
"専門家"の話はどこまで信じていいのか
専門家が語る「経営学」の真実と疑問 - 信じるべきは科学的根拠?
情報過多の現代社会において、専門家の言葉や科学的根拠の重要性が高まっている。しかし、専門家の言葉や科学的データを無条件に信じるべきなのだろうか。経営学者の舟津昌平氏に「専門家が言っていることは本当に正しいのか」という視点から話を聞いた。

Q. 現代はなぜ「専門家の時代」と言えるのでしょうか?
コロナ禍が大きなきっかけになったと思います。コロナウイルスは未知の現象で社会的インパクトも非常に大きく、何に基づいてどう行動すべきかが分からない状況でした。感染を避けるために何をすべきかも素人には分からなかったため、専門家に聞けばいいという流れができました。
難しい社会課題が生まれると、それに詳しい人、つまり専門家の意見を求めるようになります。そこではエビデンスや数値があった方が良いとされ、専門家に聞けば信頼できる事実が得られるというストーリーが確立されました。それによって専門家へのニーズが高まったのです。

Q. 「専門家」という言葉自体に明確な定義はあるのでしょうか?
実は明確な定義はありません。何をしていれば専門家と呼べるのかにはグラデーションがあり、ある意味「名乗ったもの勝ち」という面もあります。
最近は非常に細分化された専門家が登場しています。例えばモバイルプランナーの専門家のように、特定の職業や分野に特化した専門家が求められる傾向があります。このように全ての事象やキーワードに対して専門家を求める時代になっています。

Q. なぜ事実が確定しづらくなっているのでしょうか?
「ポストトゥルース」という言葉があるように、事実とは何かが分かりにくくなっています。例えばアメリカではトランプ大統領の就任演説の動員数について議論がありました。メディア側は少なかったと報じましたが、トランプ陣営は「過去最高だった」と主張しました。
その後、前任のオバマ大統領の就任演説の写真と比較すると、明らかにトランプの方が少ないように見えましたが、トランプ陣営は「それはもう一つの事実だ」と返しました。これは科学的な反論になっておらず、「私が事実と言えばそれが事実」という暴論が通用するようになっているのです。
これが社会構成主義と呼ばれるもので、「これが事実だ」という人たちが増え、それが仲間化して社会化することによって、一つの「事実」になってしまうという現象が増えています。

Q. 経営学における「科学」とは何でしょうか?
科学は多義的な言葉ですが、重要な性質は「事実を確定させる方法」です。どこまでが事実と言えて、どこからが事実とは言えないかの境界を定める技法と言えます。
科学は大きく自然科学と社会科学に分けられ、経営学は社会科学に含まれます。経営学における科学とは、例えば「成果主義はモチベーションを向上させるか」といった命題が事実かどうかを確かめることです。科学的手続きを踏むことで、ある程度は事実かどうかが分かるようになっています。
Q. 経営学を学ぶ目的は何でしょうか?
経営学の使い方には専用的な使い方と汎用的な使い方があります。専用的な使い方とは、例えば「社員のモチベーションが下がっているから、モチベーションを上げる方法を教えてほしい」というように、特定の問題に対する解決策を求めることです。
一方、汎用的な使い方とは、経営学の技法や技能を身につけることで、どんな組織で働こうと、どんな問題に直面しようと使えるような普遍的なものとして捉えることです。この本で提案しているのは後者の考え方です。
Q. なぜ論文やエビデンスが重視されるのでしょうか?
専門家という言葉とよく結びつくのが「エビデンス」「証拠」「科学的」「論文」といった言葉です。メディアの方々もこれらの言葉をよく使うようになっています。
論文が信頼される理由の一つは査読があるかどうかです。査読とは利害関係のない第三者がチェックすることで、質が保たれていると考えられています。しかし、これも絶対的なものではなく、第三者がチェックしているから信頼しようというだけのことです。
Q. エビデンスベースの政策決定には問題はないのでしょうか?
「科学的に」と言っている方々の多くは、科学とは何かをあまり理解していないかもしれません。例えば、機能性食品のエビデンスについて、企業側が自分で選んだ論文を提出することが認められていますが、京都大学の調査チームによると、その約7割は出所が怪しいものだったそうです。
査読付き論文に載っているエビデンスやデータなら信頼できるという考え方は実は浅く、悪用しようと思えばいくらでもできます。それらしいものを作ることは難しくないのが現実です。
Q. 経営学の始まりはどのようなものだったのでしょうか?
経営学の始まりについては、フレデリック・テイラーの「科学的管理法」が代表的な答えです。テイラーは科学的な方法で企業の生産性や能率を上げる方法を編み出し、それを実社会に応用しました。彼の方法はアメリカの経済発展のベースになったという分析もあります。
テイラーの考え方では、科学的に導かれた正しい方法があり、それをいろんな会社や労働者に当てはめれば、最も望ましい結果が出るとされました。科学には再現性があるので、どんな人がやっても同じ結果になるという信頼があったのです。
しかし、これは人間の意思をあまり考慮していないという批判から、後にエルトン・メイヨーらによる「人間関係論」が登場し、モチベーションや達成感といった心理学的な要素が経営学に取り入れられました。
Q. コロナ禍ではどのデータを信じるべきだったのでしょうか?
厳密に実証しようとすると数年かかります。緊急性を考えると、そういうものを置いておいて意思決定しなければならないこともあります。これは科学の限界や弱点とも言えます。科学を信頼しようとしても、それには時常に時間がかかるのです。
たった1本の論文に載っているたった1つのエビデンスを信じるか信じないかということ自体が危険です。それらを俯瞰し、翻訳してくれる役割として専門家があるのです。
