
地方創生が失敗する最大の理由。東京だけ鉄道資本主義。地方は自動車資本主義
「日本のコンパクトシティ論は間違っている!?東京と地方の決定的な違いとは」
全国の駅前シャッター街問題、地方創生の失敗の原因は何なのか?東京科学大学の柳瀬博一教授が明かす驚きの事実——「2000年頃に東京以外の全国は完璧に自動車社会になったが、この事実を日本の政府も行政も学者もメディアもほとんど理解していない」


Q: 日本の地方衰退の根本的な原因は何ですか?
東京と地方では全く異なるロジックで都市が形成されています。東京では鉄道を中心とした都市構造が成立していますが、地方では2000年頃から完全に自動車社会へと変化しました。にもかかわらず、政府や行政、学者、メディアのほとんどがこの事実を理解していません。
東京の場合、鉄道によって形成された「線形クラスター」型の都市構造が発達しました。明治時代から始まり、私鉄による街づくりが成功し、駅前に百貨店、沿線に計画的な住宅開発、学校の誘致、そして終点にはエンターテイメント施設を配置するモデルが確立されました。
しかし、この東京モデルは地方では通用しなくなりました。地方の大都市では、駅前が町の中心ではなくなっています。例えば人口79万人の浜松市では、駅前の老舗百貨店「松菱」が2001年に経営破綻し、その跡地は25年経った今もなお更地のままです。東北最大の都市・仙台でも、駅前の「さくら野百貨店」が2017年に閉店し、その建物はそのままの状態です。

Q: なぜ地方では駅前の価値が下がったのですか?
モータリゼーションと大型店舗の郊外展開が大きな要因です。日本では1996年に世帯あたりの自動車保有台数が1台を超え、1990年代後半から本格的な自動車社会になりました。同時に大規模小売店舗法の規制緩和により、郊外型の大型商業施設が増加しました。
日本のモータリゼーションの本格化は意外と最近の現象です。自家用車の保有台数を見ると、1972年に1000万台を超え、高度経済成長期からバブル期にかけては緩やかな増加でしたが、1989年から2000年の11年間で2000万台から5000万台へと急増しました。現在は6000万台近くまで増加し、一度も「車離れ」は起きていません。
各都市の交通手段分担率を見ると、札幌では自動車と鉄道がほぼ同等、仙台では自動車が多く、福島ではほとんど自動車です。首都圏の埼玉市、千葉市、23区、横浜市、川崎市では鉄道が中心ですが、相模原からは自動車の割合が増え始めます。新潟、富山、福井ではほぼ自動車のみ、浜松や静岡も完全に自動車社会です。名古屋でさえ、日本第3の都市にも関わらず、自動車と鉄道の割合はほぼ同等です。
Q: 東京と地方の違いは具体的にどのような影響を与えていますか?
不動産価値と都市構造に大きな違いをもたらしています。東京では駅前の不動産価値が高く、人が集まるため高層ビルを建てることで収益を上げる開発モデルが成立しています。
一方、地方では逆転現象が起きています。駅前は地価が高いため駐車場は有料にせざるを得ず、ほとんどの住民が車で移動するため、人が来なくなります。代わりに人が集まる場所は「駅から遠く、駐車場が大量に用意できる、不動産コストが安い場所」が街の中心になるという逆転現象が起きています。
首都圏でさえ、都心から少し離れた所沢市の例では、通勤時は39%が鉄道を利用しますが、プライベートの外出では鉄道利用はわずか11%に落ち、自動車利用が37%に上昇します。つまり、東京の通勤圏内であっても、生活の足は自動車に変わっているのです。
Q: 小売業界ではこの変化にどう対応したのですか?
モータリゼーションに対応した企業が勝ち残りました。日本の小売業ランキングを見ると、1位はセブン&アイ(セブンイレブン)、2位はイオン、3位はファーストリテイリング(ユニクロ)、4位はパン・パシフィック(ドン・キホーテ)、5位はヤマダ電機と続きます。
かつて日本の小売業を代表した百貨店や総合スーパーはランキングから消え、代わりに自動車社会に対応した業態が勝ち残りました。セブンイレブンはコンビニエンスストアとして全国の自動車利用者にアクセスしやすい立地を選び、イオンは1992年以降、郊外型ショッピングモールを展開し成長しました。
ユニクロも当初は郊外型店舗として成長し、ドン・キホーテは都市部でも必ず路面店形態を選択し、駐車場を確保しています。ヤマダ電機も群馬県出身の企業で、郊外の大型量販店として成長しました。
また、1990年代以降に急成長した業態として、三井不動産のアウトレットモールがあります。関東の場合、国道16号線沿いに立地し、全て1990年代後半以降にオープンしています。三井不動産は日本企業の中でも、交通動線の変化を最も正確に予測していたと言えるでしょう。
Q: なぜ日本の都市はこのような形になったのですか?
戦後の農地解放が大きく影響しています。戦前は地主が大きな土地を所有し、日本の町は街道に沿って集約されていました。しかし、戦後の農地解放により土地が細分化され、計画的な街づくりができなくなりました。唯一計画的に街づくりを行ったのは私鉄会社だけでした。
結果として、土地がバラバラになり、住宅が無計画に広がりました。東京から博多まで新幹線で移動すると、家がないシーンがほとんどないことからもわかるように、日本では住宅が散在する形で拡大しました。
対照的に、ヨーロッパの都市はコンパクトシティの構造を維持しており、街と街の間には何もありません。そのため、ヨーロッパでは自転車での移動が可能ですが、日本では散在した住宅地をカバーするためには自動車が必要になったのです。
Q: 地方創生や街づくりを成功させるためには何が必要ですか?
まず自動車社会という現実を受け入れる必要があります。日本で本当に鉄道だけで暮らせる場所は「東京の山手線の内側」「京都の市内中心部」「大阪の中心部」のわずか3か所だけです。これら3つの特殊な例に合わせて政策を作っても、地方では失敗します。
成功した駅前再開発の事例では、「無料の大量駐車場」「循環バス」の2つが共通しています。自動車が生活の足になっている以上、車を使いやすい環境を整えることが重要です。

また、小規模でもユニークなコンテンツがあれば人は集まります。例えば浜松市の天竜二俣では、シャッター商店街の一角で雑貨店が地元産品を集めたマルシェを開き、大きな駐車場を確保したところ、遠方からも客が集まるようになりました。スマートフォンのSNSで情報が拡散され、100台規模の駐車場が満杯になる現象が起きています。
地域活性化は「地域創生」という大きな目標から始めるのではなく、面白いことをやりたい人を応援することから始まります。スマートフォンと自動車が普及した現在、面白いコンテンツを提供すればリスクは少なく、不動産コストも安いため、チャレンジしやすい環境が整っています。
大学などの教育機関の活用も効果的です。例えば、APUの学生が温泉街でアルバイトし、多言語対応のサービスを提供した事例のように、大学自体がプラットフォームとなり、学生がコンテンツを提供するモデルも有効です。
