
エビデンスと現実のギャップ 科学思考の身につけ方
「厳密な科学」と「実用的な真言」の狭間で - 経営学が教える思考法
経営科学では、因果関係の同定が科学の基本とされる一方で、実世界では短く明快な「真言」が重宝される。科学的厳密さと実用性の間で私たちはどう判断すればいいのか。経営学者の舟津昌平氏が、科学的思考の本質と限界について語る。

Q. 科学とは何か、またその基準とは何ですか?
科学とは事実の認定を行い、その妥当性を評価するものです。科学における妥当性には主に3つの基準があります。1つ目は「内的妥当性」で、因果関係の結びつきの強さを評価します。2つ目は「外的妥当性」で、あるサンプルで実証されたことが他のサンプルでも成立するかを問います。3つ目は「構成概念妥当性」で、測定したいものを適切に測定できているかを問うものです。
また、科学の多くの分野では因果関係を同定することが重要視されています。「XとYの原因と結果の関係を明らかにする」ということが科学の主要な目的とされることが多いのです。
Q. なぜ科学的に因果関係を証明することは難しいのですか?
因果関係を科学的に証明することが難しい理由はいくつかあります。まず、因果関係は単純に「ある・ない」ではなく、「強い・弱い」という強度の問題です。また、相関関係だけでは因果関係は分かりません。
例えば、「ワクチンを打ったグループ」と「打っていないグループ」を比較しないと効果は厳密には分かりません。さらに、第三の要因(交絡因子)が影響している可能性もあります。ワクチンの例でいえば、健康意識の高い人はワクチンも打つし、食生活や運動にも気を配るため、結果的に健康状態が良いということがあり得ます。
このように、ある特定の原因と結果の関係を導くことは、世間で思われているよりもずっと難しいものなのです。
Q. 科学的妥当性の3つの基準について、もう少し詳しく説明してください
内的妥当性は因果関係の結びつきの強さを評価するものです。因果関係は単純に「ある・ない」ではなく、強度の問題です。また、他の要因(交絡因子)が影響している可能性も考慮する必要があります。
外的妥当性は、ある集団で確認されたことが他の集団でも成立するかを問うものです。例えば、日本人のサンプルで効果が確認されたワクチンが、アメリカ人のサンプルでも同様に効果があるかどうかは自明ではありません。人体の場合は国際差がそれほどないかもしれませんが、企業などの組織の場合はサンプルが変わると成立しない因果関係が多数あります。
構成概念妥当性は、測定したいものを適切に測定できているかを問うものです。例えば「モチベーション」のような概念は、直接測ることができないため、アンケートや観察などの代替手段で測定します。しかし、これらの方法は必ず元の概念とずれが生じます。科学的手続きを踏んだものはこのずれをある程度クリアしていますが、そうでないアンケートなどでは全く違う結果が出ることもあります。

Q. 科学的な厳密さを追求するとどのような問題が生じますか?
科学的に厳密であろうとすると、「効果量」が小さくなる傾向があります。例えばモチベーションを2倍3倍に上げるような劇的な効果を示すことはほとんどなく、科学的に厳密に言えることは「0.001%の向上」といった小さな効果に限られることがあります。
つまり、因果関係自体の正しさと、それが社会に与えるインパクトは別の問題なのです。科学的に厳密な手続きを踏んだエビデンスは信頼性が高いものの、実際の効果が小さすぎて実務的には意味がないということがよくあります。
また、科学者は事実に対して「奥ゆかしく」なり、「100%確実」とは言い切れないため、「可能性が高い」程度の表現にとどまることが多いです。しかし、現実世界では明確な答えを求められるため、このギャップが問題を生じさせます。

Q. ドラッカーが現代の経営学で評価されない理由は何ですか?
ドラッカーは日本では経営学の権威として広く読まれていますが、現代のアメリカのMBAではほとんど読まれていません。その理由は、ドラッカーの言説が「科学」ではなく「真言」だからです。
ドラッカーは「企業にとって重要なものはイノベーションとマーケティングだ」といった重要なことを短く言い切る「真言」を提供しています。これは仕事をしている人にとって受け取りやすいものですが、その因果関係を科学的に検証しているわけではありません。ドラッカーは経験則的に「これとこれが大事だからやっておきなさい」という知恵を提供しているのです。
現代の経営学は科学的エビデンスを重視する方向に進んでいるため、ドラッカーのような真言的アプローチは学問的には評価されにくくなっています。しかし、実務の現場ではドラッカーの真言が依然として役立っているという現実もあります。
Q. 科学的エビデンスと「真言」はどちらが実務に役立つのでしょうか?
興味深いことに、ドラッカーのような「真言」の方が実務では役立つことがあります。なぜなら、真言は思考の整理や補助線として機能するからです。情報過多の中で「何をすべきか」が分からない時、専門家が「これとこれが大事だからチェックしましょう」と言ってくれれば、その部分に注目すればよいという整理ができます。
この「真言」によるコミュニケーションは誤解を含む可能性もありますが、そのことによってむしろクリエイティブに想像力が働き、現実に生かされることがあります。
一方、論文などの厳密なエビデンスは、専門家レベルのリテラシーがないと適切に理解・活用することが難しいです。一般の人が論文を直接読んで正しく解釈するのは現実的ではないため、専門家がそれを「真言」のようにわかりやすく翻訳する役割が重要になります。
Q. エビデンス主義の問題点は何ですか?
エビデンス主義の問題点は、単一の論文や研究結果だけを見て判断しようとすることです。科学的知見は膨大な量の論文の中から信頼できるものを選び、それらをグループ化して総合的に判断することで得られるものです。このようなトータルコーディネートは専門家にしかできません。
また、「エビデンスピラミッド」という考え方があり、ランダム化比較実験などの方法で得られたエビデンスを最も信頼し、専門家の意見は下位に位置づける考え方が一時期流行しました。しかし、たった1つの研究で示された因果関係が実際に起きるかどうかは保証されないため、単一のエビデンスを過信することも危険です。
むしろ、専門家の総合的な判断を活かすべきだという見方も出てきています。例えば、経済学者が時事問題について意見を述べるような取り組みは、専門家が「真言」的に重要なことを伝える試みとして注目されています。

Q. 私たち一般人はどのように科学的知見を活用すべきでしょうか?
一般人として科学的知見を活用するためには、以下のような姿勢が重要です:
1. 科学的エビデンスには限界があることを理解する
2. 特に緊急性の高い問題では、完全なエビデンスを待つことなく判断しなければならないことを認識する
3. 専門家の意見を「条件付き」で理解する習慣をつける(「どういう条件下での話なのか」を常に考える)
4. 物事には常にメリットとデメリットの両面があることを前提にする
5. 科学的思考を「筋トレ」のように日々の実践で鍛えていく
科学的思考を身につけるための特効薬はなく、日々の実践で少しずつ強くなっていくものです。継続することで、ニュースや身の回りの出来事がだんだん違って見えてくるようになります。
専門家の知見は役に立たないわけではありませんが、画期的な方法を常にもたらしてくれるものでもありません。専門家と一般人の間にはコミュニケーションが必要で、お互いに歩み寄ることで科学の持つポテンシャルを活かすことができるのです。
