
人工知能と生物学は融合する
AIは「マゼンタ色のパンダ」をなぜ描けないのか?—物理学的アプローチで解明する生成AIの謎
AIの想像力はどこから来るのか

Q. 生成AIの研究で面白い発見があったと聞きました。どのような実験をされたのですか?
大規模言語モデルや画像生成AIの能力が急速に向上していますが、これらのAIがどのように概念を学習し組み合わせているのかはまだ謎が多いです。私たちの研究では、AIの「想像力」とも言える能力を物理学的なアプローチで調査しました。
特に興味深かったのは、Stable Diffusionのような画像生成AIが「色」と「形」の概念をどう組み合わせるかです。例えば、トカゲや金魚に色を指定すると正確に描けるのに、パンダに色を指定すると上手く描けないという現象が見られました。ブルーのトカゲやピンクの金魚は問題なく生成できるのに、ブルーのパンダとなると全く上手くいかないのです。
これは小学生でも簡単にできる「パンダの絵をピンク色で塗る」という単純なタスクがAIにとっては難しいことを示しています。AIは写真のような高品質な画像を生成できるのに、概念の組み合わせでは人間の子どもにも劣ることがあるのです。
AIと人間の知性は同じ方向に進化するのか
Q. AIと人間の思考プロセスの違いはどこにあるのでしょうか?
人間とAIの思考プロセスには根本的な違いがあります。例えば、Stable Diffusionは画像を一度に全体として生成しますが、人間は通常、耳を描いて、目を描いてというように部分的に作業を進めます。
また、人間の脳は進化の過程で環境に適応してきましたが、AIはそうした進化的制約を共有していません。これがAI研究の面白い点で、人間には当たり前の概念の組み合わせがAIには難しかったりします。
重要なのは、AIの知性が人間の知性と同じ方向に収束するのかという問いです。物理学者として私が関心を持っているのは、大きく複雑なニューラルネットワークをシンプルな実験環境で調査し、その本質を理解することです。
シンプルな実験で複雑なAIを理解する
Q. どのような実験設計で生成AIの能力を調査したのですか?
物理学では複雑な現象を理解するために、できる限りシンプルな実験環境を作ります。そこで私たちは、色と形の組み合わせという基本的な問題に焦点を当てた実験を設計しました。
具体的には、「赤い丸」「青い三角」のような単純な図形と色の組み合わせをAIに学習させ、未知の組み合わせを生成できるか調査しました。これはIQテストの類推問題のようなもので、例えば「1Aは赤丸、2Aは赤三角、1Bは青丸、では2Bは何か?」と問うようなものです。
この実験では「コンセプトグラフ」という枠組みを用いて、概念間の距離を数学的に定義しました。例えば、学習データから1つの要素だけ変えた組み合わせは「距離1」、2つの要素を変えた組み合わせは「距離2」となります。
AIの学習過程で見えてきた「想像力」の発現
Q. 実験の結果、AIの学習過程でどのようなことが分かりましたか?
AIの学習過程を観察すると、まず見たことのあるパターン(学習データ)を素早く正確に再現できるようになります。次に「距離1」の新しい組み合わせが学習され、最後に「距離2」の複雑な組み合わせが突然習得されることが分かりました。
特に興味深いのは、「距離2」の組み合わせが長い間全く学習されず、ある時点で急に正確に生成できるようになる現象です。これは大規模言語モデルで見られる「創発」現象に似ています。
詳細に分析すると、AIは形やサイズをすぐに学習できますが、色の学習には時間がかかります。これは人間の子どもが微分積分のような複雑な概念を学ぶ過程に似ています。小学生の時点では全くできなくても、高校生になると急に理解できるようになる現象と同じです。
生成AIとニューロサイエンスの融合
Q. AIの研究がニューロサイエンスとどのように関連しているのですか?
生成AIの研究は、人間の脳の理解にも新たな視点をもたらします。従来のニューロサイエンスでは、ネズミの脳活動を詳細に観察できても、ネズミにできるタスクは限られていました。また、人間は複雑なタスクができても、脳の内部活動を詳細に観察するのは困難でした。
生成AIは、人間レベルの概念操作ができるうえに、そのニューラルネットワークの内部状態を完全に観察できるという点で画期的です。これはニューロサイエンスにとって「夢のような実験環境」と言えます。
ハーバード大学の心理学科に私が研究拠点を置いているのも、AIが人間の心理学的研究対象として成熟してきたからです。心理学者の蓄積してきた知見と、コンピュータサイエンスや物理学のアプローチを組み合わせることで、知性の本質に迫ることができるでしょう。
次世代のAI技術と研究の方向性
Q. NTTとの共同研究ではどのような未来を目指していますか?
私はNTTの物理情報研究所で活動していますが、この研究所はロングタームでの基礎研究を重視しています。特に注目しているのはAIのハードウェア革命です。
現在のAIは従来のコンピュータアーキテクチャ上で動作していますが、エネルギー効率の面では人間の脳に大きく劣ります。その理由の一つは、コンピュータが正確にビットをフリップする処理に多くのエネルギーを使っていることです。
NTTでは光ファイバー技術などを活かし、AIのための全く新しいハードウェアアーキテクチャを研究しています。これは人間の脳のアーキテクチャにこだわらない、根本的に新しいアプローチです。ソフトウェアだけでなくハードウェアの常識も変わる可能性があり、産業界に大きな影響を与えるでしょう。
今後のAI発展をどう予測するか
Q. GPT-5など、今後のAI技術の発展についてどのように予測していますか?
AIの近い将来の発展で重要なキーワードは「時間」です。現在のAIは人間が数十秒で解ける問題は得意ですが、時間をかけて論理的に考える能力はまだ発展途上です。次のステップでは、AIが時間概念を理解し、長期的な計画を立てられるようになるでしょう。
また、GPT-4Oでは音声が取り入れられましたが、これは重要な進展です。同じ「楽しいです」という言葉でも、声のトーンによって伝わる感情が全く異なります。今後はさらに動画などのマルチモーダルなデータが統合され、AIとのコミュニケーションはより豊かになるでしょう。
さらに、コンテキストウィンドウ(AIが一度に処理できる情報量)の拡大により、AIが生涯にわたる対話の履歴を記憶することも可能になります。これによりAIは私たちの個人的な文脈を深く理解し、より的確なサポートができるようになるでしょう。
