
学歴論争の突破口(後編)
「能力より持ち味を大切に」組織開発コンサルタントが語る脱学歴社会の兆し
現代社会では「いい大学を出ればいい企業に入れる」という固定観念が根強く残っています。しかし、それは本当に私たちの幸せや社会の発展につながるのでしょうか? 組織開発コンサルタントの勅使川原真衣氏に、学歴に頼らない自分らしいキャリアの歩み方と、企業が人材を活かす新しい視点について聞きました。

Q: 学歴に頼らずに自分らしいキャリアを歩むためには何が必要だと思いますか?
これは個人から始めることではないと思います。企業が職務要件をしっかり準備していくことが前提です。その上で個人ができることを考えると、まず自分自身の能力の捉え方を見直すことが重要です。
私たちは「能力があるから今の自分がある」「能力がないからこうなっている」と考えがちですが、それを一度疑ってみるべきです。能力の問題ではなく、人にはそれぞれ発揮しやすい機能と不得手な機能があります。車に例えるなら、アクセル役の人もいればブレーキ役の人もいるのです。
これは「持ち味の違い」であって、能力の優劣ではありません。大切なのは、自分にはちゃんと機能があると認識すること。能力で考えるとテストの点数や学歴など他者からの評価で判断しがちですが、持ち味は他者評価は必要ありません。
自分の心の動きを観察してみてください。時間を忘れて没頭できることや、やりきると心地よく眠れること。逆に、いつもミスしてしまうことや、特定の場面で萎縮してしまうこと。そういった内側の声に耳を傾けることが重要です。

Q: 好きなことを仕事にするという考え方についてはどう思いますか?
それは良いことだと思います。心が踊るものは何か、を考えることは大切です。ただし、好きなことだけではなく、嫌悪感も大事なサインです。「これが嫌だ」という気持ちも重要な情報なのです。
能力主義社会では、そういった感情を持つこと自体が良くないと教え込まれてきました。学校がそもそもそうですよね。小学1年生から成績表が出て、「やりたいか、やりたくないか」ではなく、「できるか、できないか」で評価される環境に長くいます。
就活の段階で突然「志望動機を語れ」と言われても、自分の本当の気持ちがわからなくなっています。私たちは私たち自身を取り戻す必要があるのです。
Q: お子さんとはどのように向き合っていますか?
社会は一気に変えることはできません。オセロをひっくり返すようにはいきません。しかし、適応ばかりしていると、このゲームのルールは変わりません。私は抵抗として執筆活動をしていますが、子供に対しては社会のからくりをまず伝えるようにしています。
学歴主義社会のシステムがあること、人から認められやすい能力とそうでない能力があることを率直に伝えます。他者評価で褒められたいなら、そちらを選ぶ必要があるでしょう。でも能力は仮のものであり、みんな違う機能を持っていることも伝えます。
学校では評価されていなくても「〇〇君はこういうところが面白いよね」「ここが得意だよね」と具体的に伝えること。そして何より大切なのは、子供の存在を肯定することです。
Q: 子供の存在を肯定する「魔法のフレーズ」はありますか?
あります。「生まれてきてくれてありがとう」です。何ができるかできないかは二の次で、まず存在を喜ぶことが基本です。障害や病気など、本人が選んでいない状態があったとしても、「生まれてきてくれてありがとう、そのおかげで気づけたことがある」という視点が必要です。
私自身、乳がんの闘病を経験して、できることできないことの違いを身をもって感じました。病気になって、見た目の問題も含めて「文句を言えない人間になった」と感じる瞬間もありました。でも、私が選んでなったわけでもないのに、勝手に価値を決めつけられることには違和感がありました。
自分の仕事も完璧にできているわけではなく、多くの人の支えがあってこそ。そのことに気づかされました。
Q: 企業が学歴を重視する採用を続けるデメリットは何でしょうか?
人口減少で労働人口も減っている中、日本企業の大半は中小企業です。人材を序列付けてトップ層から採用するというやり方ができるのは一部の大企業だけです。人材を活かそうと思ったら、選んでいる場合ではありません。
特に学歴のような、人と人を組み合わせて事業を機能させることに直接関係しない情報ばかり重視するのはもったいないと思います。
Q: 企業はどのような採用・人材活用をすべきなのでしょうか?
多くの企業がSPIなどの特性検査データを持っています。これは個人の「行動パターン」のデータだと考えています。人には喋り方や行動、感じ方の癖があり、そのパターンを採用時に企業は取得しているのです。
しかし残念なことに、このデータは「リーダーシップがある」「積極性がある」といった一元的な評価のために使われがちです。本来は、人と人をどう組み合わせると力が最大化するかという人材開発の場面で活用すべきものです。
特に中小企業では人材を選ぶ余裕がないので、既存の社員との組み合わせを考えることが重要です。「いい人材がいない」と嘆くよりも、今いる人材をどう「調理」するかを考える組織開発の視点が必要です。

Q: プロジェクトごとに適した人材は変わりそうですが、その都度考えるのは大変ではないですか?
プロジェクトベースで考えることが大事です。確かに大変ですが、小さく始めることができます。例えば新規事業創成部のような小さな部門でパイロット的に実験してみるのもいいでしょう。
重要なのは対話です。「このプロジェクトにあなたをアサインした狙いはこれです」「今はこう見えている」という方向性を共有し、その差分を埋めていくことが本来の目標管理のはずです。
事実は事実として伝えつつ、「どうやったら変えられそうか」という対話が必要です。

Q: 具体的な組織開発の事例を教えてください
よくあるケースとして、「業界第2位の企業が第1位になりたい。そのために何が必要か?」という相談があります。役員会では「尖りが足りない」「イノベーティブな人材が採用できていない」という意見が出ることが多いのですが、単純に「尖った人材」がいれば「尖った事業」ができるというわけではありません。
優秀な人の能力があれば有能な事業が作れるわけではなく、異なる機能の持ち寄りが重要です。個人の能力だけに頼るのではなく、みんなでどうやってイノベーションの機能を持ち寄れるかを考え直す方向へ導きます。
Q: 脱学歴社会に近づくことは日本経済にとって良い影響があると思いますか?
現在、曖昧な能力基準によって一部の人は活躍していても、多くの人が生かされきれていない状況があります。より多くの人を活かすには、社会の分業を徹底する必要があります。
分業はジョブ(仕事の役割)を明確にしないと、誰が何を担うか分かりません。仕事の解像度を上げ、個人の持ち味の解像度も上げて、そのマッチングを丁寧に行うことで、日本社会の活性化は十分可能だと思います。
