
菊池雄星選手に聞く、エンゼルス入団の理由
菊池雄星「目標を常に高く持つことで人は成長する」ーメジャーリーガーが語る夢の育て方
菊池雄星投手が語る「夢のサポート」の重要性と目標設定の秘訣。花巻東高校が生み出す才能の源泉から、メジャーリーグでの経験、そして未来への展望まで、トップアスリートの思考に迫るQ&A。

Q. 花巻東高校からなぜ多くのスター選手が誕生するのでしょうか?
監督が目標を常に高く設定してくれることが大きいと思います。私は入学式の日に「ドラフト1位で優勝に行かせなかったら監督を辞める」と言われました。その半年後には「ドラフト1位じゃダメだ。8、9団競合か高卒メジャーに行かないと納得しない」と言われ、どんどん目標が高くなっていきました。監督は「もっと上に行ける」と信じてくれていたのです。大谷翔平選手や佐々木朗希投手も同じような指導を受けていたのではないでしょうか。
佐々木監督は技術指導をプロコーチに任せ、自分は選手の目標設定と人間性の育成に集中していました。花巻東には10人ほどのコーチがいて、監督は選手を育てることに徹していたのです。
Q. 高校時代にトイレ掃除を3年間続けていたというエピソードがありますが、その真意は?
入学式の日に監督から「1年生の春からベンチ入りし、取材も多く来るだろう。『あいつはいいよな』と思われないように、一番辛いことを3年間続けなさい」と言われました。それがトイレ掃除でした。
3年生になっても続けるのは辛かったですが、監督との約束だったので守りました。リーダーが一番汚れる仕事をすることの重要性を教わったのです。また、ビジネス書など経営者の本も監督から渡されて読んでいました。
花巻東では監督も怖いですが、同級生同士の方がさらに厳しいんです。「お前リーダーなのに」「お前キャプテンなのに」「お前エースなのに」と互いに高い基準を求め合う環境があります。これも監督が作った雰囲気だと思います。

Q. 岩手県から多くの優れた選手が出る理由は何だと思いますか?
身近に「自分もできるかも」と思える選手がいることが大きいと思います。私の場合、中学生の時に駒大苫小牧高校が甲子園で優勝するのを見て「北海道でできるなら岩手でもできるよね」と思いました。
陸上の鍛治舎巧さんが言っていたように、ウサイン・ボルトの記録は欧米選手には影響したけれど日本人選手にはあまり影響しなかった。でも、日本人は韓国や中国の選手が記録を伸ばすと追随して伸びる傾向があります。「アジアの選手ができるなら自分もできる」と思えるかどうかが重要なのです。
岩手県ではこうした「自分もできる」という連鎖が生まれていると思います。「あの人ができるなら自分もできる」という意識が広がっているのではないでしょうか。
Q. 「キング・オブ・ザ・ヒル」(KOH)を設立した目的は?
場所から様々なリーダーを生み出し、「自分もできる」という連鎖を作りたいと思って設立しました。KOHには4つのコンセプトがあります。
フィジカル: メジャーリーグに行って最も感じたのはフィジカルの差です。小さい頃からのトレーニング習慣が重要です。日本の子供たちは小学校までは運動神経を養う環境がありますが、中学生から高校生にかけて本格的なトレーニングが足りていません。
ソーシャル: みんなで一緒に応援できる場所を作りたいと考えました。大谷選手など岩手県出身選手を応援する場を提供したいのです。
マインド: 「自分はできる」と思ってほしいという思いがあります。コーチの仕事は最終的にそこに集約されると思っています。技術指導や習慣づけも大切ですが、「自分は何でもできる」と思えるようにすることが最も重要です。
カルチャー: MLB文化を学ぶ機会を提供したいと考えています。アメリカで最も印象的だったのは「野球は人生の一部」という考え方です。日本では野球に全てを背負いがちですが、アメリカでは家族も大切にしながら野球にも全力を注ぐバランス感覚があります。

Q. 根性論についてはどう考えていますか?
根性は最も大事だと思います。ただし、「これは根性を鍛えるための練習だ」と明確に定義することが大切です。花巻東にも根性練習はありました。
メジャーリーガーも練習量では日本人に勝てないかもしれませんが、集中力や思いの強さは素晴らしいものがあります。近寄りがたいオーラを持っている選手が多いです。彼らは意図的にそうしているわけではなく、目つきや態度から自然と意思の強さが伝わってくるのです。
100回素振りして疲れる選手より1000回素振りして疲れない選手の方が、長い目で見れば必ず勝つようになると思います。練習はきっかけをつかむためにあると考えています。少しずつ上達するのではなく、ある瞬間に「これだ」と思うきっかけに出会うための時間です。練習量が多ければ、そのきっかけに出会う確率も高まります。

Q. エンゼルスを選んだ理由は?
西海岸でプレーしたいという強い気持ちがありました。理由は主に二つです。
一つ目は、家族が1年中住める場所だということです。私は1年中練習していますから、西海岸なら家族と一緒に過ごせる時間が増えます。寒い地域だと子供は学校に通っていますから、私だけ暖かい場所で練習することになり、家族との時間が減ってしまいます。
二つ目は、怪我のリスクを減らしたいということです。西海岸は雨での試合中止がほとんどないため、中4日の登板ローテーションを守りやすいのです。東海岸だと雨で試合が延期されることが多く、コンディション管理が難しくなります。
また、これから強いチームになる可能性を感じていました。若い選手たちがいて、彼らと共に成長していけば優勝のチャンスもあると考えています。
Q. 5年後、10年後の目標は?
5年後もメジャーリーグで投げていたいと思います。40歳までメジャーでプレーして、その後50歳まで日本でプレーしたいという目標があります。
工藤公康さんは47歳まで現役でした。私が18歳の時に初めてキャッチボールをした相手が工藤さんだったのです。彼の姿を見ていると、50歳まで現役を続けることは不可能ではないと思えます。
年齢を重ねるとフィジカル面での下り坂は来ますが、その角度を緩やかにすることはできると思います。今のうちからしっかりとフィジカルトレーニングをしておけば、長く現役を続けられるでしょう。
引退後は監督やオーナー、経営者など様々なことに挑戦したいと考えています。日本の野球人口は少子化の7倍のペースで減少しており、危機的状況です。KOHの設立もその一環ですが、それだけでは不十分なので、野球界に貢献していきたいと思っています。
Q. トレーニング方法や日常生活での工夫は?
オフシーズンのスケジュールは8月頃に決めています。野球は「冬のスポーツ」だと考えているからです。冬にどれだけ頑張るかで夏の結果が決まります。
10月から翌年2月15日までのキャンプ前のスケジュールを、トレーナーやコーチの予定も含めて全て決めています。これは「断れない仕組み」を作るためです。英語のレッスンも2ヶ月先まで予約するなど、自分が弱い部分をカバーする仕組みづくりを心がけています。
高校時代から続けていたノート記録は、歯磨きのような習慣になっていました。特に頑張っているという感覚はなく、自然と続けていました。ただ、最近は瞑想の方が自分と向き合う時間として効果的だと感じ、ノートはやめています。
最終的に達成したいのは世界一です。ポストシーズンで負けたときは悔しくて一球も見られないほどでした。WBCにも出場したいと思っています。まだ日の丸を背負ったことがないので、ぜひチャンスがあれば日本代表として戦いたいです。
