用し、組織で活用するという企業文化への転換も求められます。これは野中郁次郎氏の「失敗の本質」で指摘された、80年前の日本軍の失敗から学ぶべき教訓でもあります。40年前に指摘された問題が今も解決されていないことは、日本社会にとって根深い課題だと言えるでしょう。
