
南海トラフ地震と首都直下地震 巨大地震リスクに「地学の知識」を活かせ
「10年後に日本列島が沈没する」のではなく 「10年後に南海トラフ地震が来る」という警告を我々はどう受け止めるべきか
地球科学者で京都大学名誉教授の鎌田浩毅氏は「南海トラフ地震は必ず来る。パスはない」と断言する。日本人の約半数が被災し、東日本大震災の10倍の被害が予想されるこの災害について、私たちは何を知り、どう備えるべきなのか。

「地震の時計」で考える南海トラフと首都直下地震の違い
Q: 日本の3大災害リスクとは何ですか?
日本の3大災害リスクは、南海トラフ巨大地震、首都直下地震、そして富士山の噴火だ。特に関心が高いのは上位2つの地震リスクだろう。
南海トラフ巨大地震は、太平洋の南側にある海底の「トラフ」と呼ばれる場所で発生する巨大地震だ。これは約100年周期で発生するため「100年時計」と表現される。一方、首都直下地震は首都圏の地下で発生する地震で「1000年時計」と言われる。
東日本大震災は1000年ぶりに発生した地震だったが、その後、日本列島は不安定な状態になっている。首都圏の地下で地震が発生すると、3800万人(日本の人口の約1/3)が暮らす地域で大きな被害が出る。

2030年代—あなたの人生の中で必ず来る南海トラフ地震
Q: 南海トラフ地震はいつ頃発生すると予測されていますか?
南海トラフ地震は確率で語られることが多い。国は「30年以内に70~80%」という表現をしているが、これでは一般の人には実感が湧きにくい。
より分かりやすく言えば、「今から約10年後に発生する」ということだ。具体的には2035年を中心にプラスマイナス5年、つまり2030年代に発生すると予測されている。現在の年齢に10を足した時に、東日本大震災の10倍の被害を伴う巨大災害が発生するのだ。
これは複雑系の現象であり、何月何日という正確な予測はできないが、この時期にパスなく発生することは確実視されている。地球は2億年にわたって太平洋プレートを日本列島に沈み込ませており、100年周期の地震が起きないという可能性はない。
Q: 南海トラフ地震の被害規模はどのくらいですか?
南海トラフ地震の被害は東日本大震災の10倍以上と予測されている。日本人の半数以上、約6800万人が被災し、死者数は東日本大震災の約10倍の32万人以上に上る可能性がある。
経済的損失も深刻で、東日本大震災の20兆円に対し、南海トラフ地震では220兆円と予想されている。これは国の年間税収(約60兆円)の3倍以上だ。つまり「日本経済津波」「日本社会津波」が発生すると言える。

「11階建ての水の塊」が3分で来る—津波の恐怖
Q: なぜ南海トラフ地震は東日本大震災よりも大きな被害をもたらすのですか?
南海トラフ地震の特に恐ろしい点は津波だ。マグニチュードは東日本大震災と同じく9程度だが、地震が発生する場所が陸地に近いため、津波の被害が格段に大きくなる。
最大で34メートルの津波が発生し、場所によっては地震発生からわずか3分で到達すると予測されている。34メートルがどれほどの高さか想像してほしい。一般的な建物の1フロアを3メートルとすると、11階建ての高さに相当する「水の塊」が押し寄せることになる。
3分という短い時間で11階建ての水の塊が来る前に、12階まで駆け上がれば助かる。しかし、それができなければ命を落とすことになる。そのため、海岸にいて地震を感じたら、すぐに高台に避難することが極めて重要だ。

