
ハーバード大の日本人 新しい物理学を作った
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2024年9月18日
ハーバード大学で「知性の物理学」プログラムを立ち上げ、研究室を主宰する田中秀宣氏。AIに知性はあるのか。 <ゲスト> 田中秀宣|物理学者 ハーバード大学にて「知性の物理学」プログラムを立ち上げ研究室を主宰。 米国NTT Researchグループリーダー。京都大学理学部卒業後、ハーバード大学で博士号...
知性の物理学 - AIを自然科学として理解する新しいアプローチ
AI技術の進化によって、知能を持つ存在の理解に新たな視点が生まれている。ハーバード大学と NTT 物理情報研究所の田中秀宣氏は「知性の物理学」という新しい学問分野を切り開き、AIの心を科学的に理解しようとしている。物理学の手法でAIの知性を実験的に解明する取り組みについて、Q&A形式で紹介する。


Q. 「知性の物理学」とはどのような分野なのか?
知性の物理学は、AIの心を理解するという大きなテーマのもと、人工知能を自然科学の対象として捉え、実験的にアプローチする新しい学問分野だ。
これまで人間の心を理解するのは主に心理学などの分野で、人間の思考や創造性について研究されてきた。しかし今、ChatGPTのような人間に近い知性を持つAIが登場し、今世紀中にはさらに人間の知性を超える可能性がある中で、この「機械の心」を科学的に理解する必要が生じている。
物理学とは広い意味で実験科学であり、自然界で起こることを理解しようとする学問だ。AI研究において特に重要なのは、従来のコンピュータと違い、AIは開発者自身もその計算や思考プロセスを完全には理解していないという点だ。これはニューラルネットワークが大きくなると様々な能力が「創発」するためだ。
このように理解が困難なAIの振る舞いを実験的に調べ、その原理を解明しようというのが知性の物理学のアプローチである。
Q. なぜAIは「自然科学」の対象になり得るのか?
従来のコンピュータは、人間がプログラミング言語で命令を書き、コンピュータがそれを忠実に実行するというパラダイムだった。しかし、現代のAIは開発者自身も完全に理解できないような複雑な挙動を示す。
田中氏は時計を例に挙げる。時計は人工物だが、人間が設計通りに作り、設計通りに動くため、通常は「実験科学」の対象とは考えられない。一方、AIは人間が何でそう動くのか完全には分からないまま、様々な能力が創発している。そのため、自然現象のように実験を通じて理解すべき対象となっている。
これまで人工物を実験することはあまり考えられてこなかったが、AIは予測困難な振る舞いをするため、自然科学の新たな研究対象となる。田中氏のグループでは「AIが自然科学になる」という大きなテーマで研究を進めている。
Q. AIの知性はどのように発達していくのか?
AIの能力向上の背景には、ニューラルネットワークを大きくしていくと知性が単調増加的に向上するという「スケーリング則」の発見がある。研究者たちはこの法則に気づき、計算資源やデータ量、パラメータ数を増やすことで、AIの能力が向上することを実証してきた。
例えば、画像生成AIの例では、パラメータ数が3.5億から200億へと増えるにつれて、AIが概念を理解し組み合わせる能力が向上している。「Very Deep Learning」という文字が書かれた看板や、「森の中で馬に乗る宇宙飛行士」といった複雑な概念の組み合わせを、パラメータ数が増えるにつれて正確に表現できるようになる。
これはシンボルやロジックベースの操作が、従来のニューラルネットワークでは苦手とされていた分野だが、大規模化により可能になったという点で衝撃的な進化だ。
Q. AIの普遍性はどこから来るのか?
AIの知性と人間の知性に共通性があるとすれば、それはどこから来るのだろうか。田中氏によれば、ニューラルネットワークには構成要素として大きく4つある:
1. アーキテクチャ(ネットワーク構造)
2. 学習ルール(パラメータを変化させる方法)
3. タスク(何を解くか)
4. データ(何を学習するか)
このうち、アーキテクチャと学習ルールは人間の脳とAIで大きく異なる。しかし、タスクとデータは共通している可能性がある。つまり、AIも人間も同じ物理世界で似たようなタスクを解こうとし、同じデータを扱っているため、そこから普遍性が生まれる可能性がある。
この「タスクとデータの世界」こそが、ChatGPTのような人間のように振る舞うAIの普遍的な原理を理解する鍵かもしれない。
Q. AIの知性をどのように測るのか?
AIの知性が人間並みかそれ以上になった場合、その知性をどう測定すればよいのかという課題がある。現在のChatGPTなどは「賢い高校生」や「賢い大学生」レベルと表現されることもあるが、これ以上賢くなると評価が難しくなる。
例えば、研究者の質をどう評価するかは人間同士でも難しい問題だ。専門性が高くなるほど、その評価は複雑になる。現在はAIに大学入試問題や数学オリンピックの問題を解かせるなどの方法で評価しているが、それ以上の知性になると物差しが失われる可能性がある。
人間の知性ですら完全に理解されていない中で、AIの知性を測るには新たな方法論が必要となる。物理学では測定可能性が重要だが、知性の物理学においても再現性のある測定方法の確立が課題となっている。
Q. 知性の物理学における実験とは何か?
田中氏が強調するのは、「実験」の重要性だ。AIの分野では「実験」というとGPUを使ったモデル訓練を指すことが多いが、田中氏が目指すのは原理を理解するための実験だ。
従来のニューロサイエンスでは、ネズミなどの実験動物に単純なタスクを与え、脳の活動を測定することが多かった。しかしAIの場合、人間レベルの概念理解や創造性を持ちながら、その「脳」の全てのニューロン(パラメータ)のデータが取得可能という、ニューロサイエンス研究者にとって「夢のような」環境が実現している。
つまり、AIはブラックボックスでありながら、その内部を完全に観測できるという特性がある。これにより、知性の物理法則を発見するための実験が可能になるというのが、田中氏の考える「知性の物理学」の醍醐味と言える。