Q: 津波から身を守るには、どのような知識が必要ですか?
津波から身を守るための重要な知識は、「大きな揺れを感じたらすぐに高台に避難する」ことだ。特に1分以上揺れが続く場合は津波の危険性が高い。
海岸で地震を感じて揺れが収まらないと思った瞬間に、高台に駆け上がることが命を守る鍵となる。津波は地震の後に来るため、わずかな避難時間がある。その数分を生かすことができるかどうかが生死を分ける。
各地域ごとに津波の高さや到達時間が異なるため、ハザードマップを確認することも重要だ。自分の住んでいる場所や勤務先で、どの程度の津波が想定されているかを知っておくべきだ。
「いつ起きてもおかしくない」首都直下地震の現実
Q: 首都直下地震はいつ頃発生すると予測されているのですか?
首都直下地震は南海トラフ地震と異なり、発生時期を明確に予測することができない。「いつ起きてもおかしくない」状態にあり、明日かもしれないし、50年後かもしれない。
首都圏の地下には19カ所の地震の巣があり、どれが活動してもおかしくない「モグラたたき状態」だ。そのため、南海トラフ地震のように「2030年代」といった具体的な時期を特定することはできない。
Q: 首都直下地震の被害はどの程度になりますか?
首都直下地震の被害は東日本大震災の約5倍、具体的には約95兆円(約100兆円)と予測されている。南海トラフ地震の10倍には及ばないが、それでも甚大な災害となる。
首都直下地震は内陸で発生する地震であり、津波は発生しない。しかし、私たちの住む地下で直接発生するため、マグニチュードは7.3程度と南海トラフ地震よりも小さくても、被害は大きくなる。
特に懸念されるのは、建物の倒壊と地震後の火災だ。1981年以前の古い建物の約6割が倒壊すると予測されている。また、地震の後には必ず火災が発生する。1923年の関東大震災では10万人が亡くなったが、その9割は火災による犠牲者だった。現代でも地震による死者の半数程度が火災によるものと予想されている。
Q: 首都直下地震で最も危険な場所はどこですか?
首都直下地震で最も危険なのは、東京湾の北部や南部などの東京の中心部だ。特に大手町や東京駅周辺などのビジネス街で地震が発生した場合、1000万人以上の人々が一斉に帰宅しようとする「帰宅困難者」問題が発生する。
この大量の人々が一斉に移動しようとすると、路上で「群衆なだれ」と呼ばれる現象が起き、多くの人が押しつぶされて命を落とす危険性がある。これは地震そのものではなく、人間の行動によって引き起こされる「第二の災害」だ。
Q: 帰宅困難者問題にはどう対処すべきですか?
帰宅困難者問題を防ぐためには、地震が発生してもすぐに帰宅しないことが重要だ。できれば3日程度は職場や学校にとどまり、徐々に帰宅するようにすべきだ。
まずスマートフォンで家族に安否を確認し、全員が無事であれば、慌てて帰宅する必要はない。会社や施設に十分な備蓄があれば、その場で数日間待機することで、帰宅困難者による混乱を防ぐことができる。
この対策によって、東京や大阪などの大都市の弱点を強みに変えることができる。つまり、人口が多いことによる脆弱性が、適切な行動をとることで防災力に転換できるのだ。人々が怪我をせず生き残れば、すべての人が救助する側に回ることができ、旅行者などを助けることも可能になる。
「知識が命を救う」—今すぐできる地震対策
Q: 個人レベルでできる地震対策は何ですか?
個人レベルでの地震対策として、まず家具の固定が重要だ。地震で家具が倒れてきて直撃すると命に関わる。特に寝室の家具は必ず固定しておくべきだ。
次に、水、食料、医薬品、そして見落とされがちな簡易トイレを、3日分(できれば1週間分)備蓄しておくことだ。地震が発生すると、少なくとも3日間は外部からの支援が期待できないため、自力で生き延びるための準備が必要になる。
会社や学校にいる時に地震が発生した場合に備えて、その場所での備蓄も重要だ。日頃から非常時の避難場所や避難経路を確認しておくことも大切な対策の一つだ。
Q: 企業はどのような対策をすべきですか?
企業はBCP(事業継続計画)を策定することが重要だ。地震発生後、物流が止まると、工場の再稼働には1ヶ月から半年ほどかかることがある。そのため、災害時でも事業を継続するための計画が必要だ。
具体的には、サプライチェーンの確保や、日本海側や海外に代替の生産
拠点を持つことなどが考えられる。また、従業員が帰宅困難になった場合に備えて、会社内に3日分以上の食料や水を備蓄しておくことも重要だ。
現在、大企業のほとんどはBCPを策定しているが、中小企業では半分以下にとどまっている。企業規模に関わらず、災害に備えたBCPの策定が急務だ。
「火山灰」という最悪のシナリオ—富士山噴火のリスク
Q: 富士山の噴火はどのような被害をもたらすのですか?
富士山は活火山であり、いつ噴火してもおかしくない「噴火スタンバイ状態」にある。300年に1回のサイクルで噴火しており、次は「次の番」だと考えられている。
富士山が噴火した場合、最も深刻な被害をもたらすのは火山灰だ。5センチの火山灰が降ると、首都圏のすべてのライフライン(電気・水道・ガス)が停止する。さらに、雨が降ると火山灰は湿気でセメントのように固まり、下水が詰まるなどの二次災害を引き起こす。
地震と異なり、火山灰は人が片付けない限り消えないため、被害は長期間続く。このため、富士山の噴火は地震よりも長期的な被害をもたらす可能性がある最悪のシナリオだ。
